第72話 コーヒー失敗のち、二人の友情
試飲会の準備は、すぐに動き出した。
コーヒーをそのまま出したらつまらない。
どうせなら、さまざまな楽しみ方を紹介して、コーヒーの可能性を知って欲しい。
試飲会の日取りが決まってから、私は何度もアルベール男爵領に足を運ぶことになった。
「マリーナ様、今日はキャラメルを作りたいんです。」
「キャラメル……蜂蜜を煮詰めるのですよね?」
厨房に並んで立ち、私達は早速、鍋に蜂蜜を入れて火にかけた。
「火加減、難しいですね……。」
「あ、マリーナ様、そろそろ色が変わって――」
「えっ?」
目を離した一瞬で、鍋の中から焦げた匂いが立ち上る。
「真っ黒……。」
「失敗ですわね……。」
二人で鍋の中を覗き込み、思わず吹き出してしまった。
「もう一回、やってみましょう。」
「ええ。今度は、目を離さないようにしますわ。」
そんな調子で、何度も鍋を黒くしながら、少しずつ要領を掴んでいった。
◇
「次は、冷たいお菓子を作りたいんです。」
「冷たいお菓子ですか……?」
「ミルクと蜂蜜を凍らせて、氷菓のようなものです。」
以前、ブリーズ王国で紹介したアイスクリーム。ブリーズ王国のような寒冷地でこたつの中で食べるアイスクリームも最高だが、本来はリップル王国のような南国にアイスクリームは欠かせない。
「エリカ様は、本当に色々なことをご存知ですね。」
「作り方は分かっているんですが……問題は、氷なんです。」
リップル王国は南国ゆえに、冷却の手段は限られていた。
ブリーズ王国のように雪や厚い氷が手に入る土地ではない。
「氷室から、氷を運んでもらいましょうか?」
マリーナの提案で、屋敷の氷室から氷を運んでもらったが、厨房に着く頃には、もう半分近くが溶けてしまっていた。
「こんなに早く溶けてしまうんですね……。」
「それが南国です。仕方ありませんわ。」
それでも、残った氷に塩を混ぜて、冷却用の桶を作る。
ブリーズ王国で見た時よりも、明らかに溶けるのが早い。
「塩を足して、もっと冷やしましょう。」
「分かりました!」
二人で何度も塩と氷を足しながら、ミルクと蜂蜜を入れた器を、桶の中でかき混ぜ続けた。
「全然、固まりませんわ……。」
「氷が、すぐに水になってしまうんです。」
額に汗を浮かべながら、私達は交代でかき混ぜ続けた。
「もっと氷室から持ってきましょうか?」
「いえ……このままでは、運んでいる間に、また溶けてしまいます。」
私は少し考えた。
「氷室の近くで、直接作業した方が良さそうです。」
道具を抱えて氷室へ移動し、その冷たい空間の中で、再び作業を始める。
「ここなら、溶けるのが遅いですね。」
「はい、これなら……。」
冷えた空間の中、何度もかき混ぜていると、少しずつ器の中身が固まり始めた。
「あ……!固まってきました!」
「本当ですわ!」
二人で代わる代わる、冷たい器をかき混ぜ続ける。
だんだん腕も冷えて、息も白くなっている。
「南国でアイスを作るのは、ブリーズ王国の時よりずっと大変ですね。」
「エリカ様は、ブリーズ王国でも同じように?」
「いえ、あちらは雪も多かったので、もっと簡単に……。」
「それは、羨ましいですわ。」
ようやく出来上がった氷菓を、二人で恐る恐る口にする。
「冷たい……! でも、美味しいです。」
「これは、きっと皆様も驚かれますわ。南国で、こんな冷たいものをいただけるなんて。」
達成感に、二人で顔を見合わせて笑った。
◇
ホイップクリームを作ろうとした日は、さらに大変だった。
「ミルクを、こうやって、ずっと混ぜ続けるんですよね?」
「はい。」
二人で交代しながら、何十分もかき混ぜ続けたが、気温が高いせいで思うように固まらない。
「腕が……もう、上がりません……。」
マリーナが泡立て器を持ったまま、テーブルに頭を伏せた。
そこへ、屋敷の料理人が様子を見にやってきた。
「お嬢様方、何をなさっているので……?」
事情を話すと、料理人は少し考えてから、ボウルの底に氷水を当て、ミルクの上澄みだけを取り分けて撹拌した。
「これなら、もう少し固まりやすいかもしれません。」
今度はしっかりと泡立っていく。
「やりましたわ!」
二人で手を取り合って喜んだ。
「エリカ様と一緒だと、不思議と諦める気になりません。」
マリーナが、汗を拭いながら笑った。
「私もです。私一人だったら、心が折れていたと思います。」
そう言いながら、二人で笑った。
私は胸の奥が温かくなるのを感じていた。
(フォレスト国を出て、まさかこんな風に、誰かと笑い合える日が来るなんて。)
◇
試飲会の前日、最後の確認のために、私達は厨房に並べた試作品を見渡していた。
「フレーバー、モカ、キャラメル、ウインナー、アフォガード……。」
マリーナが一つずつ数え上げる。
「随分たくさん、増えましたわね。最初は、ただ苦いだけの飲み物でしたのに。」
「マリーナ様はどれがお好みですか?」
「やっぱり、苦労したので、ウインナーコーヒー、アフォガードには思い入れがありますわ。」
私達は、焦がした鍋や、失敗した氷菓のことを思い出して、思わず笑ってしまった。
「明日、上手くいくでしょうか?」
マリーナが、少し不安そうに呟いた。
「大丈夫です。私達、たくさん失敗してきましたから!」
私はマリーナの手を取った。
「その分だけ、ちゃんと美味しいものができています。」
マリーナは少し驚いた顔をしたあと、ゆっくりと頷いた。
「……ええ、そうですわね。」
窓の外には、夕暮れに染まる南国の海が広がっていた。
「マリーナ様。」
「はい?」
「今日まで、本当にありがとうございました!」
「お礼を言うのは、私の方ですわ。エリカ様がいなければ、コーヒーのことも、私自身のことも、何も変わらなかったと思います。」
二人で見つめ合い、自然と笑みが零れた。
(マリーナと出会えて、本当に良かった。)
コーヒーの香りとともに、新しい友情も少しずつ育っていた。
あとがき
第72話をお読みいただき、ありがとうございました!
今回は試飲会に向けて、コーヒーに合うメニュー作りのお話でした。
キャラメルを焦がしたり、南国でアイスクリーム作りに苦戦したりと、エリカとマリーナも失敗の連続です。
皆さんは、どんなコーヒーが好きですか?
次回はいよいよ試飲会です。
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