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ママじゃない~攻略対象の母に転生したので、破滅エンドを潰します~  作者: めそこここ
Love begets love ~愛が愛を生む~

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第82話 駆け引き

 翌朝から、アレクシス殿下の「方便」は、早速始まった。


「エリカ」


 朝食の席に、殿下が現れた。

 王宮に滞在している間、私は小さな客間で食事を取ることが多かった。

 そこに、殿下が同席するのは、初めてのことだった。


「……殿下。今日は、どうされたんですか?」


「担当者と打ち合わせをしながら朝食を取ることにした」


 殿下は、当然のように向かいの椅子に座った。


「今日の視察団の動向は、既に把握している。午前中は、港の視察だ」


「では、午前中は安全ですね」


「ああ。だが、午後は、王宮内の見学が予定されている」


 殿下は、コーヒーを一口飲んだ。


「深煎りだな」


「マリーナ様に教わったものです。殿下のお口に合いましたか?」


「悪くない」


 短い答えだったが、殿下はもう一口飲んだ。


(少しだけ、普通の朝みたい)


 そう思いかけた瞬間、扉の外から、侍女の声が聞こえた。


「フォレスト国の視察団の一部が、予定より早く王宮へ戻られたとのことです!」


 殿下と、私の目が合った。


「……午後を待たなかったか」


 殿下は、静かに立ち上がった。


「エリカ、行くぞ」


「え?どこへ……?」


「庭園だ」


「庭園、ですか?」


「視察団が通る経路ではない。だが、見えはする」


 殿下は、淡々と説明した。


「アイゼン殿下には、お前が私と常に行動を共にしていると思わせる。それが今日の目的だ」


(ああ、そういうことか)


「……分かりました」



 ◇



 南国の朝の庭園は、花の香りに満ちていた。

 青い空の下、色鮮やかな花々が咲き乱れている。

 こんな状況でなければ、純粋に美しいと思えたかもしれない。


「エリカ」


「はい」


「もう少し、自然にしろ。今のお前は、棒立ちだ」


「……すみません」


 私は、努めて肩の力を抜いた。


「コーヒーの輸出経路について、資料をまとめてきました」


「見せろ」


 殿下が、私の隣に並んだ。

 肩が触れそうな距離で、資料を覗き込む。


(これは……傍から見たら、どう見えるんだろう)


「ブリーズ王国への輸出は、海路が現実的ですね。フォレスト国への陸路は、関所を使えば――」


「エリカ」


「はい」


「今、王宮の二階の窓から、こちらを見ている人間がいる」


「……!」


「振り返るな」


 私は、資料に視線を落としたまま、動かないようにした。


「フォレスト国の侍従だ。報告が入る」


(視察団が、私達を見ている。アイゼン王太子に、報告されるはず)


「続けろ」


「は、はい。フォレスト国への陸路は、関所を使えば、輸送コストを――」


「もう少し、顔を上げて話せ」


「……こうですか」


「ああ」


 殿下は、資料に視線を落としながら、静かに言った。


「よくできている」


 アレクシス殿下は一度周囲へ視線を走らせると、資料を持ち上げ、外から私たちの顔が見えない角度にした。


(えっ……これ、外から見たら……まさか、キスしているみたいじゃない!?)



 ◇



 午後になると、視察団の動きは活発になった。


「アレクシス殿下」


 廊下を歩いていた私達の前に、アイゼン王太子が姿を現した。

 昨日と違い、今日は供の者を連れている。

 表向きは、正式な視察の一環として、王宮内を見学しているらしい。


「アイゼン王太子殿下。王宮の見学は、いかがですか?」


 アレクシス殿下が、穏やかに応じた。


「……悪くない。()()()()()も見せつけられたが」


 アイゼン王太子の視線が、私に向いた。


「エリカ」


「……」


「昨日は、感情的になった……」


 言葉は、穏やかだったが、その顔には疲労が見えた。


「今日は、どこへ行く予定だ?」


「コーヒー事業の打ち合わせですよ」


 答えたのは、アレクシス殿下だった。


「エリカには、今日も同席してもらう予定だ」


「同席、ね」


 アイゼン王太子は、静かにアレクシス殿下を見た。


「随分と、エリカを手元に置いているようだが。その意図を、お聞かせ願いたい」


「優秀な担当者を傍に置くのは、当然のことだ」


「……そうか」


 アイゼン王太子の目が、細くなった。


「エリカ」


「はい」


「夕食は、自由か?」


(まだ、二人で話そうとしているのね……)


 私が答えに詰まる前に、アレクシス殿下が口を開いた。


「残念ながら、今夜はコーヒー協会の関係者を招いた非公式の会合を予定している。エリカにも、出席してもらう」


「……非公式の会合」


「ああ。エリカは、その中心的な役割を担ってもらっているから」


 アイゼン王太子は、しばらく、アレクシス殿下を見つめていた。

 その目の奥に、静かな炎のようなものが、揺れているのが分かった。


「そうか」


 やがて、一言だけ言った。


「引き留めて、悪かった」


「いいえ」


 アレクシス殿下は、表情を変えずに答えた。


「視察を、ごゆっくりどうぞ」



 ◇



 その夜、非公式の会合というのは、本当に存在していた。

 コーヒー協会の主要メンバー数名と、殿下、そして私が、王宮の小さな食堂に集まっていた。


「殿下。今日の件、ありがとうございました」


 会合が終わり、人が減ってから、私は小さく礼を言った。


「礼はいい。従姪が困っているんだ。このぐらいはする」


 殿下は、コーヒーカップを置いた。


「それより、マリーナから連絡が来た」


「マリーナ様から……?」


「コーヒー協会の件で、確認したいことがあるそうだ。明後日、こちらへ来る」


「そうですか」


 私は、少し安心した。

 マリーナに会えるなら、昨日の心残りも、少しは解消されるかもしれない。


「殿下」


「なんだ?」


「マリーナ様に、今回のことは……」


「話すつもりはない」


 殿下は、はっきり言った。


「方便のために、マリーナを傷つけるつもりはない」


「……でも、殿下が私と一緒に行動しているのを、誰かが見て、マリーナ様の耳に入ったら」


「確かにな……」


 殿下の目が、わずかに揺れた。


「それでも、今は、アイゼン殿下を牽制する方が優先だ。」


 アレクシス殿下が俯いた。


「それに……私は、義務ではなく、彼女の本音が知りたい」


「彼女の……ですか?」


「いや、ただの独り言だ。気にするな」


 私は、頷いた。


(マリーナ様が、誤解されたくない。でも、今の私には、他に方法が分からない)


「エリカ」


 殿下が、珍しく、少し躊躇うような間を置いてから言った。


「マリーナが、こちらへ来た時――」


「はい」


「お前は、マリーナの様子を、よく見ていてくれ」


「様子、ですか?」


「ああ」


 殿下は、窓の外に目を向けた。


「時には……当人では、見えにくいことがある」


 その言葉に、私は思わず、殿下の横顔を見た。


(アレクシス殿下が、マリーナ様の本心を測りたがっている。この「方便」を利用してマリーナ様が、どう感じるか、確かめたいのね)


 その真意に気づいた瞬間、胸の奥に、複雑な気持ちが広がった。


(この人も、ズルイ人ね)


「……分かりました」


 私は、静かに答えた。


「マリーナ様の様子、ちゃんと見ておきます」


「頼む」


 殿下は、それだけ言った。

 窓の外では、南国の夜風が、静かに王宮の庭を揺らしていた。



 ◇



 そして、その夜、別の棟では――。


「アレクシス王太子は、エリカと、ほぼ常に行動を共にしているようです」


 侍従の報告を聞きながら、アイゼン王太子は、静かに目を閉じた。


「……そうか」


「視察期間中、エリカ様との接触の機会は、難しいかと」


「難しい、か」


 アイゼン王太子は、静かに笑った。

 その笑みは、穏やかだったが、どこか、体温のないものに見えた。


「なら、作ればいいさ。視察は、まだ始まったばかりだ」


「……殿下?」


「私が機会を作る」


 アイゼンの視線は、王宮の東棟へと静かに向けられていた。

 侍従は、何も答えなかった。

 ただ、深く、一礼した。

 あとがき


 アレクシスの「方便」が始まり、三人の駆け引きも少しずつ動き始めました。

 それぞれに譲れない想いを抱えたまま、視察はまだ始まったばかりです。


 面白かった、続きが気になると思っていただけましたら、評価やリアクションで応援していただけると励みになります。感想もとても嬉しいです。

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