第9話 ラウルモンドルートの裏設定
孤児院へ教師として訪問する日の朝。
いつもと違う屋敷の雰囲気に気がついたのはレインだった。
教材や孤児院の子供達の差し入れ品のチェックをしながらターニャと準備をしていると、その荷物の横に子供用リュックを置き、せっせと自分のお気に入りのおもちゃや本を詰めている。その姿を見てターニャと視線を交わす。
これは、完全についてくる気だ。
「レイン、今日はレインは連れて行けないの」
「わたし、ねえしゃまと行くよ」
レインの保護期間が過ぎても身内は現れなかった事もあり、レインは正式にルフェラン家の養子になる事になった。
レインも侯爵家の一員として一般教育が始まり、男児であるレインは剣術の授業も受けている。
本日の護衛は、レインの剣術の授業を担当しているルフェラン家の護衛騎士のロウの部隊。
どうやら、そこから情報が漏れたらしい。
「お姉様は勉強を教えに行くの。レインもお勉強あるでしょ?」
「りょう(ロウ)、ない。わたし、ねえしゃまと行くよ」
使用人達の顔を見るが気まずそうな表情をしている。
執事のクルードが沈黙を破るかのように話し始める。
「お嬢様、本日は奥様主催の婦人会のお茶会が開催されるので屋敷に手が空いている者がおりません。生徒が一人増えると思って同行させては、いかがでしょうか?」
私の外出とお母様のお茶会で、子守りに回せる人員はないという事らしい。
今日の護衛をロウの部隊を編成している時点で、レインを私について行かせる計画だったようだ。
「レイン、ちゃんとお姉様の言う事聞くのよ?」
「あい!」
レインは元気よく返事をすると、誰かを呼びに行った。
出発の時間になり、屋敷の外に出てみると、敷地の隣にある孤児院に行くとは思えない荷物と使用人の数。
そこに、一人だけ背丈の低い使用人がいた。
「ラウルモンド!」
ターニャが思わず、声を上げる。
「らうりゅ、お勉強ないから、行くよ」
レインの授業が始まるのと同時に、ルフェラン家に仕える事になるラウルモンドの一般教育が始まった。
執事のクルードは、次世代の自分の後継者を今のうちに育てておきたいという考えがあったようで、私達家族と縁のあるラウルモンドに白羽の矢が立った。
幼いラウルモンドは基礎教育ということから、レインと授業を受ける事が最近の日課になっている。
ラウルモンドは攻略対象補正だからなのか、座学はすごいスピードで身につけている。
レインは剣術に秀でているようで、来年の剣術大会の年少の部に出場させると騎士のロウは息巻いている。
二人は互いの足りない部分を補うように協力し合っているようで、周囲は温かく成長を見守っていた。
だが、ここまでニコイチで行動するようになるのは予想外だった。
ターニャがラウルモンドを説得しようとしていたが、子供が一人増えようと現状は変わらないので同行を許可した。
使用人の住居地域を抜け、森に向かう。
前世を思い出してから初めて訪れたが、森には前世で観葉植物として見かけたような木々が植えられていた。
ゲームの世界だからなのか、ソテツにパイナップルがなっていたり、バナナが逆さに実っていたり、所々、前世の記憶と違う点が見られる。
「りょう(ロウ)、あの枝、カッコいいから取って」
「レイン様、あちらの方がカッコイイ枝です!」
私から見たらどちらも変わらないが、レインとラウルモンドはこだわりの枝を手に入れ、満足そうに護衛騎士と並んで歩いていた。
子供達を連れていたとはいえ、森を抜けるまで二十分くらいで孤児院に着いた。孤児院に到着すると子供達と一緒に、雇用された四人の元孤児院出身者が出迎えてくれた。
最年長のナタリーから順番に自己紹介が始まる。
ナタリーは顔だけでなく所作も美しい女性。
ケイトは自分を偽らないと決めているのかワンピースを着ていた。
サムは損傷した片足を自身で作成したという義足を着用しており、実際に見せてもらったがトルソーのように精巧な作りをしていた。
ウエインは領主であるお父様のおかげで釈放されたという事もあり、私にまで感謝の意を表した。
一通りの挨拶を終えたので、四人に出来る事と出来ない事を答えてもらった。
ナタリーは商家に嫁いでいたこともあり、文字はもちろん文章も書けるが、計算は全く出来ない。
ウエインは商店に勤務していたこともあり、計算は得意だが、文字は何となくで覚えたせいか誤字脱字が多い。
サムとケイトは簡単な計算や自分の名前が書ける程度だという事が分かった。
私が四人の為に考えた勉強方法は、仕事として覚えてもらう方法だった。
学生時代に苦手意識があった事も、社会人となり必要に応じてやる間に身についたという前世の経験がある。
まずは、二人ずつペアに分ける事にした。
数字に強いウエインと木材加工が得意なサムのペアは、数字ブロックの作成を依頼する。1桁の足し算・引き算が出来るように数字ブロックを用意してもらう。
語学に強いナタリーと針仕事が得意なケイトにはアルファベット表の作成を依頼する。一文字につき大文字・小文字の両方を作ってもらう。
完成した頃には、今度は担当を入れ替える。
ナタリーとサムは文字ブロックを作成し、ウエインとケイトは計算表を作成するという方法だ。
初めはサムもケイトも模写をする感覚で、何を作っているかは分からないと思う。
しかし、見たことがある・知っているという経験は苦手意識を遠ざける為には役立つ。
四人に課題を与えると私はトモエのところに向かった。
孤児院の子供達は五歳ごとに年少組・年中組・年長組と別れている。
レインとラウルモンドは年少組グループと庭で遊び、年中組は私達が持参した孤児院に提供する工具箱と裁縫道具、教材代わりの絵本に興味津々なようだった。
とくに、絵本は文字は読めなくても絵を見るだけで想像を膨らませるようで、みんな夢中のようだった。
トモエやマリアのいる年長組は男女に分かれて作業をしていた。
サムやケイトが孤児院に迎え入れられた事で二人に習って、男子は家具作成、女子は縫い物をしていた。
私は作業するトモエの隣に座った。
トモエは、今年の冬に向けて子供達の防寒着を編んでいた。かぎ針が余っていたので、私も作業をしているふりをした。
孤児院に通う目的は、トモエと情報共有を行う事もあった。
私のゲームプレイヤーとしての知識は未来に起こる出来事しかない。
起因する情報は全て前世で【恋密】のシナリオライターだったトモエが持っている。
攻略対象であるレオナルド・シャーウッドの母親であるマリアも気にはなるが、やはり、一番気になっていたのはターニャの事だった。
攻略対象であるラウルモンドがドレアス家に養子に出なくてはいけない理由。なぜ、ターニャは最後一人だったのか?
ラウルモンドの父親であり、ターニャの夫はルフェラン家の料理人である。
厨房で働いているので私自身との面識は薄いが、ターニャから聞く話では仲が良い夫婦に思えた。
ラウルモンドルートでターニャが亡くなるシーンの時、ターニャの夫は何をしていたのか?
私達、家族はなぜターニャを助けなかったのか?私は矢継ぎ早に次々とトモエに疑問を投げかける。
「エリカ様、順に説明していくから…」
まず、ターニャの夫は現時点ではエディと名乗ってルフェラン家の料理人として働いている。しかし、それは仮の姿で本名は、エドモンド・ウラノス。
国内最大のギルド「ルナエクリプス」のリーダーの実弟であり、私の子供である双子の一人アンソニーの婚約者フローラの母親の叔父にあたる。
「フローラって、物語で王家が借金していた…」
「王家にお金を貸していたのは、フローラの父親であるランドン家。今の時代でもあるでしょ?ランドン商会。あそこがフローラの父親の家よ」
ランドン商会――。
取り扱っていない物はないという国内最大の商会。ルフェラン領の納税者第一位がランドン商会だ。
「私の息子アンソニーの婚約者って、王家の影『ルナエクリプス』とランドン商会の孫って事?」
子供がとんでもない有名人を嫁に連れてきた時の親って、こういう気持ちなのかも……ましては、婚約破棄するかもしれない未来に恐怖を感じる。
「待って。ということは、ラウルモンドはウラノス家の血を引いているのよね?だったら、養子に出る必要ないじゃない」
ラウルモンドの父親であるエディ改めエドモンドがウラノス家出身であるなら、ラウルモンドも現時点でウラノスを名乗ってもおかしくない。
「エドモンドがエディを名乗って、今、ルフェラン家で働いているのは、エドモンドがルフェラン家で諜報員として諜報活動しているからよ。妻や子供にも素性を隠しているに決まっているでしょ?」
「?!」
衝撃の事実に編んでいたかぎ針を落としそうになる。
「ルフェラン家だけではないわ。貴族の家の使用人は、必ずルナエクリプスの諜報員が存在するの。貴族が悪行を働いても使用人が告訴できないでしょ?その為に、諜報員が各家で潜伏しているわけ」
ルナエクリプスが王家の影と言われているのは、建国時代に影の立役者だけではなく、現代でも王家の影として情報収集しているから。
物語としては納得しても自宅にスパイがいると知った以上、正直落ち着かない。
「領主様に言ってもダメよ?…別の諜報員が派遣されるだけだから」
トモエは青ざめる私の表情を見て釘をさす。
「エドモンドが我が家の諜報員だったとして、ラウルモンドの養子になる事とターニャが一人亡くなる事にどうやって繋がるの?」
「【恋蜜】のラウルモンドルートに関連しているからよ。ラウルモンドルートで発生する疫病の罹患者の一人目、それが現在のルナエクリプスリーダーよ」
トモエの話では、未来に起こる疫病にルナエクリプスのリーダーが感染。
そこからメンバーへと広がることによって次第に拡大していく。
混乱するルナエクリプスをまとめるために、エドモンドは亡き兄の遺志を継ぎルナエクリプスのリーダーとなる。
裏世界で生きるエドモンドは、ターニャやラウルモンドとの関係を絶つ。
残された家族は当然、行方不明となったエディを探す。
ターニャはラウルモンドと共にルフェラン家を出て、失踪したエディを探す――というのが、ラウルモンドの裏設定だった。




