第76話 再会ラッシュ!
関所開通アニバーサリー式典が、毎年国境近くの広場で開かれることになっていた。
リップル王国とフォレスト国の両国の友好式典ということもあり、注目の高い行事だった。
私達は『コーちゃん珈琲』として出店の申し込みをしていた。
「エリカ様、出店の準備、整いましたわ。」
マリーナが、紋章入りのカップを並べながら声をかけてくる。
「『コーちゃん珈琲』の移動式店舗、初めての遠征ですね。」
「ふふ、緊張しますけど……楽しみでもあります。」
関所の周辺には、フォレスト国とリップル王国、両国の旗が並べて掲げられていた。
人々の行き来も活発で、両国の商人や観光客が、入り混じって賑わっている。
「こんなに人が多いと、コーヒーの宣伝になりそうですね。」
私達は、開店準備を進めながら、コーヒーの焙煎を始める。ローストの香りが一面に漂う。
◇
式典が始まってしばらく経った頃、屋台の前に人だかりができた。
「エリカ様! あれ、見てください!」
マリーナが、指差した方向に目をやると――。
「うわあああ!“コーちゃん”だああああ!」
「やっぱりここにいましたのね!探しましたわ!」
この興奮した時の早口になる聞き覚えのある声に私は思わず固まった。
(この声……まさか。)
人だかりの向こうから、二人組が駆けてくる。
「お久しぶりです、エリカ様!」
明るい金髪に縦ロールを弾ませながら現れたのはマーガレットだった。
その隣には、興奮した様子のテオドアもいる。
「テオドア、マーガレット……? どうしてここに?」
「セザール様作品の愛好家フォレスト国代表として、参りました。」
テオドアが、得意げに胸を張った。
(そんな代表制度、聞いたことないんだけど……。)
「エリカ様、やっぱりいらしたのね。」
瞳を潤ませるマーガレット。
(結局、みんなとはちゃんとしたお別れできなかったからな……。)
「それより、エリカ様!!この記事はなんですの?」
マーガレットはクシャクシャになった新聞を私に見せた。
『フォレスト国出身、ルフェラン侯爵令嬢がリップル国王太子とご成婚間近』という記事が一面に載っている。
「何これ?」
描かれていたのは、イクシード辺境伯家から出ていくアレクシス王太子殿下を見送る私だった。
でも、おかしいのはその場にいはずのお祖父様がいない。しかも、背景には不自然に朝露に濡れる木々が描かれている。
これでは、まるでアレクシス王太子殿下が朝帰りしているようだ。
(これをマリーナ様が見たら誤解される。)
そう思った時、背後にマリーナが立っていた。
新聞をじっと見つめるマリーナ。
「……気になさらないでください、エリカ様。これはゴシップ新聞ですわ。」
平然と準備を続けるマリーナの心の内が読めない。
「ゴシップ? それでは真実ではないのですね。」
テオドアが新聞を覗き込みながら首を傾げる。
「もちろんです。」
マリーナは、紋章入りのカップを手早く並べ直しながら答えた。
「殿下が辺境伯家を訪ねるのは、ただの公務です。コーヒーの輸出について、何度もご相談に来てくださっていますもの。」
「で、ですよね……。」
私は、ほっと息をついた。
(マリーナ様、本当に何も気にしていないのかしら……。)
その横顔は、いつも通り穏やかだった。
けれど、どこか――いつもより少し、淡々としているような気もした。
「エリカ様、新聞というのは、面白い話を作るのが仕事ですから。」
マリーナは、そう言って小さく笑った。その言葉は自分に言い聞かせているようだった。
「お気になさいませんよう。」
「は、はい……。」
そう答えながらも、私は内心、落ち着かない気持ちでいた。
(本当に、気にしていないの? それとも……。)
◇
「マギー!!このカップ、見てください!」
テオドアが、紋章入りのカップを目にして、目を輝かせた。
「これ……“コーちゃん”ですわ!?やっぱり! グッズの情報網で、ここに新作のコーヒーカップがあると聞いて、テオ様と一緒に急いで来たんですの!」
(二人の互いの呼び方に半年という時間の流れを感じる。)
「コーヒーよりも、カップが目当てなのね……。」
私は、思わず苦笑した。
(でも、こうして懐かしい顔に会えて、嬉しい……。)
「もちろん、コーヒーも飲ませてくださいまし。」
テオドアが、カップを受け取りながら笑った。
「本当に苦いんですね! でも、この風味……奥深い。」
「私は、フレーバーコーヒーが好きですわ! リリコイの香りって爽やかさがありますわ!」
その様子を見ていたマリーナが、ふと口を開いた。
「お二人とは、王立学園でご一緒だったのですか?」
「ええ。私達、親友ですの!」
食い気味に返事をするマーガレットにマリーナが微笑む。
「エリカ様には、本当に仲の良いご友人がいらっしゃるのですね。」
マリーナは穏やかに微笑んでいた。けれど、その笑みはどこか遠慮するようにも見えた。
マリーナの目線が一瞬だけ、新聞記事の方へ向いたのを見た気がした。
◇
「それにしても……。」
テオドアが、コーヒーを飲みながら、改めて私を見た。
「エリカ様、すっかりリップル王国の方になられたんですね。」
「そう……?」
「王立学園にいた頃とは、ずいぶん雰囲気が変わりましたわ。」
マーガレットが、感慨深そうに言う。
確かに、フォレスト国にいた時よりも軽装で肌の露出が多い格好をしている。この国の文化的な服装だった。
「ドレスだけではありませんわ。あの頃は、いつも何か気を張っているような感じでしたけど……今は、お顔が柔らかいです。」
「そうかな……?」
私は、少し驚いた。
自分では、あまり気づいていなかったことだった。
「フォレスト国を出る時は、不安だらけだったけどね……。」
(セザールと一緒に学んでいたリップル語のおかげかも。)
私は、賑わう屋台と、忙しそうに働くマリーナを見渡した。
「ここで、たくさんの人達と出会えて、本当に良かったと思っています。」
「エリカ様……。」
テオドアが、少し目を細めた。
「……アイゼン王太子殿下も、エリカ様のことを心配しておられましたのよ。」
その名前に、私の心臓が、小さく跳ねた。
「アイゼン王太子……。」
まるで昨日の出来事のように感じる。
心に暗い影が落ちていく。
その時だった。
「お姉様ー!エリカお姉様ー!」
声がする方を見ると、そこには私の従姉妹マリアがいた。叔父夫婦であるロベッタ男爵家の養女となった少女で、将来は――恋蜜の攻略対象、レオナルド・シャーウッドの母親になる人物だ。
シャーウッド男爵家は、フォレスト国で唯一、米を生産している領地。その米は、この関所開通アニバーサリー式典でも名物土産のポン菓子として使われている。
その縁もあって、シャーウッド男爵家も式典へ招かれていたのだ。
「マリア! 待ってくれ!」
慌てて駆け寄ってきた青年を見て、私は思わず目を丸くした。
「ヘンリー?」
そこにいたのは、ヘンリー・シャーウッド。
将来、恋蜜の攻略対象レオナルド・シャーウッドの父親になる人物だ。
私の記憶では、一年間の留学へ旅立つ前の姿で止まっていた。
けれど目の前のヘンリーは、以前より少し背が伸び、どこか大人びた雰囲気になっていた。
しかも――。
「マリア、荷物は私が持つよ。」
自然な動きでマリアの荷物を受け取っている。
(付き人……?)
私が首を傾げていると、マリアが少し照れくさそうに笑った。
「ヘンリー様ったら、ずっとこんな調子なんですよ。」
「え?」
「一昨年の関所完成式典で初めてお会いして、それ以来ずっと……。」
ヘンリーは気まずそうに頭をかいた。
「一目惚れだったんだ!」
「……。」
(関所完成セレモニーの時からヘンリーの気持ちには気付いていた。けれど、マリアも満更でもない顔してない?!)
「実は、留学中も文通していて……。」
「?!」
思わず私はマリアを見る。
マリアは頬を赤く染めながら小さく頷いた。
「私はまだ学生ですから、『王立学園を卒業するまで気持ちが変わらなければ、その時に婚約を考えましょう』と、お返事しましたの。」
「だから今は、その約束を守ってもらっている最中なんだ。」
ヘンリーはそう言って照れ笑いを浮かべた。
「今回は、シャーウッド辺境伯家の一員として式典に参加している。」
ヘンリーがそう言って微笑んだ、その時だった。
「おやおや、皆様お揃いで。」
穏やかな声に振り向くと、そこには見慣れた青年が立っていた。
「ガブリエル!」
「お久しぶりです、エリカ様。」
相変わらず涼しげな笑みを浮かべたガブリエルは、屋台をぐるりと見回す。
「リップル王国で『コーヒー』という新しい商品が話題になっていると耳にしまして。商人として、ぜひ一度、この目で確かめたいと思い参りました。」
そう言って、ガブリエルは小さく頷く。
「やはり、エリカ様が関わっていましたか。」
「え? どうして分かったの?」
私が首を傾げると、ガブリエルは楽しそうに笑った。
「商人は商品だけではなく、その売り方も見ています。」
並べられたコーヒーを指差す。
「ただ飲み物を売るだけではありません。焙煎方法を変え、様々な飲み方を提案し、専門店を作り、持ち帰り用のカップまで用意する。」
ガブリエルは私を見つめた。
「米も、納豆も、ゴムの時もそうでした。エリカ様は、いつも商品ではなく『文化』を作ろうとなさる。」
少し照れくさくなり、私は頬をかいた。
「ここまで考える方を、私は一人しか知りません。」
そう言うと、ガブリエルは後ろを振り返る。
「ね、パムさん。言った通りでしょう?」
その陰から、ひょこっと顔を覗かせた人物に、私は思わず目を見開いた。
「パメ……パム!」
腕を組み、少し不機嫌そうな顔をしたパメラが、小さく手を上げる。
「……お久しぶりです。」
「パム、ガブリエルと仲良くなったのね。」
そう声を掛けると、ガブリエルがくすりと笑った。
「パムさん、ずっとエリカ様のことを気にされていたんですよ。今回だって、『私も行く』と無理やり付いて来られたんです。」
「ち、違います!」
パメラは慌てて否定する。
「ガブリエルが、どうしても護衛してほしいって言うから来ただけ!」
(護衛……?)
私は思わず目を瞬かせた。
(……ということは、パメラはガブリエルに正体を明かしたの?)
以前なら、絶対に誰にも知られたくないと言っていたはずなのに。
半年という時間は、私の知らないところで、みんなを少しずつ前へ進ませていた。
たった半年なのに……。
テオドアとマーガレット。
ヘンリーとマリア。
そして、ガブリエルとパメラ。
みんな、それぞれの時間を歩き、少しずつ前へ進んでいた。
けれど――。
(私だけ……。)
フォレスト国を離れた、あの日。
アイゼン王太子殿下との別れから、私だけが、まだ時間の止まった場所に取り残されているような気がした。
その止まった時間が、もうすぐ再び動き出すことを――この時の私は、まだ知らなかった。
あとがき
第76話をお読みいただき、ありがとうございました!
半年という時間で、それぞれが少しずつ前へ進んでいました。
テオドアとマーガレット。ヘンリーとマリア。ガブリエルとパメラ。
そして、エリカだけが、まだ止まった時間の中にいます。
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