✣ 10話 淑女を甘く見るのも今だけよ
コツコツと足音を奏でながら、案内された部屋を軽くひと回り。
窓がふたつ。通りがよく見える。
チラッと王宮が見えるのがマイナスポイント。
ひとり用の小さい机とセットの椅子
それと、豪華さはないけれどそんな悪くもないベッド。
放置してあった一室だったようで、よく見ると埃が溜まっていたけれど、目覚めた部屋のような臭さは……皆・無!
漆黒な天幕もない!
テーブルに金銀財宝はひとつもない。
(そこはちょっと残念←コラッ!)
天敵に襲われる心配もない!
ここは私にとっての、“ヘブン”ですわ!
お母さん、私、やっとこの世界で
自分の“ヘブン”に辿り着けたようです。
これからのサードライフに心がトキメクますわ。
今にも歌い踊り出しそうな欲望を呑み込む。
「必要最低限しかありませんが、ご入り用なものがあれは、私に言って下さい」
そんな私の心情など露知らずのダミアンくん。
私とあまり背の変わらない眼鏡キャラ。
お名前はダミアン・トレア。
「この階は、ほとんど出入りがありませんので、気を楽にしてください。お食事は一階になります。用意が出来次第、お呼びします」
それでは。と、ご丁寧な挨拶をして静かに扉を閉めた。
距離バ……いや、ノルドの部下らしい。
あの上司の部下とは思えない程、紳士なダミアンくん。
私、好感度爆上がりよ!!
ノルドが部屋を去ってから間もなく、ダミアンくんは頬をほわほわさせながら現れ、今に至る。
あ、そうだ!
おもむろに、手をスカートのポケットに突っ込む。
ノルドから渡された容器を取り出す。
すると、ポロッと床へと落ちた輝く小石ちゃん。
思わず、顔が仰け反り、唇が歪む。
あ───
これ、早く換金したいかも。
持ってると、なんか……
──────呪われそうですわ。
あの瞳を思い出して、肩がぶるっと震えた。
またポケットからハンカチを取り出し、
呪物と化した宝石を指先二本で摘み上げテーブルに置いた。
ポケットに忍ばせた他の宝石もひとまとめにし、
ハンカチの中へと封印した。
盛り塩しとくべきね!
後で、ダミアンくんに聞きましょ。
鼻にツーンと香る、薬の匂い。
忘れないで!!と自己主張する容器に目を向ける。
ごめん。忘れてた訳じゃないのよ。
ただ、強すぎる怨念をね……
そう言い訳しながら容器の蓋を開けた。
「───うガッ?!」
あら、いやだ。
私たら、変な声出しちゃった。
「……コレ、よく効きそうですわね」
鼻を指で頑丈に摘む。
それでも鼻腔へと攻め込んで来る。
無意識にお互いを遠ざけた。
でも、せっかく貰ったし……
意を決し、小指を生贄に捧げた。
薬液に指先を付け込む。
スーとし爽快感を感じたが、なんだか温かい。
「あの男……ずっと持ってたのかしら?」
コレを私に渡すため?
まさかね。
頭を振る。
有り得ない妄想よ!
そう決めつけ、暖かい薬液を傷口に塗り込んだ。
「「「ぎょえええ───!!
めちゃくちゃ染みるじゃんゴレっ!!」」」
部屋中、この建物いや、この通り一体に雄叫びが響き渡たった。
その中に、誰かの笑い声が添えらた。
✣✣✣✣
────コン。コン。
「アガッ──」
パチりと瞼を開けた。
まだ覚醒していない私の頭はまだ夢心地。
数回瞬きをして、状況を把握。
部屋の中はすっかり暗くなって、扉の隙間から明かりが漏れている。
「あの……お食事の用意が」
こちらの様子を伺うように声を掛けたダミアン。
私は小さく返事を返す。
「あ、はい……ありがとうございます」
のっそりと上体を起こした。
ここ数日、最高級のベッドで寝ていたせいか、このベッドでは物足りないです。
贅沢は罪ですわ………
瞼を擦りながら、しみじみそう思った。
「では、お待ちしております」
扉の向こうでダミアンが頭を下げる光景が目に浮かぶ。
足音が遠ざかる。
あ──なんて、いい子なの。
お姉さん、涙出ちゃうわ……。
蹴破った奴に爪の垢を、
これでもかってくらい飲ませたいくらいよ!
ぐごぉぅぅぅぅ───
お腹の虫が騒ぎ出した。
あ、おにぎり、食べ損ねてた────!!!
ベッドから跳ね起きると、バタバタと一階へ向けて足を急がせた。
漂う美味しそうな匂いを辿る。
口からヨダレが出る度に、手の甲で拭う。
あ、ヘブンからお母さんの声が聞こえた気が。
すみません。
今だけ、今だけ許して───!
部屋の前に立つと、姿勢と身だしなみを簡単に整える。
息を吐く。
右手を軽く上げ、扉をノックした。
トントン。
「どうぞ」
優しいダミアンの声。
私はドアノブに手を掛け、扉を開けた。
「失礼します……」
なんだが、就職面接を思い浮かべた。
だって……
テーブルを挟み、面接官三人。
並び、ダミアン・初見兄さん・ノルド。
初見兄さんは眉間に皺を寄せ、堅い表情で私を見定めるような目で見てくるんですもん!
……あれ?食事は?
咄嗟に、固まりました。
私の頭の中はご飯一色なのに───!!
心の中で泣き叫ぶ私を他所に、ノルドがニヤニヤ笑ってこちらにヨッて、手を上げてます。
そんな親しくなのだが。
んで、この状況なんやねん。
飯って聞いてるんやけど……
と、ノルドを射殺す眼差しを向ける。
「おい、先に飯にした方が良さそうだぞ?ナイジェル?」
こちらを見ながら、鼻につく笑みを浮かべるノルドは眉間シワ男のナイジェルとやらの肩を叩く。
ナイジェルの眉がビクビク動き、テーブルを力んだ拳を力任せに落とした。
「イッ……飯より、大切なことだ!!」
あ、痛いんだ。
ブラブラと叩き付けた手を扇ぐように振っている。
ギョロっと私を睨めつけてきた。
その瞳は私が宿敵とでもいうような鋭さで。
あの───
私、何かしましたか、ね?
ご飯より大事なモノってナニ?
ぐぅぅぅぅと鳴り続ける私のお腹。
この声を聞いて、ナイジェル!
私は、
────────限界なんだ!!
じっーと見つめる私の目をナイジェルは華麗に無視した。
おい、無視するな!
ナイジェルの手の甲に筋が浮く。
眉根を寄せ、叫んだ。
「私は認めないッ!どこのどいつかと思えば、見知らぬ……女子など!!私は絶対にイヤだ!!」
あ、そういうことね。
私が気に入らない、ということですね。
「あの、」
口を開いた途端、ノルドが言葉を放った。
「ナイジェル。コイツは女じゃない」
「は?」
私の口は重力に逆らえない。
あんぐりと開いた口を手で押さえた。
ノルドはナイジェルの肩に腕を回す。
「よく見ろ?アレは女の格好をした───馬だ」
「「は?」」
声が被った。
ダミアンは呆れ顔をふたりに向けていた。
いたずらっ子の顔をしたノルドは更に続ける。
「上手く化けてるだろ?アレは東の大陸で見つけた珍種。ジャジャ馬っていう動物だ」
「ジャジャ馬?女じゃない?」
「ああ、そうだ!だから、安心しろ」
真面目な顔でブツブツ呟きながら頷くナイジェルに、目を細め、満足気に笑うノルド。
あの……
やっぱり、辞退しようかしら。
メラメラと怒りの炎が燃え上がるのを感じつつ、
ぷるぷると震える私の両拳。
殴り倒したろかッ!!
このエスティアちゃんフェイスのどこが馬なのよ!
(え?そこ?)
「なら、計算なんて出来ないだろう?」
は?今なんて仰いました?
怒りの炎の行く先が、変わりました。
「ジャジャ馬は馬……なら、無理だ」
だから、馬じゃねーよ!
口が暴れ出すのを抑え込む。
ゆっくり息を細く出す。
「じゃあ、勝負しましょう」
キリッとナイジェルを見据える。
額の筋は隠せまんでした。
その声でやっとナイジェルは私の瞳を見返した。
「勝負、だと?」
「ええ。私が負けたらここから去ります。勝ったら…」
「フッ、戯言を。私が負けるワケがないだろう。馬に」
コノヤロウっ!鼻先で笑いやがった!!!!
私の背中に激しく燃え上がる炎に気付いたダミアンが唇が歪ませ、身体を戦慄かせた。
お母さん、私……
─────馬、呼ばわりされました。
次回、けちょんけちょんにヤッてやるわ!!
お腹ペコ虫の祟りを甘く見ないことネッ!




