✣ 24話 淑女の新たなる試練
漆黒ではない天幕を、ただ見つめる。
ゴロッと身体を横にすれば、滑らかなシーツに肌が触れ合う。
頭がぼーッとする。
部屋にひとりきり。
さっきまで、傍で控えていたミアも強制的に下がらせた。
聞こえるのは自分の呼吸音と、雨が上がって嬉しそうに歌を奏でる鳥たちの囀りだけ。
─────コン、コン。
だらしなく横たわる身体をヨイショと起こす。
「……王女様、そろそろ」
ゲェッ、食欲デネェで、やんす……
だって、ママンいるもん。
返事をせずに、時間を持て余した結果、
無情にもキィ──と扉が開いた。
扉を盾に半分顔がこちらを覗いている。
その表情は無。
ミアちゃん、それ……
家政婦は〇た!みたいよ。
(え?知らない?)
「もう、皆様お集まりです」
え?《《皆様》》って、どういう意味……?
困惑している私を物の見事に無視し、ミアは急ぎませんと、とドレッサーの椅子を引いた。
「こちらへ」
拒否権は始めからないようです。
だらんと足をベッドから落とし、脱力したまま椅子に着く。
「……王女様。これから参ります場所は少し、ご覚悟が必要です。なので、少し強く見えるようメイクさせて頂きますね」
え?なんか、凄い嫌な予感。
行かなくて、良いっすか……?
鏡越しでミアにそう訴えかけたが、笑顔で返されました。
「こちらで、いかがでしょうか?」
鏡に映るご尊顔は、まさに原作そのままの暴君女王 エスティア様(まだ幼さが残る)が降臨されました。
表情を作れば、まさに悪女感満載。
深紅のドレスってところが、またそう見せるのかしらね。
「では、参りましょう。王女様」
両肩をバシッと叩かれた。
闘魂注入?
ごめん……
地味に痛かったわ。
ジンジンする肩を擦りながら、私はこの部屋を後にした。
✣✣✣✣
手摺りに指を這わせ、逆の指先でスカートの裾をちょこんと摘む。
一段一段、慎重に降りて行く。
どんだけ階段あるねん!!
こっちはヒールだぞぃ!
宝塚ちゃうねんぞ!!!
最後の一段にやっとの思いで到達すると、安堵の溜息を吐いた。
はぁ、無事に降りられましたわ。
「王女様、こちらの広間になります」
向けられた手が示す先には白い大きな扉があった。
そこから漏れてくる人の声。
カーディアス以外の声が、する……
白い扉のドアノブに手を伸ばすミア。
その背中に私は声を投げた。
「ミア、少し待って」
息を吐き、ゆっくりと息を吸う。
吸い込んだ酸素を身体へと巡らせる。
すんごく、入りたくない。
だけど、仕方ない……女は、度胸!
指を折り、腕が震えるほど握り込んだ。
「では、開けますよ」
私は、コクと頷いた。
同時にふたつの扉が開け放たれた。
急な明かりに目が眩む。
私の登場でざわざわとしていた声が、止んだ。
見知らぬ顔が、一斉にこちらへと向く。
白髪のモノクルお髭・ザ・ダンディ。
その奥方?、幸せたっぷりボデー・ザ・マダム。
線が細過ぎてふぅーと吹いただけで、風に乗ってしまいそうな婦人。
そして、我らが兄やん。
一同席に着つき、私を待っていたようだった。
ウワッ。場違い……
ここ、私の来るべき場所じゃない!!
狼狽えた私は、咄嗟に後退った。
────その瞬時、体勢が崩れ、視界が乱れる。
ウソ、ここで倒れたら……
大恥もんやーで!!
「……危なかしい人ですね」
微かに鼻を掠めた新緑な香り。
背後にいる人物へと顔を向けた。
「……セ、セリオス?」
灰褐色の瞳とぶつかった。
驚いたように目を見開く。
私へと触れている指先に力が入いる。
でも、それは、ほんの一瞬。
セリオスは何も無かったように、私に軽く頭を下げ、壁へと控えた。
その姿を、無意識に目で追う私。
お礼、……言いそびれちゃった。
「大丈夫か?!エスティア……」
カーディアスが席を立ち、急ぎ足で私のもとへやって来る。心配し過ぎて、腰から上が無駄に動く。
ふっ、なんか……
いつもの調子に戻ってきたーって感じよ。
カーディアスは、本当に心配性ですわね。
……!
滋養強壮ドリンク(未完成)
厨房に置いて来てしまいました。
後で、絶対に取りに行かなくては……
なら、この何だか分からない会食とやらを、
────ササッと済ませますわ!
✣✣✣✣
空いていた席に通され、そこに腰を据えました。
居心地の悪い沈黙が続きます。
そこへ、上座に腰掛けているカーディアスが口火を切る。
「皆、この者が俺の妹、エスティアだ」
この場合って、何か一言話すべき?
自己紹介した方が良いのかしら……?
現代ルールと違うし、何が正解なの?
頭が散らかったまま、固まる私。
私の前に座る白髪モノクルは、見定めるような目で私を見ていた。
整えられたお髭がモゾっと蠢く。
「……殿下から、お話は聞き存じました。今まで、お辛かったことでしょう。私はブレンハイム侯爵家当主、ボードン・ブレンハイムと申します。以後、お見知りおきを」
目を伏せ、斜め四十五度に腰を倒す。
カチャカチャと音が出た。
ジャケットに見せ付けるかのように勲章がこれでもかと付いている。
この方、軍人さんみたいだわ。
「ブレンハイム侯爵は、共に過酷な戦場を駆けた方で、この王宮でいちばん頼りになるお方だ」
「王太子殿下、そう褒めないで下さい」
ボードンは照れることはなく、淡々と言い切った。
……ブレンハイム侯爵?
全く原作には関わらない人は確かね。
「いや、先の大戦では……」
左隣からお上品な笑い声が場に降り注いだ。
「もう、殿方はなぜ、戦場のことを語りたがるのでしわよね。男のサガなのかしら?」
細められた目にも、扇を開くその動きも全て計算されたように洗練され、お見事と言わざるを得ない。
極め付けは、豊満ボデーから漂う甘いようで刺激ある香り。
な、なんかヤバいの隣にいるっ?!
「すまない、トレバン夫人」
……トレバン?夫人?
ブレンハイムではなくて?
「では、私の紹介をして頂けますか?王太子殿下」
扇越しにカーディアスへと見る目が、最高にクールですわ!!
「承ろう。彼女はドロシー・トレバン夫人だ。エスティアのシャペロンとして、明日から来て頂くことになった」
え!お髭侯爵の奥方じゃないの?!
……あ?シャペロン?
シャペロンって、ご令嬢の介添人よね?
「ジョアンナでは、社交界の知識までは教えられないだろうからな。しっかりと、学びなさい」
社交界?学び……?
エッ、ウソ!?
ジョアンナママン+もうひとり!!
スッと私の手が盗まれた。
暖かくどこか湿っぽいモノに。
下に視線を向け、辿る。
そこにあったのは盛り上がる頬を吊り上げ、微笑むトレバン夫人のお顔。
「王女様、よろしくお願いいたしますね。必ずや、この国最高のレディにしてみせますわ」
肉に埋もれた瞳から炎が見えた気がした。
ヘブンのお母さん……
私にもうふたりのママンが出来ました。
「では、最後になるが」
カーディアスがブレンハイム侯爵の隣にいる婦人へと視線を投げた。
私もそちらへと顔を向けた。
私たちの視線に耐えられないらしく、ドギマギするご婦人。小さい身体が更に縮こまる。
「このご婦人は、王家御用達のテーラー、スーザン婦人だ」
あっ、ロイヤルテーラーってやつね!
そんな人が、なんでここに……
「は、初めまして……スーザンと申します。王都で小さきながらもブティックを開いております」
目を伏せながら、もじもじと話すスーザン婦人。
いや、ロイヤルテーラーなら大きい店舗なのでは?
じっーと見つめたせいか、スーザン婦人の肩が激しく揺れた。目線も床に落とし、更に唇が窄む。
「この度は、お、王女様のドレスをお仕立て致します。何卒よろしく、お願いいたします。」
ゴトン!
中央に飾ってある花瓶の水が波立つ。
スーザンのおデコが、テーブルの角にヒットしました。
スーザン婦人、涙目ですわ……
余計なお世話かとも思いましたが、私は腕を伸ばした。
その手には白いハンカチーフ。
「これ、お使いになって」
小首を傾げ、そう呟いた。
私は、まだ気付いていなかった。
カーディアス兄やんが、画策していたプランを。
あんなにもたくさんのヒントを散りばめていたのに、愚かな私は全く、察しもしていなかった……




