第68話 物語は変えられない
数日後――。
私は、再びハーデン公爵家の宰相執務室に招かれていた。
前回の面談の続きだろうか。
そう思いながら案内された先は、応接室ではなく隣室の書斎だった。
「申し訳ありません。少々準備がありますので、こちらでお待ちください。」
そう言われ、私は首を傾げる。
言われるまま部屋に入ると、なぜかお父様もいた。
「どうして、エリカがここにいる?」
「お父様こそ。お父様も呼ばれた理由は聞いてないの?」
「ああ。」
これは、珍しいことだった。
ハーデン公爵は用件を明かさない人物ではない。
「少し嫌な予感がするな。」
お父様が珍しく眉をひそめた。
その時だった。
「ハーデン公、今日は何の用ですか?」
隣の部屋から聞こえてきた声に、私は息を呑んだ。私は声の方を見る。
最初は偶然だと思っていた――。
間違いなく、アイゼン王太子の声だった。
◇
「殿下に確認したいことがございます。」
ハーデン公爵の落ち着いた声が聞こえる。
「この後、会議があるので手短に頼む。」
「それでは、単刀直入に聞きましょう。なぜエリカ・ルフェラン侯爵令嬢なのですか?」
自分の名前が聞こえ、私は息を呑んだ。
隣に座っていたお父様の手がわずかに動いた。
「今さら何を言っている?」
「我が娘でも良かったのではありませんか?マーガレットは、幼少より王妃教育を受けております。我が娘の方が国母に相応しいはずです。」
「関係ない。」
アイゼン王太子の言葉に少しだけ嬉しくなる。
しかし――ハーデン公爵は止まらない。
「では、何故エリカ・ルフェランなんですか?」
「……何度も言わせるな。」
「恋愛に溺れた国王など、臣下も民も誰もついて来ません。」
「……。」
「家臣達は納得するのですか?」
「納得させるさ。」
「感情論で?」
「違う。」
「では、私を含む家臣達に殿下のお考えをお聞かせ願えますか?」
沈黙が流れる。
そして――アイゼン王太子の声が少し低くなった。
「ルフェラン侯爵家は中立派だ。」
『ルフェラン家は貴族派閥の中立派』
以前にトモエが言っていた【恋蜜】のエリカとアイゼンの設定が頭を過る。
『侯爵家というちょうど良い家柄』
「家柄も申し分ない。」
心臓が痛い。
『リップル王国王妃の親戚』
「母親はリップル王国王妃の姪だ、外交上の価値も高い。」
嫌な汗が流れる。
聞きたくないのに耳を塞げない。
「そして――。」
アイゼン王太子は続けた。
『素直で扱いやすそうだったから』
「貴族らしからぬ素直さがある。」
その言葉に身体が固まった。
世界が止まった気がした。
「違う、そうじゃない」とそう言って否定して欲しかった。
だけど、並べられる理由は私が知っているものばかりだった。
中立派の侯爵家の娘、エリカ。
外交上の価値がある、エリカ。
扱いやすい駒である、エリカ。
それは、以前トモエから聞いた【恋蜜】の設定そのもの。
それは、私じゃない。ゲームの中のエリカ。
私は違う理由でアイゼン王太子に選ばれていると思いたかった。二人は違う未来を歩いていると信じたかった。
なのに――。アイゼン王太子が挙げた理由は、【恋蜜】のアイゼン王太子がエリカを選んだ理由、そのままだった。
◇
カチリ。
ハーデン公爵は、懐中時計を閉じる。
「殿下。今のお言葉、本気ですか?」
ハーデン公爵の声。
「当然だ。」
その瞬間――、隣の部屋の扉が開いた。
◇
「なっ……。」
アイゼン王太子が立ち上がる。
そこにいたのは私とお父様だった。
「エリカ……それに、侯爵まで?」
アイゼン王太子の顔から血の気が引く。
私は何も言えなかった。
何を言えばいいのか分からなかった。
今聞いた言葉は、全部知っていた。
全部――【恋蜜】と同じだったから。
◇
私はゆっくりとスカートの裾を持ち上げた。
王太子妃教育で何度も練習した。
完璧なカーテシー。
不思議と怒りはなかった。
悲しみも、悔しさも、全部どこか遠く感じて、ただ胸の奥だけが痛かった。
まるで最初から決まっていた結末に嘲笑われたようだった。
「今までありがとうございました。」
震える声が出ないように。
必死に押さえる。
「エリカ、違う!」
アイゼン王太子が立ち上がる。
だけど私は顔を上げる。
涙が止まらなかった。
「お幸せになってくださいませ、殿下。」
束の間の王太子妃として、最後まで美しく……。
そう思ったのに、涙だけは隠せなかった。
◇
私は踵を返す。
「待て!」
背後からアイゼン王太子の声が聞こえる。
「失礼いたします!」
後を追おうとするアイゼン王太子の前に、お父様が立ちはだかった。
「ルフェラン侯爵!」
「申し訳ありません、殿下。私は、娘を優先させて頂きます。」
その声は静かだった。
そして、私は振り返らなかった。
◇
あの日、ハーデン公爵は最初から私達に聞かせるつもりだった。
国のために。娘マーガレットのために。
そして――愛よりも正しいものがあると、ハーデン公爵は信じていた。
あとがき
拙者、すれ違い大好き侍。
故に、これが書きたくて、この作品を書いたと言っても過言ではありません。
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