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ママじゃない~攻略対象の母に転生したので、破滅エンドを潰します~  作者: めそこここ
Love begets love ~愛が愛を生む~

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第70話 懐かしい香りと赤い実の秘密

 コーヒーの情報は、すぐに入ってきた。

 リップル王国の山岳地方で気つけ薬として、

「苦い実」が存在するらしい。


 その噂を聞いてから三日後、私たちは山岳地帯へ向かう準備を整えた。


「エリカ姉様、本当に大丈夫なんですか?山道は険しいと聞きましたが……。」


 ラウルモンドが心配そうに私の荷物を覗き込む。


「大丈夫よ、ラウルモンド。お祖父様が護衛もつけてくれたし。」


「姉様が行くなら私も行くよ。」


 セザールが笑いながら、自分の荷物を詰めている。

 アデルは既に乗馬の準備を済ませ、嬉しそうに馬の鼻先を撫でている。


「久しぶりの遠出ですわ。王宮にいたら、こんな機会なかなかないもの。」


「アデル様こそ、護衛の数が一番多いんですから、心配は要らないと思いますけど……。」


 ラウルモンドが小さく呟いた言葉に、アデルはムッと頬を膨らませた。


「失礼ですわね。私だって、いざとなれば自分の身は守れますわ!」


「はいはい。」


 そんな様子を見て、私はつい笑ってしまった。

 “スリーる”が揃うと、いつもこんな調子だ。


 馬車に乗り、街を出てしばらくすると、景色は一変した。

 椰子の木が並ぶ街道から、深い緑の山道へ。

 湿った土の匂いと、鳥たちの鳴き声が辺りに響く。


「この先は馬車では進めません。ここから馬と徒歩になります。」


 護衛の一人が言った。

 道はどんどん険しくなり、空気も澄み、涼しくなっていく。


「南国なのに、こんなに涼しい場所があるのね。」


「山は別の気候だ、と聞いたことがあります。」


 ラウルモンドが額の汗を拭いながら答えた。

 数時間ほど歩いた頃、目の前に小さな村が見えてきた。

 木と土で作られた家々が、斜面に沿って並んでいる。


「あれが、山の民の村か?」


 護衛の言葉に、私は胸が高鳴った。


(ここに「苦い実」があるかもしれない。)


 村の入り口で、私たちは長老らしき老婆に迎えられた。

 深い皺の刻まれた顔に、優しい笑みを浮かべている。


「イクシード様のお孫様方ですね。よくいらっしゃいました。」


 事前に使いを出していたお陰か、向こうも私たちを待っていたようだった。


「『苦い実』について伺いたく参りました。」


 私が前に出ると、老婆は少し驚いた顔をした。


「あれは、よそ者にはあまり……いえ。お孫様方なら良いでしょう。」


 老婆に案内されたのは、村の奥にある小さな祭壇のような場所だった。

 そこには、見覚えのある赤い実をつけた木が植えられていた。


(これって……!)


 赤く熟した実は、確かに前世で見たコーヒーの赤い実に似ていた。


「これは、儀式の時に飲む実です。眠気を払い、月夜に神への祈りに集中するために使います。」


 老婆が実を一つ手に取り、説明してくれる。


「採れた実から種を取り出し、乾かして、火で炙ります。それを石で挽いて、お湯に溶かして飲むのです。」


(これ……抽出後の粉を取り出せば、まさに、コーヒーの作り方そのものだわ!)


 胸の奥から、じわじわと興奮が湧き上がってくる。


「飲ませていただけますか?」


 老婆は少し戸惑ったが、私の真剣な表情を見て、頷いてくれた。

 しばらくして、小さな器に入った黒い飲み物が出された。


 立ち上る香りに、思わず目を閉じる。

 苦くて、香ばしくて。

 前世で何度も飲んだ、あの匂い。

 ふと、知らないはずの光景が頭をよぎった。

 湯気の立つ白いカップ。朝の日差し。誰かの笑い声。


(懐かしい……。)


 そう思った瞬間、その景色は霧のように消えてしまう。


(あれ……。)


 誰がいたのだろう……

 家族だった気がする。

 けれど、顔が思い出せない。

 名前も……

 声も……

 ただ、この香りだけが胸の奥に残っていた。


 一口飲むと、舌の上に懐かしい苦味が広がった。


「……コーヒーだ。」


(この体にはミルクや砂糖がないと飲めないくらい苦く感じるけど、風味は美味しい!)


思わず呟いた言葉に、セザール達が顔を見合わせる。


「姉上、それがそのコーヒーですか?」


「ええ、間違いないわ。」


(本当にあったんだ。この世界にも……。)


 老婆が不思議そうに私を見つめる。


「お嬢様は、この実をご存知だったのですか?」


「はい……いえ、似たものを知っていました。」


 うまく説明できず、曖昧に答えるしかなかった。


「この実は、大きな可能性があります!」


 私は老婆の手を取り、まっすぐに見つめた。


「これを、もっと多くの人に知ってもらいたいんです!」


 老婆は暫く黙っていたが、やがて静かに頷いた。


「この実は儀式で使う物……リップル王国の為とはいえ、お渡しするわけには。」


 その言葉に、私は言葉を失った。

 

(私の思いつきで地域信仰を失わせるわけにはいかない……。)

 

「なんだ、その赤い実なら、アルベール領で栽培してるぞ。」


 お祖父様の言葉に思わず息を飲む。


「アルベール領?」


「ああ、家畜の餌や観葉植物用で栽培されている。」


(栽培されているなら用途を変えるだけで済む!)


 馬で来た道を戻りながら、私は懐の中にしまった赤い実を、何度も確かめた。


(これで、リップル王国に新しい産業が生まれる。)


 南国果実と並ぶ、もう一つの宝物。

 私の胸は、これからの展望でいっぱいだった。





 山岳地帯から戻った翌日、私はお祖父様に同行を頼み、アルベール男爵領へ向かうことになった。


「お祖……じいじ、本当にあそこで栽培されているんですか?」


 馬車の中で、私は何度も同じ質問を繰り返していた。


「昔、一度招かれた時に見たのは赤い実に似てた。それに、行商人が以前に家畜の餌用、あるいは観葉植物として育てられている苦い実って言ってたから間違いないだろう。」


「観葉植物……。」


(まさか、観賞用として植えられていたなんて。)


 考えてみれば当然のことだった。

 この世界では、まだ誰もその実を「飲み物」として見ていない。

 アルベール男爵領に着くと、見覚えのある市場の風景が広がっていた。


「ここ、前に来た市場ですよね?」


「ここが、アルベール領だからな。」


 領主の屋敷に向かうと、出迎えてくれたのは若い女性だった。

 その女性はお祖父様を見て慌ててカーテシで挨拶する。


「辺境伯様、いらっしゃいませ。」


 顔を上げた女性は私に視線を移した。


「そちらの方は……?」


「マリーナ嬢、紹介する。私の孫娘のエリカだ。」


 “マリーナ”という女性は、明らかにほっとした表情を浮かべる。


「ルーアナ様の……。」


「エリカ・ルフェランと申します。」


 マリーナは目を丸くした。


「失礼いたしました。ルアーナ様のお嬢様だったのですね。」


「母をご存知なのですか?」


「はい。アレクシス殿下からも、お話を伺ったことがあります。」


 マリーナ嬢は優雅に一礼した。


「マリーナ・アルベールと申します。お会いできて光栄です。」


 隙のない所作だった。

 思わず見入っていると、お祖父様が小さく笑う。


「マリーナ嬢は、リップル王国で唯一の王太子妃候補だ。」


「たった一人?」


 思わず聞き返してしまった。

 フォレスト国では王太子妃教育を受ける令嬢が何人もいた。

 だからこそ、その言葉が信じられなかった。


「ああ。」


 お祖父様は当然のように頷く。


「アレクシス殿下が、マリーナ嬢以外は認めないと公言しておる。」


「えっ……。」


 私は思わず目を瞬かせた。

 隣を見ると、マリーナ嬢は困ったように微笑んでいた。


 あとがき


 本日、『ママじゃない』第62話・第63話から生まれたサイドストーリー『男装スパイは護衛対象に恋をする ~貴族らしからぬ二人は恋をまだ知らない~』を公開しました。


 短編は様々なテイストで書くようにしているのですが、今回はスパイものです!

 本編とはひと味違う雰囲気になっていますので、ぜひスピンオフ作品としてお楽しみください。


 さて、次回はいよいよマリーナ・アルベールとのお話です。


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