第66話 月暈の中で……
翌朝――。
「朝食前に皆様にお伝えしたいことがあります。」
ラウルモンドの表情は決意した顔をしていた。
「自分なりに考えました。自分の言い訳に似た言い分をルフェラン家の皆様は聞いてくださり……それでも、受け入れて下さる。」
ラウルモンドは自分を奮い立たせるように小さく拳を握る。
「私は私が幸せになるため、この恩恵を享受させていただきます!それが、私の答えです。」
ラウルモンドの言葉を聞き終わるとお父様が執事のクロードに合図する。いつでもラウルモンドを受け入れられるように、常に用意されていた養子縁組の書面が朝食の置かれたテーブルに広げられる。
「ラウルモンド、書きながら聞きなさい。今日から私達は家族だ。それを覚えておきなさい。そして、お前の両親はいつまでもお前を愛してくれる親だ。それを忘れないように。」
ラウルモンドはペンを止めて、顔を上げる。
「はい!父上。」
ラウルモンドは自分の母となったルアーナを見る。
「よろしくお願いします!母上。」
お母様は微笑みながら頷く。
そして最後にラウルモンドは私を見た。
少し照れ臭そうに、そして嬉しそうに……。
「あなたの弟になれるなんて幸せです……姉上。」
「ええ、よろしくね。ラウルモンド。」
そう答えながら私は思った。
書類上では、家族が一人増えたということ。
ただ、それだけのことなのに。
なぜだろう……私達、ルフェラン家の絆が強くなった気がした。
そして何より――ラウルモンドが、自分の幸せとして、私達家族を選んでくれたことが嬉しかった。
◇
その日、王立学園でアイゼン王太子にこの事を報告した。
「早急に受理するよう言っておこう。」
そう言って私を見る。
「良かったね、エリカ。」
優しく微笑むアイゼン王太子に、私は素直に微笑み返した。
その時だった。
「殿下、エリカ様。ご婚約おめでとうございます!」
そこにいたのは、ガブリエル・ランドンだった。
ガブリエルの腕には、指輪やウエディングドレスのカタログが見えた。
「我が国太陽アイゼン殿下と親友のエリカ嬢の婚約……このガブリエルいてもたってもいられず、ご用意させていただきました。」
そう言いながらカタログを広げ始めるガブリエル。
(私達、ビジネスパートナーって言ってなかった?いつから親友になったの?……まあ、テオドアやマーガレットも親友扱いだし、今更か。)
「ガブリエル。まだ婚約式も終えてないのに、気が早いわ。」
私は目の前のカタログを片付けようとする。
「何言ってるんです!?最高な二人には最高級品がよく似合う。オーダーメイドは時間がかかるんですよ?」
ふと隣を見ると、真剣な表情でカタログを見ているアイゼン王太子。
(ちょっと、花嫁雑誌を熟読する女性みたいになっているんだけど……)
「この対になってるデザインいいな。」
「さすが殿下お目が高い!こちらはブリーズ王国伝統刺繍……」
「縁起が悪いから止めておこう。」
「「えっ?」」
「まだ説明してませんよ!?」
そんなガブリエルを押し退けてパメラが来た。
「エリカ様付きはいつからですか?正式辞令は?」
パメラはウキウキしていた。
「あー、その事なんだが……」
その時、スラッと背の高い女子生徒が近づいてきた。
「殿下、遅くなりました。」
女性はそう言うとアイゼン王太子に敬礼した。
「二年生のアンリ・アサハルトだ。」
アイゼン王太子がアンリ先輩を紹介した。
「アサハルトって二大名門騎士家系のアサハルト家の……。」
ガブリエルが珍しく驚いていた。
「そうだ、アンリはアサハルト家の後継者で腕もいい。しかも、女性だ。エリカの護衛を任せようと思ってな。」
(通常、王太子の近衛兵の役目なのに……まさか、まだテオドア兄の事を根に持ってる?!)
パメラの表情が険しくなった。
「エリカ様には私めがついております。」
そう言った表情は父親のリアンに通じるものがあった。
「承知しています。私は殿下の命令で動くだけですので。」
アンリ先輩は平然と答えた。
「……。」
「他に、ご質問は?」
「別に。」
パメラはそう言い残して去って行った。
その後ろ姿をガブリエルは見ていた。
「それでは、こちらのパンフレットは差し上げますので、ご検討下さい。」
ガブリエルは大量にカタログだけ置いて行った。
「ランドンの奴、実は良い奴だったみたいだな。」
カタログをほくほくした表情でまた読み始める。
(いいえ、あなたと同じ腹黒属性です。)
◇
「ウラ……いや、プリュネルさん、待ってください!」
ガブリエルはパメラの後を追っていた。
「怒っているんですか?」
「別に。」
「怒っているようですね。」
「別に、怒ってない!」
ガブリエルはパメラの変化に気付いていた。
いつもなら冷静な彼女が明らかにおかしい。
「エリカ様付きがアサハルト先輩になるのが嫌なんですか?」
その名前に眉がピクリと動く。
「当然です!私は護衛ですから。」
ガブリエルは少し考える。
「接近戦ではあなたの方が有利でしょう。しかし、複数人相手では分が悪い。婚約者となったエリカ様の状況考えて、殿下も警備を強化したのでしょう。」
パメラは俯く。
「分かっている……別にエリカ様を危険に晒したい訳じゃない。」
「少し羨ましいですね、エリカ様が。」
「え?」
「プリュネルさんには、そんなに思われているんですから。」
「……何を言っているんですか。」
「おや、違いましたか?」
「私は護衛です。」
「本当にそれだけですか?」
「なら、なぜそんな顔をしているんです?」
「……。」
「プリュネルさん?」
「分からないよ……こんな気持ち初めてだから。」
パメラが顔を上げる。
「何でだろう。君には喋り過ぎちゃうみたいだ。」
「それは光栄ですね。」
ガブリエルは少し笑った後、表情を崩す。
「実は私にも秘密があるんです。」
「秘密?商会の機密なら聞きません。」
「そういう話ではありませんよ。」
ガブリエルが空を見上げる。
「子供の頃――私はああいう人の形をした雲が友達でした。飽きるまで雲とかけっこをする。」
「は?」
ガブリエルは続ける。
「私の知り合いは私ではなくランドン商会が目的です。ビジネス相手は友達じゃない。」
「エリカさんは初めてでした。私をガブリエルとして見てくれたのは。」
パメラはガブリエルの顔を見る。少し寂しげな表情は鏡に写った自分のようだった。
「だから、少しだけ分かる気がするんです。」
ガブリエルは笑った。いつもの高笑いではなく自然の笑みで。
「友達とは厄介な感情ですね。雲には思わなかった繋がりを感じてしまう。」
「友達……だからか。憧れていたけど、こんなに厄介な気持ちになるんだね。」
ガブリエルが笑った。
「でも、友達の幸せは嬉しいものです。こんな気持ちは初めてですよ。」
パメラは空を見上げる。
厄介な感情でも愛おしい友情。
そして、今度はガブリエルの方を見る。
「じゃあ、こういう時に君がいてくれるのが嬉しいのも、そうなのかな?」
ガブリエルは驚き、瞬く。
「えっと……それは、私もですよ。」
しばらく二人は何も言わなかった。
ただ、空を流れる雲を眺めていた。
友達――その言葉は思っていたよりずっと厄介だった。
側にいれば安心する。喜んでいれば嬉しい。悩んでいれば気になってしまう。
任務も義務もないけれど、確かにそこにある繋がり……。
「友達って、不思議だね。」
「ええ。」
ガブリエルは微笑んだ。
「だから皆、手放したくないのでしょう。」
パメラはその言葉を胸の中で繰り返した。
友達――憧れていたはずなのに、思っていたよりずっと厄介だけど、不思議と嫌ではなかった。
空では雲がゆっくりと流れていた。
まるで、新しい繋がりを祝福するように。
あとがき
第二部は「愛」を意識して書いてます。自己愛からの家族愛。そして、友情愛という流れで書いてみました。
第二部も終盤へ向かい、次回からは再び物語が動き出します。
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