第75話 コーちゃん珈琲、開店!
「エリカ様、このコーヒーの違い……どうやって、皆様に広めていきましょうか。」
マリーナが、並べられた焙煎豆を見つめながら尋ねた。
「ただ売るだけでは、きっと『苦い飲み物』としか思われません。深煎りと浅煎りの違いを、どう伝えればいいのか……。」
「それなら、フォレスト国で米を広めた時の方法が、参考になるかもしれません。飲食店に協力してもらうのです。」
フォレスト国で米を周知させる時に、まず飲食店にレシピを提供した時のことを思い出した。料理人が使ってくれれば、お客様は自然と、その味を体験できる。
「例えば……クリームやバター、チーズを使った濃厚な料理を出すお店には、深煎りのコーヒーが合います。」
「コクのある料理には、コクのあるコーヒーを、ということですね。」
「そうです。味の重さが合えば、自然と『この店のコーヒーは美味しい』と感じてもらえます。」
「果実を使った料理のお店には……。」
マリーナが、自分でも考え始めていた。
「リリコイやマンゴーを使った料理のお店には、浅煎りのフレッシュな酸味のコーヒーが合いそうですね。」
「ええ、その通りです!」
私は思わず頷いた。
「酸味のあるコーヒーは、果実の爽やかさを引き立ててくれます。お店ごとに、合うコーヒーを提案していけば、自然とお店側も協力してくれると思います。」
「お店にとっても、新しい売りができるということですものね。」
「はい。コーヒーを置くこと自体が、お店の価値になります。」
マリーナは、感心したように頷いた。
「飲食店から、ということですね。」
「はい。コーヒーも、お店の特色に合わせて紹介すれば、お客様にも分かりやすいと思います。」
私はテーブルに置かれた地図を引き寄せ、市場の店を指で示していった。
二人で、市場の店を一つずつ確認しながら、どの店にどの焙煎を提案するか、相談を重ねていった。
◇
「でも、それだけでは足りないと思うんです。」
私は、もう一つの案を切り出した。
「コーヒーには、もう一つ大事な役割があります。」
「役割……ですか?」
「コーヒーを飲むと、頭がすっきりして、目が覚めるんです。」
「それは、試飲会の時にも、皆様おっしゃっていましたわね。」
「ええ。これは、忙しく働く人達にこそ、向いている飲み物だと思うんです。」
私は、王宮や市場の方角を見渡した。
「王宮や、金融機関、公共機関で働く人達は、市場まで足を運ぶ時間がない場合も多いはずです。」
「確かに……皆様、お忙しいですものね。」
「そういった場所の近くに、コーヒーを気軽に持ち帰れる専門店を出すのはどうでしょうか。」
「持ち帰り……ですか?」
マリーナが、少し戸惑ったように繰り返した。
「お店に座って飲むのではなく、すぐに受け取って、その場を離れられるようにするんです。忙しい人達でも、立ち寄るだけで済むように。」
「それは……新しい発想ですね。」
「コーヒーを飲んで、すっきりした状態で仕事に向かう。そういう習慣が広まれば、コーヒーはただの飲み物ではなく、生活の一部になると思います。」
マリーナは、暫く考え込んでいたが、やがて目を輝かせた。
「王宮の近くに出店すれば、文官の方々にも喜ばれそうですわね。」
「金融機関の近くも良いと思います。数字を扱うお仕事は、頭をすっきりさせる必要がありますから。」
二人で、出店場所の候補を挙げていくうちに、計画は次第に具体的になっていった。
「飲食店への展開と、持ち帰り専門店。この二本立てで、コーヒーを広めていきましょう!」
私はそう言って、まとめるように頷いた。
「飲食店では、コーヒーの『味の多様性』を。持ち帰り専門店では、コーヒーの『機能性』を、それぞれ伝えていく。」
「両方の魅力を、別の場所で伝えていくのですね。」
「持ち帰り専門店を出すなら……一つ、考えていることがあるんです。」
私はそう言って、紙に簡単な絵を描き始めた。
「カップに、何か目印を入れたいんです。」
「目印……ですか?」
「ええ。誰が見ても、『これはアルベール領のコーヒーだ』と分かるように。」
マリーナが、興味深そうに私の手元を覗き込む。
「それなら、紋章を入れてはどうでしょうか?」
「アルベール家の紋章を、ですか?」
「はい。お店に紋章を掲げるだけでなく、カップそのものに入れてしまえば、持ち歩く人が、街中の広告になってくれます。」
マリーナは、少し驚いた顔をした。
「カップに、家の紋章を……。」
「ご不安でしたら、紋章と別の絵を組み合わせた図案でも構いません。」
「あの……。」
マリーナは、少し考えてから、ゆっくりと口を開いた。
「その絵、セザール第二王子にお願いできませんか?」
「えっ?!」
「私、実はあのシリーズのコレクターでして……。」
(ここにもいた……。あの謎のキャラクター『ツーどくん』『ツーユーちゃん』『フォーちゃん』ファンが……。)
「ほ、本気ですか?」
「この国でも人気なのです。フォレスト国やブリーズ王国からグッズの輸入も行われています!」
「王宮にお勤めの方々が、アルベール家の紋章セザール第二王子が描かれた絵入りのカップを手に歩く姿……想像すると、少し不思議な気持ちになりますわ。」
マリーナは、そう言って小さく笑った。
(私も別の意味で不思議な気持ちになった。)
◇
イクシード辺境伯家に戻ると、セザールにこのことを話してみた。
「ねえさま。私、もう用意してる。」
そういうと誇らしげに紙を広げた。
「ヒィィィ!」
そこに描かれていたのは、どう見てもGの化身にしか見えない黒光りした何か……。
(これ……コーヒーのマークにするの……?)
「カッコイイですね!」
ラウルモンドがその絵を褒める。
「光っていて神々しいですわ!」
なぜかアデライト王女も絶賛している。
(そういえば、この世界でGを見たことがない……。だから、みんなそう見えないのか。)
◇
紋章の図案を、実際にカップへ落とし込む作業は、思いのほか難航した。
「これでは、複雑すぎて、量産に向きませんね……。」
職人が、試作したカップを見つめながら呟く。
アルベール家の紋章は、繊細な蔓草の模様に、小さな花が絡みつく、優美な意匠だった。
美しいが、簡略化しなければ、大量に作ることはできない。
そして、あのG……ならぬコーヒー豆の絵も顔がある分、作業を難しくさせた。
「線を、もう少し減らせますか?」
マリーナが、紋章を見つめながら呟く。
「花の部分だけ残して、蔓草は少し省略してみましょうか?」
(削るの、そっち?!)
職人は、試しに簡略化した図案を描いてみた。
「これくらいなら、模様としても、すぐに覚えてもらえそうです。」
マリーナが、その図案を見て頷いた。
「シンプルですが……アルベール家の花、で間違いないですわね。そして……“コーちゃん”が目立っています。」
(コーヒーだから“コーちゃん”らしい。紅茶に似た紛らわしい名前である。)
「持ち帰りカップなら、これくらいの方が、目にも入りやすいと思います。」
何度か試作を重ね、ようやく、簡略化された花の紋章とそのままの“コーちゃん”が、カップに焼き付けられることになった。
「白いカップに、アルベール家の紋章に浮かぶ“コーちゃん”……良いですね。」
私は黙って、微笑んだ。
「これなら、量産も難しくなさそうです。」
職人も、満足そうに頷いていた。
◇
「持ち帰り専門店の名前も、決めておきたいですね。」
「店名……ですか。」
マリーナは、暫く考え込んだ。
「『アルベール珈琲店』では、少し堅いので、『コーちゃん珈琲』なんてどうでしょう!」
(どうしよう……なんて言えばいいの?)
私は再び黙って微笑むことにした。
「『コーちゃん珈琲』。これからの、アルベール領の新しい顔になります!」
マリーナも、嬉しそうに頷いた。
その日から、紋章入りのカップは、少しずつ準備が進められていった。
◇
数週間後、王宮の近くに、小さな店が開かれた。
店先には、控えめながらも、上品な看板が掲げられている。
『コーちゃん珈琲』。
紅茶紛らしさがまさかの効果を生み出した。
喉が乾いた客が紅茶のつもりで注文するという事態発生した。
「紅茶かと思って買ったけど、これ美味しい!」
「コーヒーって名前じゃ飲まず嫌いしてたよ。」
(セザールの僥倖って、チートツールな気がしてきた。)
店員が、紋章入りのカップにコーヒーを注ぎ、次々と渡していく。
文官や役人達が、足早に立ち寄り、カップを片手に、再び仕事へ戻っていく。
「これは、評判になりそうですね。」
マリーナと共に、その様子を見守りながら、私は密かに満足していた。
(街を歩く人達が、アルベール家の花とあのGの化身……を、自然と目にする日が来る。)
それは、コーヒーという飲み物が、リップル王国の暮らしに根付いていく、確かな証だった。
そして、その花は――マリーナという人が、自分の力で掴んだ、新しい誇りの象徴でもあった。
そして、“コーちゃん”が彼らを呼び寄せるなんて考えてもいなかった。
あとがき
第75話をお読みいただき、ありがとうございました!
今回は、コーヒーを「飲み物」として広めるだけではなく、「ブランド」として育てる過程を書きました。
……のはずだったのですが「コーちゃん珈琲」が全部持っていきました。
第一部「ツーどくん」「ツーユーちゃん」、第二部「フォーちゃん」、そして第三部は「コーちゃん」。
三部連続となる、セザール画伯の新作発表でした。
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