第10話 新素材、発見
日が落ち始め、夕刻になり、帰宅時間となった。
(それでも、足が重い)
正直、孤児院の事よりもラウルモンドの裏設定の事で頭がいっぱいだった。
我が家にエドモンドというスパイがいる。そのスパイはルナエクリプスのリーダーとなり、ターニャとラウルモンドの前から姿を消す。
それがいつなのかはトモエにも分からない。孤児院問題のように誰かに頼れたらいいけど、こんな現実味のない話はさすがに信じてもらえないだろう。
思わず、深いため息をつく。
落ち込む私に、レインが孤児院へ向かう途中でロウに取ってもらった"カッコイイ枝"を差し出した。
「ねえしゃま。これ、あげます。元気だして」
(この子は……こんな小さいのに、ちゃんと見ていたんだ)
レインとラウルモンドが夢中になっていたその枝を見て、私は思わず目を見開く。
「ねえしゃま、この木はビローンとなる。カッコイイよ」
レインは嬉しそうに枝の説明をする。枝の切り口から垂れていた樹液は半透明に乾いており、レインが指で引っ張ると、グニッと細長く伸びた。
手を離すと、乾いた樹液はぴたりと枝へ戻っていく。
これって……そういえば、この枝って……。
(待って。待って待って)
その瞬間、前世の記憶がよみがえった。
――そうだ。この枝、ゴムの木だ。
レインとラウルモンドの持っていたカッコイイという枝はゴムの木だった。
前世でもゴムの木は見たことがある。
天然ゴムの原料になる木なのは知っていたが、凝固させたり不純物を取り除いたり、樹液を加工してゴムが作られていたはずだ。
しかし、このゴムの木は樹液が乾いたらゴムになった。これは、大発見だ。
ヘアゴム・下着・ベルトや紐のいらないズボンにコルセットなしのドレス。
ゴム製品は、どれもビジネスにつながる。
ゴムの木は、本来、隣国リップル王国に生息する植物で、この国には存在しない。
しかも、ゴムの木は挿し木で増やすことも可能だ。
まさに、金の成る木だ。
「サム!こういう浅い溝を掘った型を作りたいんだけど、出来るかしら?」
地面に浅いくぼみのある板の絵を描く。
「なるほど……こんな形でしょうか?」
サムは孤児院の物置から木材を持ち出した。それは、私が思い描いていた平ゴム用の型だった。
「これは、子供達にカンナの溝彫りの練習に使った木です。お急ぎだったら、倉庫にこのような木材がありますが」
護衛の騎士達に、持てる分だけ木材を運んでもらう事にした。
帰り道、レインとラウルモンドにカッコイイ木の場所を確認する。
その木は、やはりゴムの木だった。
切り口からはまだ樹液が流れていた。太い枝を斜めになるようにロウに切ってもらい、枝元の樹皮を剥がして切れ込みを入れる。
孤児院の帰りで容器もなかったので、荷物入れに使っていた木バケツを樹液の受け皿として置いて行く事にした。
◇
翌日、木バケツの回収に行こうと外に出るとレインとラウルモンドと騎士のロウがいた。
「今日はレイン様とラウル坊は、護衛の訓練をさせようかと思いまして」
「カッコイイ木、どうなるか見たい」
「エリカ様、僕も興味があります」
子供達が実験にワクワクするのは分かるが、騎士のロウまで夢中になるとは思わなかった。
昨日より一回り大きいバケツを持っていくつもりだったが、ロウがいるなら樽を持っていく事にした。
ゴムの木に設置したバケツは、一晩で半分以上も白い樹液で満たされていた。
とろり、と支柱を伝って落ちる樹液は、蜜にも似ているのに少し粘り気が強い。
庭師から使っていない支柱をもらったので、昨日ロウが作った切れ込みに差し入れ、樽の穴に先を差し込むと樹液はゆっくり支柱に沿って流れた。
これで、しばらく樹液の回収に来なくても良いだろう。
昨日溜めておいた樹液を持ち帰り、サムからもらった平ゴム用の型に流し入れる。
木を斜めに傾けてゴムの樹液を流して型を揺らし、均等に広がるようにする。
昨日もらった型には全て樹液を流し入れたが、それでも少量余ったので濡れた布を被せて日陰に置くことにした。
あとは、樹液の乾燥を待つだけ。すぐには完成しないと知って、騎士のロウが一番落胆していた。
待っている間、私は試作品を作ってみる。
昨日、レインからもらった枝から切り離したゴムを包むように布を縫い合わせ、まつり縫いで縫い閉じる。
前世でいうシュシュが出来上がった。
「お嬢様!これは何ですか!」
声がする方を見てみると、執事のクルードがいた。
ゴムが乾いて完成してから話そうかと思っていたけど、庭の景観を壊すような木材を何本も並べていたから隠しようがなかった。
執事のクルードに、試しに作ったシュシュを見せながら、私は興奮気味にまくしたてた。
「この素材、伸びるのよ!しかも戻るんだから!色んな物に使える!」
「素材も商品のアイデアも素晴らしいと思います。ただ、ルフェラン侯爵家は商いを行ってはおりません。まずは、この素材を商標登録出願しましょう」
型に流したゴムの樹液が固まる頃には、お父様の耳にも入っていた。
ゴムを型から外すだけの作業なのに、お父様、執事のクルード、騎士のロウ、レイン、ラウルモンドと、朝よりも人が増えていた。
完成したゴムは、前世の物と比べると表面も粗く、厚みも均一ではない。それでも、指で摘まんで引っ張ると、グニッと白い帯が伸びた。
離せば、パチンと元の形へ戻る。
「おお……」
騎士のロウが子供のような声を漏らした。
その様子を黙って見ていたお父様が出来上がったゴムを手に取った。
「商標登録をした後、このゴムという新素材をどう展開していくつもりだい?」
「まずは布の端切れを仕立て屋から集めて、孤児院でこのシュシュを作ってバザーや協力してくれるお店で販売しようと考えています」
教会の売り上げは非課税となる。
ルフェラン領の税収入にはならないが、教会や孤児院の収入面が安定すれば、孤児院の運営も安定するはずだ。
お父様はしばらく黙って完成したゴムを眺めていた。それから、ふっと口元をゆるめた。
「クルードを今日からエリカ付きにする。まずは、マグノリア教会・孤児院運営をやってみなさい」
優秀な執事のサポートがあるとはいえ、この年齢で孤児院の事業を任されるのは正直、不安はある。
しかし、前世アラサーだった私からすれば、王立学園を卒業する三年後まで先延ばしにしても、結果は何も変わらない。
今、三年後からタイムリープしたつもりで頑張った方が、助けられる子供がいる。
私は、この仕事を引き受ける事にした。
(今、助けられる子供がいる。——それだけで、十分だ)




