✣ 15話 淑女、漆黒と対峙する
キ──ィィ
…………ガチャン。
扉だとは思わなかったドアが、静かに閉ざされました。
そのドアに身体を預ける、漆黒ムスク。
腕を抱き、こちらへと向ける瞳はまだ私を捉えてますよ……
睨み合う私たち。
あれ?これ……
漆黒とタイマンじゃない?
汗が顔を伝う。
ぐぬッ。
身体能力が高ければ、こんな窓ポーンと飛んで、
ヒョイっと走って逃げてやるのにッ!
何で異世界なのにそういうスキル?的なの無いのよ!!
行き場のない怒りがふつふつと湧き上がってどうしようもないわ!
そっと、窓枠へ掛けようとした足を下ろし、レジスへと向き直る。
「思いとどまって頂けて、良かったです。ですが、」
ドアに預けていた身体が離れる。
───コツ。
─コツ。
いや、近寄らんでェェって!!
下がっても、後ろに退路は無いんですって!
無意識に眉根に力が入り、私は全力で顔を反らす。
パリンっ。
足音が止まる。
恐る恐る、横目を向け眼前へと迫る天敵の動向を確認した。
待っていたといわんばかりに、私の視線を捉えた凍てつく瞳。
すらっと伸びた腕が私へと伸び、髪を梳くい上げる。
「───逃げても、無駄だと分かるまで」
薄い唇がゆっくりと三日月を描く。
「……貴女を────探し出すまで、です」
息ができないような空気感。
射殺すような瞳をこちらへと向けたまま、髪へと唇を落とした。
───ゾクゾクッ。
毛先の感覚など感じないはず、なのにどうした?!
ヒッ、コワイ。
この人、ヤバいよ?!
その視線で人殺せるよ!!
そっと離れる唇。
冷気が漂う。
レジスの出す威圧感に本能なのか、身体が小刻みに震え始めた。
「……そんなに震えて。まるで、追い詰められたうさぎのようで。とてつもなく、愛らしいです」
目元が緩み、威圧感も和らいだ。
その隙に酸素を一気に肺へと送り込む。
はっ、はぁ、はぁ。
何が、うさぎよ……
馬の次はうさぎ、ですって!!
私は、人間だからね!
仕返しだとキツイ視線を送り込む。
が、目の前の相手には逆効果だった。
「ああ……。その目付き、凄く堪らないです。僕の心臓の高鳴りが貴女にも伝われば良いのに」
火に油を注ぐという、ことわざが頭に浮かびましたわ。
レジスの頬が若干、色付いたようにも思えたが気のせいにも思える。
「しかし、このような危ないことは、もうなさらないで……貴女が傷つくのは僕は耐えられない」
ん?どこ見てるのかしら?
私、痛いとこナイワヨ?
ふわっとムスクの香りが舞い上がる。
視界が高い。
そして、速く波打つ鼓動を肌で感じた。
ハッ!何すんのよ?!
宙を浮く私の身体。
軽々しく腕に抱かれた。
「早くこうすれば、良かったです。王女さま」
顔を埋めるなっ!
「な、何、をするのっ!は、離して」
腕から逃れたい一心で、ありとあらゆる部位を押す。
(不可抗力ヨッ!)
にしても、……細身なのに筋肉あるわ。
って、そんなこと、考えている場合じゃない!
「離しなさい、これは命令よ!公爵ッ」
私の絶叫が部屋に反響した。
レジスの動きが止まる。
視線をレジスの頭へと目を向けた。
ん?ど、どうしたの?
いきなり、固まると怖いわよ?
「……そう、呼ぶんですね」
へ?
ハガッ。イだっ。
舌噛んだやんか!
ん?どうした?!
いきなり、───動くなぁぁぁ。
思わず、レジスにしがみつく。
──ギシッ。
身体が、沈む。
乱暴にベッドに落とされた。
見下ろしてくる漆黒の瞳に怪しげな光が燈る。
物憂げな顔を私へと向けた。
倒れ込んだ上体を起こす。
ベッドが軋む。
あ、あ、上がって来ないでぇ!!
そこから近付くこと、なかれ───!!
「……害虫……、親しげに……」
な、なんかブツブツ聞こえるよ?
物騒な匂い、ぷんぷんする!
視界が揺れた。
うゲッ?!
だから、来るなっ!!
近寄る度に、下がる私。
ドン、と背中がベッドボードに突撃!
「……ああ。───残念、でしたね?」
唇が少し開き、微笑えまれましても……
その眼光は少しも微笑ましくございませんことよ!
グイっと距離を縮められてしまいました。
息が、吸えない。
……身体が、動かない。
───何よ、これ……?
クソッ!
唇を噛み、寝具へと爪を立てる。
「……そんなに力を入れたら、」
冷たい指先が頬を掠め、唇へと落ちた。
うわわわッ。
「さ、触らないでッ!」
その感触に鳥肌が迫り上がった。
目を硬く閉じ、腕を伸ばしてレジスを拒絶する。
────バシッ。
腕が捕らえられた。
冷たい体温が私へと伝わってくる。
暗い。
レジスの顔色が、よく分からない。
それでも、あの瞳は私を見つめたまま。
「……王女さま、」
声が零れた。
レジスはもう片方の手をおもむろに突き出した。
その手の平に乗せていたのは───
「私の、ハンカチ……?」
その真ん中に黒い一本の毛。
毛虫の君の毛、だわ。
「ええ。そうです……貴女が、
───むやみに優しく微笑むから、」
日がレジスへと差し掛かる。
頬が上がった。狡猾な笑みを浮かべながら、漆黒の瞳が曇った。
「あの、害虫をッ!!」
ああ、私のハンカチ。
毛虫の君の毛が……
指先が更に雪のように白くなるほど、
強く、強く握り締められておられます。
私の首もそうやって絞め来そうだわッ!
息苦しさを感じつつ、曇る眼と相対する。
「そんな害虫どもは、僕が、
─────駆除、致しました」
すっと、頬のキズ痕を掠めた指先。
ギュッと胸を鷲掴まれたような感覚に陥る。
「駆除、ですって……?」
「言葉通りです」
「殺した、ってこと?」
「……………」
「どういう、意味?」
「………王女さま、
───僕が怖い、ですか?」
こ、怖いに決まってるわ!
私の首と心臓を狙う天敵だから、余計に怖えよ!
しばしの沈黙が流れた。
聞こえるのは互いの呼吸音と、
割れた窓の向こうから聞こえる地を蹴る馬の蹄の音。
レジスは未練を滲ませながら、ベッドから身を引いた。
こちらへと近付いてくる、誰かを察したように。
馬の嘶きと共に、久々に聞く声が耳に入った。
「────エスティアッ!兄が迎えに参ったぞッ!!」
その声に。少し胸が落ち着いた私だった。




