✣ 13話 淑女の春と、迫る冬
「メシ、買ってこい」
宙に浮かぶ投げられた3枚のコイン。
(頭にぶつかりましたわッ!)
斜に構えたあの顔。
……ブチッ。
頭に何度も反芻するあの声。
────ブ、ブチッ。
道行く人々が道を開けていくぅぅぅう!!
ドシンっ。どしんっ。
と、地が音を立てながら道を歩くのは、
───そう、私です!
あ、すみません。
ちょっと、嫌な男を思い出しましてね。
あら?優しい。
何があったか、と聞いて下さるのですね?
え?聞いてない、興味ない?
まあ、まあ、そう仰らないで。
勝手に喋ります。(え?)
お昼前に、
お仕事がひと段落しましてね。
(オイッ!)
さあ、お昼よ〜って浮かれましたら……
上記のアレ、ですわ。
ブチブチッ!
あ、ごめんなさい。
思い出したらつい、青筋さんが。
と、まあ、理不尽な扱いを受けたわけです。
アイツのランチは激辛ナンチャラにしてやるッ!
鼻息を荒くして、市場へと足を進めた。
そんな私の頭上に飛ぶ、一羽の黒い鳥。
「……鴉?この世界にも、いるのね」
不意に背筋がブルっと寒気を感じた。
なんか、あの人を彷彿とさせたので、
早速見なかった事にしました。
✣✣✣✣
賑やかな市場の、ど真ん中。
脇目も振らず、私はある屋台の前に立った。
「ティアちゃん。今日も来てくれたのかい?」
営業スマイルを振り撒く、年増の女性。
人を食べた?ような真っ赤な唇が印象的なお方。
「ご機嫌よう、マディアンさん。もう、私はマディアンさんのご飯しか食べられないですわ」
目元を緩め、小首を傾げる。
ホント……その言葉通りなのです。
この世界は硬いものがお好きらしく、
何を食べても、硬くて食えたもんじゃねぇ!
前歯持ってかれるでぇ?!
あ、本音が漏れてしまった!
まあ、そんな中、唯一無二のこちらの食べ物は私の歯に優しいのです。
「そう言って貰えると、私、嬉しいよ。私の作る食べ物は歯の無い連中しか買って行かないからさ」
眉が微かにビクッと動いた。
地味になんか、胸がチクってしました。
どうせ、私は歯無し連合のひとりですわよ……
グスン。
「今日は私の分と、もうひとつお願いしますわ」
「珍しいわね。お味は?」
「辛い物がお好きなので、超激辛で」
ノルドお前も歯無し連合に入れてやるッ!
激辛食って悶えるが良いわ!!
悶えるノルドを想像し、吹き出しそうになるのを堪えながら出来上がるのを待っていると不穏な声が耳に入って来た。
「よし、小僧。給金だ」
「あれ?なんか少なくない?」
「は?何言って………」
ギロッと幼い男の子を睨みつけた。
「だって……1日、35リルって……」
毛虫、じゃなくて、毛むくじゃらの太い腕を組みながら、片目の瞼をこじ開けて男の子を見下ろす。
「オイラ、25日働いた!なのに……これだけしか入ってないよ!」
「はぁ、俺にケチ付ける気か?!アァン?」
その声に私の頭の中は電卓を叩く。
気が付けば、私は毛虫男の前に立ちはだかっていた。
「何だ、嬢ちゃん?今、取り込み中なのが、見て分からねぇのか?」
毛虫音は眉根を寄せながら頭を突き出した。
「ちゃんと報酬はお支払いしなくては、いけませんよ?」
「そ、そうだよ!」
私の後ろから顔を出した男の子も賛同の声を上げた。
「はぁ。ちゃんと、入れてあるだろ?!875リル」
……ん?ちょっと、待って。
私の叩き出した数値と一緒だわ。
私は男の子のお給金の入った袋へと目を向けた。
「坊ちゃん?ちょっとお給金袋見せてちょうだい」
「え、あ、うん。良いよ」
バッと差し出された茶色の皮袋。
鷲掴むと、スっとその場にしゃがみ込む。
1枚ずつコインを出し、地面に並べ確かめた。
「500リル硬貨が1枚。100リル硬貨が4枚……」
あ、この毛虫男さん。
……良い人だ。
素早く皮袋にしまい、そっと大事に男の子の手に乗せた。
「キミ、この毛……じゃなくて、このお方はちゃんとお支払いしているわ」
「え?でも、少ないよ!」
「さっき、見たでしょ?一枚で、お金の額が違うの。しかも、このお方は、お給金をほんの少し多めに入れてくれてるわ」
なんだろ、ちょっと目頭が熱いわ。
優しい雇い主もいるのね。
コインを投げつけてきたあの男に
このお方の爪の垢でも入れようかしら?
「そ、そうなんだ。コインにも金額の差があるんだね!知らなかったよ」
「全く……少し金について勉強させた方が良さげだな。すまないな。嬢ちゃん、手間、かけさせて」
組んでいた腕が振りほどかれ、ギョロっとした目が和らぎ、優しい笑みを見せた。
────ド、ドクン!
え、ドクン?
自分の胸に手を当てる。
脈打つ鼓動。
な、なんか頬が熱い?
ちょ、ちょっと、私……
どうしたのよ?!
「んじゃな、嬢ちゃん」
背を向け、男の子とどこかへとさすらいの如く去る、お方。
はふっ!?
な、なんか、このままお別れしたくないッ!
「あの、お名前は!?」
顔だけをこちらへと向けた。
「名乗る程の者じゃねぇ。アバよ」
それだけを言い残し、あの方はどこかへ行ってしまった。
ああ……
お名前も教えてくれないのね。
腰が崩れその場に座り込む。
風に舞う、一本の毛。
それが、私の目の前に落ちた。
私はその毛を指先で掴み、
ポケットからハンカチを取り出すと大切に包み込む。
そっと優しく両手で握る。
うぅっ。
目尻から熱いモノが。
「また会いましょう。
─────毛虫の君」
去って行った方を切ない瞳で見送った。
「お─い!ティアちゃ──ん。料理出来たわよ─」
マディアンの声が私の耳に届くまで、数十分掛かった。
その様子を屋根に足を降ろした漆黒の鴉が静かに見つめていた。
✣✣✣✣
とぼとぼとヴェルデ商団へと帰る。
熱々のお弁当を両手に持ち、溜息を吐く。
数歩に一度後ろを振り返る。
はあ、なんで私たら…臆病なのかしら。
もうちょっと、喰らいつきなさいよ!
そんな自問自答を繰り返していると、人集りが出来ていた。
「ねえ、あれって……」
「嘘っ!?こんなところで───」
ザワザワと騒ぐ人々。
私の背ではその先は見えない。
ピョンピョン跳ねてみる。
人集りの向こうに見えたのは……
「う、そ、なんで……」
開いた口が塞がらない。
身体の芯が冷えていく。
持っていた熱々弁当を落とした。
地面に広がった私の唯一食べられるお弁当。
でも、今は気に留める余裕は無かった。
私の瞳に映った。その紋章。
首に冷たい刃が突き付けられた感覚に襲われる。
胸から飛び出しそうな心臓。
「「我らの英雄ッ────漆黒の騎士団だ!!」」
轟く程の歓声が上がった。
私は踵を翻し、行く先も分からないまま走り出した。
✣✣✣✣
人気が無い通りに入り、物陰に身を潜める。
我も忘れ走って来たせいで、ここがどこなのか分からない。
まだ煩い心臓の鼓動。
お、落ち着け……
大丈夫よ、私。
たまたま、よ。
そうでしょ?お母さん…
膝に頭を付け、時間を過ぎるのを待つ。
いつまでこのままいればいい?
もう、この都から出て行く?
そう思案した時だった。
誰かがこの路地に入って来た。
──コツ。
─────コツ。
─────────カッツ。
息が止まる。
瞼を硬く閉じ、膝を抱く腕がぶるぶると大きく震え出す。
風が路地へと流れてきた。
鼻を掠めた、あの香り。
ドクンッ。
心臓が大きく脈打つ。
「────カアァァア」
頭上で鳥の羽ばたきが聞こえた。
乾いた音が足早に私へと近付き、眼前で止まった。
香りが強くなる。
退こうとした途端、肘が壁にぶつかった。
「─────ここに、居たんですね」
さらっとした声が落とされた。
私は意を決し、顔を上げる。
そこで、熱を帯びた漆黒の瞳と目が合った。
白い頬に返り血が付いていた。
「……レ、レジス…」
名を呼ばれさらに熱がこもる瞳。
私の瞳から目を離さずに、そっと膝を落とし私の目線に合わせられた。
今にも刺殺されそうな距離。
思うように息が吸えない。
冷たい指先が、私の手を取った。
手の甲にレジスの唇が触れる。
「イッ、」
チクリ、とした電気のような痛みが身体に走る。
身体が疼く。
満足気に目が細められ、唇が弧を描く。
微笑みを浮かべた。
「……やっと、見つけました。
─────僕の、王女さま」
あ……私、死ぬわ。
意識が飛びました。
✣✣✣✣
「ああ──、捕まっちゃったじゃん」
頭の後ろで短い髪を押さえ、手を組む。後ろへと顔を向けた。
「ふふっ。まだこれからですよ」
水晶体を眺めながら、おさげを揺らした。




