第74話 選べる一杯、選ばれる一杯
試飲会から一週間後。
リップル王国の市場には、奇妙な変化が起きていた。
「『苦い実の飲み物』はいかがですか!」
「コーヒー風、お試しあれ!」
露店のあちこちで、見覚えのある黒い飲み物が売られている。
「エリカ様……これは……。」
マリーナが、市場から戻ってきた使用人の報告を聞き、顔を青ざめさせていた。
「他の領地でも、似たような実を栽培しているところがあったようです。アルベール領のコーヒーを真似て、勝手に売り出しているところが……。」
「な、なんですって!」
マリーナは思わず立ち上がった。
「うちが苦労して作り上げたものを、無断で……!」
「マリーナ様、落ち着いてください。」
私はマリーナの手を取り、椅子に座らせた。
「落ち着けるはずがありません!このままでは、アルベール領の功績が、誰のものか分からなくなってしまいます!」
マリーナの声は、珍しく動揺していた。
(無理もないわ。アルベール家にとっては、これが初めての大きな成功だったんだもの。)
私は、努めて静かな声で続けた。
「マリーナ様。これは……ある意味、幸運な展開なんです。」
「これが……幸運?」
フォレスト国で米や納豆を広める時に苦労した経験のある私にとっては、この模倣という無料の宣伝効果は吉報だった。
マリーナは、信じられないという表情で私を見た。
「アルベール領だけで、コーヒーをリップル王国全体に広めるのは、限界があります。」
私はゆっくりと言葉を選んだ。
「他の領地が真似て売り出すということは、コーヒーという存在そのものが、もう国中に知られ始めているということです。」
「それは……。」
「模倣する商品が増えれば増えるほど、コーヒーという飲み物自体の存在は、広がっていきます。」
マリーナは、暫く黙り込んでいた。
「……でも、それでは、アルベール家の功績が薄れてしまいます。」
「だからこそ、必要なのは、模倣されない、アルベール領だけの『本物』を作ることです。」
私はそう言って、テーブルに数枚の豆を並べた。
◇
「マリーナ様。コーヒーの味を決めるのは、豆の種類だけではありません。」
「種類だけではない……のですか?」
「はい。同じ豆でも、炙る時間や温度によって、味が大きく変わるんです。」
私は、前世の記憶を思い出しながら説明した。
(同じ豆でも、火の入れ方一つで、まるで別の飲み物になる。)
その記憶は、不思議と鮮明だった。
顔も名前も、もう思い出せない人達の――それでも、コーヒーを片手に語っていた、温かい空気だけが、胸の奥に残っている。
(誰だったのか、もう分からない。けれど、確かに大切な人達だった気がする。)
「浅煎りは爽やかで、深煎りはコクが強くなるんです。酸味が好きな人もいれば、苦味やコクを好む人もいます。色々な炒り方を用意すれば、それぞれの好みに合わせたコーヒーを提供できます。」
「それが、アルベール領だけの強みになる、ということですね。」
マリーナの表情に、少しずつ落ち着きが戻ってきていた。
「他の領地が、ただ実を売るだけなら――アルベール領は、味を作り上げる場所になればいいんです。」
私はそう言って、微笑んだ。
「『どこのコーヒーも同じ』ではなく、『アルベール領のコーヒーは特別だ』と思っていただけるように。」
マリーナは、しばらく私を見つめていたが、やがて深く息を吐いた。
「……エリカ様には、本当に敵いませんわ。」
マリーナが溜め息をつく。
「私もこんなに早く模倣品が出るとは思わなかったので。観光地として栄えたリップル王国の特徴なのかもしれませんね。」
「確かに、我が国は観光事業収入の割合がたかいですから。新しい物を我先に……というのが商人達の考えかもしれません。」
ようやく、マリーナの顔に笑みが戻った。
リップル王国のこの特色は海外にコーヒーを広める足掛かりにもなる。
私はマリーナとコーヒーを次の段階に進めることにした。
◇
問題は、炒り方を均一に、かつ効率よく行う方法だった。
鍋で炙る方法では、どうしても焼け加減が偏ってしまう。何度も試したが、安定した味を作るのは難しかった。
「人の手では、まばらになってしまいますね……。」
マリーナが、焦げた豆を見つめながら呟く。
「そうですね……。」
私は少し考えて、一つの案を思いついた。
「私の義弟に頼んでみましょう!」
「エリカ様の義弟君に、ですか?」
「ええ。義弟は、思いついたことを形にするのが得意なんです!」
◇
豆を均一に、回転させながら炙ることができる道具が欲しい――ラウルモンドにそう伝えると、数日後、思いがけないほど早く出来上がった。
「もう、出来たの?」
私は驚いた。
手回しのハンドルがついた、円筒型の道具がそこにはあった。
「はい。ポン菓子ですでに加熱する構造の物は特許として出していたので、リップル王国でも簡単に部品が揃いました。」
ラウルモンドは手慣れた様子で機械の説明を行う
「姉上の説明通りに作りました。回転させながら炙ることで、焼け加減が均一になります。」
ラウルモンドはそう言うとダイヤルネジを回す。
「色々な加熱状態を作りたいとのことでしたので、計時器を搭載しています。」
(本当に、言われた通りのものを、すぐに形にしてしまうのね……。)
ラウルモンドには、自分から新しいことを思いつくような派手さはない。
けれど、伝えられたことを、誰よりも正確に、丁寧に実現してしまう力がある。
(これも、本当にすごい才能だわ。)
私は早速、その焙煎機を使って、豆を炙ってみた。
ハンドルを回しながら、豆を均一に炙っていく。これまでとは比べ物にならないほど、安定した炒り上がりだった。
それだけじゃない。計時器のメモリを変えるだけで、様々な炒り具合が再現されていた。
◇
翌日、アルベール家に機械を持ち込んだ。
「これは……すごいですわ!」
マリーナが、出来上がった豆の香りを嗅ぎながら、目を輝かせた。
「これなら、何度でも同じ味を再現できそうです。ラウルモンド様にも、感謝しないといけませんね。」
私はそう言って、改良点をいくつか書き留めた。
(今度は、温度を測れるような仕組みも、欲しいわね。)
少しずつ、コーヒー作りの土台が固まっていくのを感じていた。
◇
数日後、私達は焙煎の度合いを変えた、いくつかのコーヒーを並べていた。
「浅煎り、中煎り、深煎り……。」
マリーナが、それぞれの香りを確かめながら呟く。
「同じ豆なのに、こんなに香りが違うんですね。」
「ええ。マリーナ様は、どれがお好きですか?」
マリーナは一つずつ口にしてから、少し考えて答えた。
「私は……この、深煎りが好きですわ。カフェオレが好きなので、このしっかりとした苦味がミルクと合います。」
「私は、こちらの中煎りが好きです。酸味と苦味のバランスが、ちょうどいいので色々合いそうです。」
二人で笑い合いながら、それぞれの好みを語り合った。
「これを、アルベール領の特色として打ち出しましょう。」
私はそう言って、改めてマリーナを見た。
「『選べる炒り方』こそが、アルベール領のコーヒーの強みです。」
マリーナは、力強く頷いた。
「他の領地に真似されても、負けません。私達には、これだけの工夫がありますから。」
その言葉に、私は安心して微笑んだ。
模倣する商品が増えても、それは脅威じゃない。
むしろ、それはコーヒーという文化が、リップル王国に根付いていく証だった。
そしてアルベール領は、コーヒーを見つけた場所ではない。
コーヒー文化を育てる場所になっていく。
私は、そう確信していた。
あとがき
第74話をお読みいただき、ありがとうございました!
今回は、コーヒーが広まり始めたからこそ起こる「模倣」の問題と、アルベール領ならではの強みを作るまでを描きました。
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