✣ 幕間 カーディアス・リタ・ルベストリア 1
「その娘の素性はどうなんだ?」
渡された書面を見ながら、前に立つ王太子宮の侍女長 ジョアンナに投げかけた。
「はい、殿下……。この子はとても優秀ですが、この異母兄が少し難ありでして…」
「却下。難がある者が近くにいては困る。──次」
ジョアンナのため息が耳に入った。
既に彼女の顔も疲労が見え隠れしている。
それもそのはず、こんなことを朝から何時間もやっているのだから当然だろう。
こうなった理由は、エスティアに仕えていた侍女をひとりを除き、辞めさせたから。
その穴埋めをすべく、今こうして、新しく迎える侍女を厳選しているわけだが、なかなか事が上手く運ばない。
「殿下…少しは妥協も必要だと思いますよ」
姿勢を崩さず、真顔でこちらを向いたのは俺の護衛騎士 セリオス・ライザットも口を挟み始めた。
「セリオス。俺の大事な妹なんだ。今まで会えず、何もしてやれなかった分も含めて、大切にしてやりたい」
そう心から思うからこその厳選だ。
今までの侍女たちの振る舞いを思えば特に。
「気持ちは分かりますが……侍女長もお手上げのようですし」
チラッとセリオスはジョアンナを見る。
セリオスの言うことは本当のようで、ジョアンナは肩をガックリと落とし、白旗ならぬ、白いハンカチをひらひらとさせていた。
「殿下、申し訳ございません。殿下のお眼鏡にかなう人材は、ひとりもおりませぬ」
床に頭をつけるかと思うほど、腰を曲げた。
「侍女長が頼みの綱なのだが……」
「この際、こちらの宮に連れてこられたらいかがです?」
セリオスの言葉に俺は固まった。
身体に電気が走る。
執務机を両手で叩き付け、立ち上がった。
それだ!それが一番手っ取り早い。
「セリオス!お前、冴えてるな。よしっ、そうとなれば…」
─────エスティアを迎えに行こう!
そう決意し、足先を向けたところで室の外が騒がしくなった。
この室へ向かう足音が大きくなっていく。
一瞬間が空く。そして、ノックとはかけ離れた音が、室内へと響いた。
ドンドン。
それはまるで、道場破りだといわんばかりだ。
ジョアンナに目配せすると、扉へと足を動かし、来訪者を一瞥しようとドアノブへと手を掛けた。
それが合図だというかのように、ひとりの少女が流れ込んで来た。後ろには甲冑を来た兵士が少女を捕まえようと腕を伸ばす。
「お、王太子、殿下!!」
俺に礼も取らずに声を掛けた少女はエスティアの侍女であるシーネだった。顔を真っ青にして、今にも死んでしまいそうな小動物は更に声を上げようとする。
だが、兵士たちに両腕を抑えつけられ、捕えられた。それでも、何かを伝えようと声を張り上げた。
「あの、……王女さ、まが、────いなくなりました!!」
その言葉に俺の心臓が止まりかけた。
足が後ろへと下がり、椅子が大きな音を上げて倒れた。
「な、何を?!偽りを述べたら、罰せられると分かっているの!!」
シーネの傍にいるジョアンナも慌てた様子で、シーネを叱責するが、シーネは兵士の腕を振り払い俺の前に這いつくばって更に言葉を紡いだ。
「嘘ではありません!王太子殿下、早く王女様を探してください!お願いします!!」
床に頭を叩きつけながら懇願するシーネを見て、俺は更に身体が冷えていく。
ここで呼吸を忘れていたことに気づいた。
セリオスに肩を揺らされ、大きく息を吸う。
「殿下!?お気を確かに!」
「…あ、ああ」
セリオスに片手を上げ、返事をした。
少し、眩暈を感じたが、それどころではない。
一瞬、頭を過ぎったあの男。
共に戦地を何年も駆けたアイツの顔が浮かぶ。
だが、アイツだったらもっと大事になっているはずだ。
大きく息を吐いた。
心臓の早鐘は落ち着かない。
まだ身体も冷えたまま。
「カーディアス様…」
セリオスが心配そうに俺の名を呼ぶ。
その声に応えるべく、俺は声を発した。
やることはひとつだ。
──────エスティアを連れ戻す。
ただそれだけだ。
「セリオス。お前はそこの侍女と共に白亜の塔へ行け。痕跡を見つけろ」
「御意」
「ジョアンナ、エスティアがいつ戻って来ても良いように暖かい食事と湯浴みの準備をしておけ」
「殿下、承りました」
ふたりとも頭を垂れると、俺の指示通りに身体を向けた。
さあ、俺が成すべきことをしようじゃないか。
足先を扉の外へ向けた。
ある人物に会うために。
✣✣✣✣
ある扉の前で足を止めた。
眼前に悠々とある扉の装飾はルベストリア王国のどこを探しても、ここに勝るものはないであろう。
門を守る兵へと視線を送る。
襟を正し、息を吸う。
胸を張り、その時を待つ。
兵が声を張る。
「我がルベストリア王国の未来の獅子 王太子殿下のお出ましです!」
その声が響き終わると、扉が一斉に開く。
白い壁に白い床。天井から垂れ下がる紅と金の垂れ幕。紅く長い絨毯の先には、数段高い位置に絢爛豪華な玉座に座る傲慢な男。
ルベストリア王国の主 ライトニング・リタ・ルベストリア。
俺とエスティアの父であり、エスティアを塔に幽閉した張本人。
気怠そうに肘掛けに身体を預け、重い瞼を少し上げると、つまらなそうに俺を見下ろした。
「……なんだ」
指先に力を入れ折り込む。
形式上、父親である男を冷めた目で見上げる。
「陛下、お頼みしたいことがございます」
「頼みごと、だと?」
「はい。私に騎士団の全権を委ねて頂きたい」
ライトニングの片眉がピクリと跳ねた。
薄い唇が半円を描く。
肘を軸にし、手の平で顔を支える。
「戦でも仕掛けるか?」
「違います。エスティアがいなくなりました」
一気にライトニングの顔から感情の色が消えていく。
もう、興味ないと言いたげに、目を逸らされた。
「そんな戯けた理由なら、許可など、出さぬ」
「しかし、父上!」
───ダンツ!
無機質なこの広間に大きな音が反芻した。
「やっと居なくなったモノを探さずとも良い」
「この国のたったひとりの王女ですよ?!」
ライトニングは口角を鋭く吊り上げた。
「だから、良かったのだ。この国の未来は安泰だ」
「父う……」
「王太子。もう話すことはない、さっさと去れ」
ギロッと射抜くような目を向けられ、俺はもう何も言い返すことも、騎士団も自由に使うことさえ出来ない。奥歯がすり減りそうになるほど、強く噛み締めた。
手の平に食い込む自分の爪が、己の愚かさを罰しているかのように感じた。
とぼとぼと力無く、来た道を戻る。
無情にも王の間の門は大きな音を立てて、閉ざされた。
前にはめ込まれたガラス窓に映る自分の姿を見て、思わず鼻で笑った。
名ばかりの王太子。その姿はあまりにも滑稽だった。
タッタッタッと音を立てながら進む足音に、俺は顔を向けた。その人物は俺の顔を見て、血相を変えて俺の傍らに膝を付けた。息も整わぬうちに、その騎士は声を発した。
「王太子殿下!……フィガロ公爵をお止めください!」
その名を聞いて俺は、礼儀など忘れ身のふり構わず、走り出した。
行先はきっとあそこだろう。
俺は確認も取らず、ただ夢中になって腕を振った。
✣✣✣✣
着いて間もなく、その塔の扉は蹴破られていた。
扉だったモノを踏み付けて中へと入ると、そこにはレジスが剣を抜こうとしている場面だった。
「おい!?レジス、抜くなっ!」
俺が来たことなど、とっくに気づいていたはずなのにレジスは構わず、柄から手を離そうとはしない。
傍についてから、やっとこちらへと顔を向ける。その顔はとても冷徹な表情を浮かべ、目が合う者全てを縮み込ませるほどだった。
その目を見た者は、動くことも、息をすることさえ許されない。
こんな表情は、レジスとは長い付き合いだが初めてみた。思わず、ビクついた。
「王太子殿下、なぜ止めるんですか?」
顎を少し天へと向け、レジスはゆっくりと顔だけをこちらへと向けた。
光の消えた眼は今にも事を起こしかねない。
「この女が、王女さまを────」
「やめないか。まだ何も分かってない状況だ。頭を冷やせレジス」
「僕はいたって冷静ですよ。ただ、王女さまがいないのが、心底耐えられない」
剣が金属音を鳴らしながら小刻みに震えた。レジスの呼吸も浅く速い。
レジスの後ろにいたシーネは恐怖のあまり、失神しかけている。
「で、殿下!あちらでドレスが切られた物が」
セリオスがこちらへと戻ってきた。
その声を聞いて流れる前髪の間からレジスの目が鋭く光を帯びた。
────チャリ。
鋭い切っ先がシーネへと向けられた。
「……身の程知らずが、生きる価値もない」
空気が張り詰め、
───────音が、消えた。
レジスの鬼気迫る声に、激しく震え出すシーネ。顔中、涙やら何らでグチャグチャのまま後ろへ後退る。それを逃がさないレジス。
一歩下がれば、レジスは一歩進む。このままだと、血を見かねない。
俺はレジスの腕を掴み上げた。
止められた事が気に食わないレジスは、俺にまで剣を向けた。それを剣で阻止したセリオス。
剣と剣がぶつかり合った。甲高い音が塔に響き渡る。
「フィガロ卿、剣を収め下さい」
レジスはセリオスを一瞥すると、ゆっくりと剣を床へと下ろした。
「レジス…俺に刃を向けた事は見過ごすワケにはいかない。しばらく、タウンハウスで謹慎しろ。これは王太子命令だ」
そう突き放した。俺はレジスの顔を見ずに、怯えきったシーネに手を差し出した。顔面蒼白なシーネは戸惑い、手も触れずにレジスから逃げるように片隅に隠れれながら、ブルブルと震えている。
「謹慎です、か。……分かりました。僕は僕で探し出します。────絶対に」
射殺すような目つきでセリオスを見たような気がしたが、気のせいだろう。
レジスが去った途端に塔の温度が少し上がったような温かさを肌で感じた。
「エスティア……無事でいてくれ」
無力な兄は肩を落とした。
奥歯をキツくキツく噛み締める。
存在を知りながらも、何も出来なかった。
あの時と
──────同じだ。
切り刻まれた漆黒のドレスを眺めながら、自分の無力さを嘆いた。




