✣ 14話 淑女、漆黒の冬に囚われる
「う、ううん……だから、硬くて…食べら…」
ふにゃ?
なんか、変な夢を見たような……
眠気まなこを擦る私。
瞼を上げたら、
─────見知らぬ天井ッ!!?
「ガッテム!?ココは───!?」
一気に、覚醒ですわ!
蘇るあの────光景。
血の気がささっーと引く感覚を覚える。
手の甲へと即座に目を送った。
「……オゥ…マジで、か」
赤く痕が残ってるでぇ……
クンクン。
鼻がピクピクと動き出す。
漂うは、あの香り。
ベッドからなのか、この部屋に漂う香りが私のお鼻を必要以上に刺激して来ますわ。
すんごく、イヤッ!!
例の男が傍にいる気がして落ち着かぬっ!
ガバッと上体を起こす。
無駄な物はひとつ無い、シックなお部屋ですこと!
なんか、もう色々と回り回ってイラッとして来ましたわ!
こうなったら……よしっ、窓開けましょ。
空気入れ替え作戦よ!
ベッドから降りようと足先を床へと下ろす。
冷んやりとした床に驚き、足を引っ込める。
ヒッ、冷たいなっ!
アイスリングか!コラッ!
ベシベシと裸足で床を踏み付けた。
え?裸足───?
ゆっくりと下へと顔を向けた。
は?ちょっと待たれい!?
「なんで!服変わってるんじゃい!!」
動く度にふわっとしたドレス。
この白いヒラヒラとしたのナニ?!
え、何?例の男の好み?
嫌だよ、こんなの着たくねーよ!
思わず、口調が崩壊してしまいました。
驚きのあまり足がガニ股になる。
え?え?と何度も声が上がるが、答えてくれる人はこの部屋には、いな────
『……警告した、のに』
突然の声が降って現れた。
「──ヒッ、オバケ!!」
突然な事に、背筋が凍りそうになりましてよ!
あん?前にも、こんなくだり……あった、よね?
聞き覚えのある声のような?
頭上から、ため息が聞こえた。
咄嗟に私はありきたりな返しをする。
「──だ、誰?」
キョロキョロと頭を振り回すが、部屋には姿もなければ影もありませんの。
『せっかく、早鐘を鳴らしたのに』
私の話、……無視ですかい。
『あんなにも……』
あ、自分の話は続けるんですか。
自分勝手だなッ!
「な、鳴らしたって……なんのこと?」
姿の見えぬ相手に言葉を宙へと投げた。
………。
………………。
……ん?返事は?
痺れを切らした私は息を吸い、抗議をしようと足を一歩出しました。
「───ム」
『……毛虫の君。……だったかしら?』
私の言葉は突如、遮られましたわ。
「はへ?」
思いがけないその名に素っ頓狂な声が出た。
『……アレは、胸の高鳴りではなくて、警告』
え?アレ、トキメキではないの?
確かに、今はあんなのどうでもいいって感じですわ。
それより、私の心臓操れちゃうの?!
胸に手を置く。
「一体、ナニモノなの?あなたは……」
どことなく、宙を見る。
『……さあ、誰でしょう……ね』
見えないはずの顔が見えた、気がしますわ。
その言葉を最後に誰かさんの声は聞こえなくなりました。
張り詰めた糸が切れたのか、なんだが目眩が。
色々とあり過ぎて、
ひ弱なエスティアボディはもうノックアウト寸前よ!
そうですわ。
当初の目的を見失うとこでしたわ。
壁に手を添える。
壁伝いに窓へと参りました。
窓枠へと手を掛け、開けようとしましたら、
「は?これ、開けられないじゃない」
ただ嵌め込んである窓。
ひとつずつ確認しても、この部屋の窓は全て同じ作りやないかーい。
あーそんなことしてたら、足が氷のようですわ。
足先が床の冷たさを吸収し、身体全体がぶるぶると震え出した。
両腕で互い違いにゴシゴシと二の腕を摩る。
「と、とにかく、ここから出るのが最優先事項ですわ」
まずは、位置の把握ね。
窓の外を見て確認よ!
窓の外へと目を向けます。
人の影すら見えない前庭園。
視線を上げれば、例の男の紋章旗が風でゆらっと揺れていた。
「ああ!夢であって欲しかった、ですわ」
いや、諦めたつもりはないですわ!!
クルッと足先を向けた。
次はこの部屋を出ましょう。
扉の前に立ち、ドアノブへと指先を絡ませた。
「…………?」
あの────?
ドアノブが回らぬのだが?
あ、押すのね。
じゃないのね。
んじゃ、引きますわ!
うん。ビクともしねぇ。
私、閉じ込められてるやないか───い!
「出せや!コノヤロー!!」
部屋に反響する私の声。
ビクともしないドアノブを両手で掴み上げ、裸足の足を扉に押し付けて、グイグイと引っ張ってやる。
ぷるぷる震える腕と、ギリギリと音を鳴らす歯。
もう、お淑やかという仮面は剥がれ落ちました。
ああ、そうかい!
開かないんかい!!
じゃあ、こっちもこっちで考えがあるわぃ!!
細腕に垂れた袖を捲り上げ、私はある物を手に取った。
「開かないなら、こじ開けるまで、ですわ」
椅子を持ち上げる。
高らかに掲げる腕はもう限界ですと、身震いを開始しました。
このくらい我慢なさい!
首と心臓を護る為なのだわ!
思い切り振りかぶって、
────投げた。
結果……
音が出ただけでした。
何ですって?!
少しくらい成果出しなさいよッ!
床に転がる椅子を睨み付ける。
チッ。ここがダメなら……
私は踵を返した。
窓の外で偉そうに風を受ける旗。
「目にもの、見せてやる……」
転がる椅子を再度手に取った。
窓を前にして、仁王立ち。
背を反り、体重を掛ける。
「喰らえ!クソ野郎っ!!」
あ、私としたことが、無意識に恨み言が。
ガシャ─────ン。
屋敷に響き渡る豪快な音。
椅子が外へと飛んでいく。
見事に良い仕事をしてくれました。
太陽に照らされる硝子がキラキラと輝いておられます。
盛大に割れた窓を見つめた。
ふう、スッキリした。
大仕事を成し遂げた私は得意げに髪を払う。
んじゃ、ここから出たるか。
裸足ということを忘れ、ヒョイっと窓枠に足を引っ掛けようとした。
────ガチャ。
背後から聞こえる音に、私の首がすかさず振り向いた。
「あっ……」
そこ、……扉でした、の……?
目を丸くした例のムスク男が、
全く予期もしないところから出てきました。
フッ、と漏れた吐息。
首を傾げ、長い指先が口元へ掛かった。
細めた漆黒の瞳が私を真っ直ぐに見つめる。
「………また、僕から
────お逃げになる、おつもりで?」
ゴクン。喉が鳴る。
この瞳から逃れられる気がしないよッ!
お母さ────ん!!
あ、今、はしたないっ!?ってお母さん言った?




