✣ 26話 淑女、貴族の舌をぶん殴るッ!
───コッチ、見ないでぇ!!
ザクっ。
フォークがコロッケを貫通、致しました。
こうなったら、仕方ありません。
前世で身に付けた、
─────『 ウザ絡み上司スルースキル 』を
発動するしかないですわね!
心を、無にセヨ。
呼吸を整え、頭の中に大自然を思い浮かべる。
青空に浮かぶ雲。
太陽に照らされた大地。
地に根付く植物。
そして、私はその中の……
────ちっぽけな石ッ!!
石には耳も目も無いのですわ!
「……王女、さま」
石化した私の鼻へと到達したムスクの香り。
硬直した私の耳元へと掛かる、冷たい吐息。
「……もう、雨が止んでしまったから、」
息が、止まる。
「────僕を見て、くれないのですか?」
私にしか聞こえない、小さく低い声。
耳の最奥を震わせた。
バコンッ!
暴れ出す私の心臓。
俯く私の顔から蒸気が沸いた。
スキル石化がポロポロと剥がれていく。
いや、なんで傍にいるのよ!
あっちからこっちってどうやって来たの!!
ぐるぐる回る私の脳内。
チャカチャカ揺れ動く私のフォーク。
「───っぐ、公爵、近いデスッ!」
身体アッツ!!
コロッケと共にこの熱を呑み込んでしまうのよ私!
クエッ!!
何でも無いと自分に言い聞かせ、突き刺してあるフォークを口へと運ぶ。
カリッという音が響く。
ハムスターのように膨らむ私の頬。
(イメージよ?ちゃんとお上品に食べてます)
玉ねぎの甘みとじゃがいもの甘み。
ホクホクとした、じゃがいもの中に逞しいお肉がアクセント。
素朴でありながら……
「……ああ、美味」
これよ……
この柔さが私の心を癒していく。
さよなら、岩肉さん……
これからはコロッケの時代ヨッ!
息を吐く。
少し……落ち着い、た?
「……あっ、へ?」
私の手がひんやりとした長い指に攫われた。
流れるように誘われた私の指とフォーク。
そして、刺さったままのコロッケ。
漆黒の双眸と目が合った。
目元が緩む彼。
冷たさの中にとろんと溶けた熱。
伏せられた睫毛。
────次の瞬間、
レジスは当たり前のように、コロッケを口に頬張った。
見惚れてしまう私。
ハッ!私の、食いかけ?!
レジスは薄い上唇を舐めた。
「……やっと、目が合いました、ね」
その目は、捕食者そのもの。
微笑んでいるのに、安心出来ないのは……
私の心臓と首の結末のせいでしょうか?
心臓が痛い。
胸を押さえる。
掴まれた手を勢いよく抜き取り、私は縮こまった。
隣に座るトレバン夫人が、あら?と目を細めながら、口元を扇で隠したのが横目に入った。
ウワッ!
な、なんか、変な誤解してません?!
「オイ……レジス。お前、何をしてる?」
ちょ、出てくるの遅いですわ!
カーディアスに恨みの視線を送る。
「……何って、王女さまに挨拶、ですが?」
私に向いていた足先がカーディアスへと向き直る。
ドンッ。
皆のグラスに残っている白ワインが跳ねた。
テーブルに乗せられたカーディアスの手に筋が浮かぶ。
席を立つとカーディアスはレジスの前に立った。対峙するふたり。しばらくの睨み合いの果てに、口火を切ったのはカーディアスだった。
「部外者が、私の妹に挨拶する必要はない」
「……部外者、ねぇ?───そうだ、カーディアス」
「何だ?」
眉が上がった。
カーディアスの視線はレジスに向けられたままだった。
そっと、カーディアスの肩に指先から手を置いた。肩口にシワが寄る。
「……君からのプレゼント、そのまま返すから」
カーディアスの眉が僅かに震えた。
「な、なんのこと……だ?」
レジスの言葉に視線が泳いだ。
少しつり上がったレジスの口端。
「ふっ、悪巧みはしない方が身のためだよ」
トン、と離れたレジスの手。
身に覚えがあるのか、カーディアスは悔しそうに唇を噛む。
「皆さん、王女さまの作られたお料理が冷めてしまいます。是非とも食された方が良い。僕のお墨付きでから」
レジスの声がテーブルに落ちた。
薄く開けられた目から覗く漆黒。
誰もが、目を合わせようとはしない。
空気が一段下がったように思えた。
威圧に耐え切れなくなったトレバン夫人の口から声が漏れた。
「そ、そうね……王女様、自ら作って頂いたのだから、絶対口にすべきね、ほら、スーザンも」
笑顔が引き攣るトレバン夫人。
夫人はスーザン婦人を道連れにするようです。
いや、岩肉より絶対美味しいですから。
世界観、───変わるわよ?
ジロっと前に腰掛けているブレンハイム侯爵へと視線を送る。
私の視線をワザと逸らす。
でも、それを許さない者が脇に召喚されてますの。
ブレンハイム侯爵の肩に手、いや首に大鎌が見えましてよ?
「……さあ、ボードン殿。貴公も、食してください」
ブレンハイム侯爵の顔に汗が溢れた。
喉が動く。
ブレンハイム侯爵は目を閉じ、咳払いをする。
「う、ウウン。そ、そうですね……是非とも、食したいと思っていたところでして……」
……嘘こけ。
この、髭モノクル。
隣にいる死神魔王のせいで、ございましょう?
「───なんだ、これは……」
全く留意してないところから声が上がった。
思わず、顔をそちらに向ける。
私と同じ翠緑の瞳とぶつかった。
目を丸くし、次々と言葉を紡ぎ出す。
「こんな素晴らしいモノを、躊躇っていたとは……俺は恥ずかしい。今一度、この料理の名を教えてくれないか?エスティア」
懇願するように目で訴えてくるカーディアスに、私の顎が突き出そうになった。
ほら?
世界観が変わるって、言ったでしょ?
自慢気な表情が出てきそうなのを抑え込み、私はお淑やかに努め、口を開く。
「もちろんですわ。こちらは、ポテトコロッケです、お兄様」
コロッケが認められて、ついつい私の表情も朗らかになっていく。
さあ、公爵のレジスに続き……
王太子であるカーディアスまでも食したわ。
ここはもう食べねば家に帰れないですわよ!
2匹の猛獣と死神魔王が貴族たちを睨め付けた。ブレンハイム侯爵の肩には、白い手が置かれたままである。
三つの息を呑む音が合わさった。
震えるスーザン婦人の指。
穴が空くほど視線を向けるトレバン夫人。
傍らにいる死神魔王に怯えるブレンハイム侯爵。
ナイフが皿を擦る。
高い音が響く。
フォークに支えられ、宙に上がったコロッケ。
三人の口に入ったのは同時だった。
───カリッ、カリカリ。
衣の音がこの場に広がる。
そして、吐息が漏れた。
目を剥く者。
瞼を閉じて味わう者。
頷く者。
まさに、三者三様ですわ!!
コトン。
テーブルにフォークが置かれた。
ナフキンで口元を拭くお貴族様方。
我先にと口を開けたのはトレバン夫人だった。
「……私、芋を誤解してましたわ。こんな主役級な食材になれるなんてぇ、思いもしませんでしたわ!!あんな硬くて噛み切れない肉などもう食べたくないですわっ!!」
あ、トレバン夫人もそう思ってらしたのね?
わーい、仲間だ。
興奮冷めやらぬトレバン夫人に続き、スーザン婦人も声を発した。
「お、王女様!私、こんな美味しい物、初めてです!!あー創作欲が湧き出て湧き出てどうしましょう〜!すみません、私はこれで失礼しますッ!」
ペコペコと頭を下げて、スーザン婦人はこの場を風のように去って行かれました。
ポテトパワー凄まじい、ですわ。
消えていった扉を見つめていると、トリを飾るお方が乾いた咳をされました。
私はまた視線を前へと戻す。
すると私は目を疑った。ブレンハイム侯爵の蓄えたお髭に……衣が乗っているのを見逃さなかった。
あら、言わなきゃ!
「───ブレンハイムこ、」
手を前に出され、私の口を制止する。
「いや、王女様。私の謝罪をお受け入れ下さいませ。年寄りの凝り固まった頭で、王女様には大変無礼なこをしてしまいました。誠に申し訳ございませぬ」
深々と頭を下げるブレンハイム侯爵。
モノクルから見える瞳が優しく私を見つめた。
だけど、もごもご話す度に衣がヒクヒク動くのよっ!
ちょっと、誰か教えてあげてぇ!
「あ、あの、ブレンハイムこう……」
「本当に今日は、素晴らしい日になりましてよ。このお料理のレシピ、教えて下さらない?我が家のコックに作らせたいのでぇ」
「私も教えて頂けますか、王女様?娘にも是非とも食べさせてあげたい」
え?
ちょっと、待て。
私は頭の計算機を弾いた。
みんな賞賛した。
美味い。
売れる。
ここで心優しくレシピ渡す。
何も生まれない。
「これ……お金になる?」
思いがけず欲望が声に出た。
トレバン夫人は聞こえなかったようで、頭を傾げている。
ニヤリ。
一応、個人資金?は確保しとくべき、よね?
私の頭で弾き出した答えは……
「まだ、完璧ではないので……また後日お教え致しますわ(有償でね)」
営業スマイルでご回答させて頂きました。
「まあ、それは楽しみですわ。その日を心待ちにしております」
トレバン夫人は目元にシワを作り、嬉しそうに微笑み、ブレンハイム侯爵は衣付き髭を撫でながら頭を深々と頭を垂れた。
その裏で私の脳内は────
販路。
利益。
新たなメニュー。
黄金に輝く三文字が脳内で、
─────踊り狂ってますわ!!
夢が、広がります……
前世メニューで、荒稼ぎしてみせますわ!
オホホホホホ─────!!
お母さん、私。
この世界で大富豪になります!
見守っていてくださいましっ!!
(いや、あんた王女だから!!)
お読み頂きありがとうございます。
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次回もお楽しみに♡




