✣ 27話 原作乱しはご勘弁。淑女、倒れました
「では、王女様。また明日」
トレバン夫人は上品に目を伏せそう告げると、この広間を後にした。
その姿を見送りながら、頭の中で夫人の声が反響する。
あれ?なんだっけ……?
まあ、いいか。
(良くないだろ?金づるだよ?)
そんなこんなで、胃がキリキリ?食事会は幕が降りましたわ。
よしっ、行きましょ!
私はすぐに、カーディアスのデザートを取りに調理場へと向かった。
そのあとを付いてくる人影に全く気が付かなかった。
着いた調理場はお昼休みなのか、誰も見当たらない。
「あ、あった、あった。」
私は忘れていた特製ドリンクを手に取った。匂いは……かなりエゲツない。
「野草は今回は良いか。とりあえず、お兄様に飲ませなきゃ!」
踵を翻すと、調理場を後にしようと一歩踏み出した。が、その足は止まる。
「あ!レシピの口止めしとかなきゃ!」
私はその場で紙とペンを探し始めた。あちらこちらと探し、最後に引き出しを引く。
───ガシャン。
「ビンゴッ!ささっと書いて貼っとこ」
ペンと紙を手にすると、スラスラと流れるように書き上げる。
バシッ!
「コレで大丈夫ね」
手をパンパンと叩くと、壁に貼り付けた紙を見入る。
『レシピを口外するべからず! エスティアより』
ヨシっ!カーディアスのもとへ帰ろ。
私は何も気にせず、後ろを振り返った。
そこに立つ人など気付かずに。
────ドンッ。
「ウヒョッ」
痛っ!
無防備な鼻に硬いモノが当たった。
鼻を手で庇う。
チラッと見えた鼻先が赤くなっているのが見えた。
「……ったく、ちゃんと確認してくださいよ」
「セ、セリオス?」
灰褐色の瞳に私が映った。
セリオスは私から一歩、二歩と後ろに下がる。
「ご、ごめん。さっきも助けてくれたのに、今度はぶつかってごめん…なさい」
「二回も謝らなくてください」
「あ、ごめん」
「三回目」
なんだか、恥ずかしくなって顔を俯かせた。
なんか、原作とキャラ違くない??
こんなキャラじゃない気がするんだけど……?
「ッチ、」
ッチ?舌打ちしたよ!?
王女に!!
前髪の隙間からセリオスを見上げる。
見えたセリオスの顔は、なんとも形容し難い表情。
だけど、私からは視線を真っ直ぐに向けている。その瞳は寂しいような懐かしんでいるようなそんな色。
「セリオス……?」
私は無意識に声を掛けていた。
「あ、すみません。気にしないでください」
「は、はい。分かりました」
荒れに荒れた私の口調もいつの間にか、丁寧になっていた。静まり返った調理場、外から人の声がする。
「お兄様のところに戻らなきゃ」
瓶を抱えると出入口へと足先を向けた。セリオスの前を過ぎる。
バシッ。
髪が揺れ、流れる。
戸惑うことなく、手首を掴まれた。手の節々が硬いのが皮膚を通して分かる、騎士の手。
「……覚えていない、のか?」
え?なに?なんのこと?
手首を掴む相手へと視線を移す。
「………………。」
掴まれた手首から思いを断ち切るように指がひとつひとつ外されていく。
「……いきなり、無礼を働き誠に申し訳ございません」
膝を床に付け、頭を下げるセリオス。
いや、そんな、え──?
急に、なんなの……
「だ、大丈夫だから、頭、上げて」
瓶を抱えながら、掴まれていた手首を撫でる。咄嗟のことで胸がザワついて仕方がない。
「とりあえず、お兄様のもとに……」
「今は行かない方が良いですよ。あの令嬢が来てますから」
令嬢?だ、だれ?
はふゥッ、何?!
チクッと胸に針が刺さったような痛みが襲う。
理解できない感情が私を支配する。
“嫌だ、嫌だ。
触らないで、見つめないでぇ!!”
な、なによ……これ……
私の感情じゃ、な……い?!
息が苦しい……
心臓を鷲掴みされたかのように。
思うように息が吸えない。
足が、ぐらつく。
抱えている瓶を硬く硬く抱き締める。
視界が、狭くなる。
息が止まりそう。
「王女様、……いや、────。今はお眠りください」
意識の端でセリオスの声が耳に届く。
沈む意識。
その中で、灰褐色の瞳が私の目に焼き付いた。
✣✣✣✣
「……ティア!……エ……」
聞き慣れた声。その声に私の心も何だか、安らぎを覚える。
なんで……こんなにも……
心が、落ち……着くのかしら……
まだ意識は戻らない。
夢と現の境目を漂う。
頭を撫でられたような気がする。
優しい手つきに何だか、心がいっぱいになり、涙が出そうになった。
どうしたの、私……?
伝う雫が冷たく感じた。
✣✣✣✣
「どういうことだ?」
カーディアスは態度を隠そうとはせず、床を何度も往復している。眉を顰め、視線を王女さまへと向けた。
「疲れが、出たのでしょう」
聞いてもいないのに、目障りな害虫が鳴く。
こちらへと向ける視線は僕を敬う事を知らない。
本当に、目障りだ。
王女さまを抱えて戻って来たことも、彼女との時間を共有したことさえも、許せない。
「誰かのせいで、雨にも濡れてしまいましたから」
恐れを知らず、堂々と注いでくるその眼光。挑戦的な態度に、思わず柄に手が伸びそうになる。
だけど、今はそんな場合ではない。
ベッドで辛そうに横たわる王女さまへと視線を移す。
「……王女、さま」
辛そうに息をする彼女を見ていると、胸の奥が締め付けられる。顔がいつもより紅い。
出来るなら、僕が代わって差し上げたい。
「なんで……雨に濡れる様なことをしたんだ」
その言葉が自分に問われたように思えた。
分かってる。
王女さまに無理をさせたことぐらい……
カーディアスはもう、歩くのを止め、王女さまの傍に腰を掛けた。優しい手付きで王女さまの頭を撫でている。
僕はそれを嫉妬なのか、情けなさなのか。居ても居られず、僕はその部屋の扉へと手を掛けた。
「……安心して下さい。ちゃんと、私が王女様を見ておくので」
僕の背中へと冷徹に突き刺してきた言葉。
ドアノブに触れた手を戻す。
「公爵様は、ご自分のことだけをお考え頂けたらと思いまして、ね」
「………………」
「これから、色々と起こるでしょうから」
「……何が言いたい?」
首だけを目障り甚だしい騎士に向けた。
静かに燃える炎。騎士の瞳に宿る憎悪が僕を呑み込もうとする。
「時がくれば、自ずと分かりますよ」
そう吐き捨てると、騎士は僕に頭を下げると、主人の元へと戻っていく。
「害虫は前もって……駆除せざるを負えないな」
そう小さく呟くと、僕後ろ髪を引かれる思いで、扉を開けた。
待っていてください、王女さま。
すぐに、戻りますから。
貴女が好きだと言っていた“モノ”を求め、僕は公爵邸へ急いだ。
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