閑話 夜更けのプリンの味
ラウルモンド視点の話になります。
家族会議の夜、ラウルモンドは眠れなかった。部屋を抜け出し、ルフェラン侯爵家の敷地内に建てられた研究施設に行く。日中はエリカ様やセザール様、最近はイクシード辺境伯まで押しかけ賑やかな場所だが今は時計の針の音が響いている。
ラウルモンドは自分が手掛けた作品の設計図を広げる。『特許』と判が押され、設計図の端には自分の名前が記されていた。
『ラウルモンド』
エリカ様は当たり前のように言った。
『発明した人の名前を残すのは当然よ。』
けれど、ラウルモンドは知っていた。これは当たり前ではないことを。
今回、セザール様と共に誘拐された目的が自分だと聞かされた時、初めて自分の価値を考えた。
エリカ様は、お人好しなくらいの善人だ。だからこそ、この環境を与えてくれた。だが、普通の人は自分をどう見るのだろうか?
昔、絵本で読んだ金の卵の話を思い出す。
羽色も目立たないただの鳥が愛されたのは金の卵を産む鳥だったから……
自分が作った物。
それが誰かの役に立つ。
それだけで十分幸せだった。
しかし、他人から見れば金の卵を産む鳥だ。
今の暮らしに満足している。大好きな両親と尊敬する雇用主、笑いが絶えない職場。平民の自分が執事見習いとして、勉強できる環境もこの特許品に自分の名前が残せることも全てが嬉しい。
しかし、鳥は守られないと生きてはいけない。その事をラウルモンドは分かっていた。
だからこそ、これ以上を与えられることに不安を感じていた。自分が何をお返しすればいいのか、ルフェラン侯爵家の人々がこの決断を後悔しないか……
その時、扉がノックされた。
「子供の夜更かしはダメよ。」
エリカ様だった――。
エリカ様は自分が羽織っていたストールをかけてくれた。
「眠れない?」
その言葉に黙って、頷いた。
「いきなり色々な事があったからね。ラウルモンドでもさすがに処理できなかったのね。」
そう言うと髪を撫でてくれた。
ほんの一瞬、エリカ様を姉と呼ぶ自分を想像してしまう。
「エリカ様、怖いんです。」
エリカ様は優しい瞳で聞いている。
「自分は、そこまで価値のある人間じゃありません。ここで受け入れてしまったら……。」
言葉に詰まると、エリカ様は微笑んだ。
「ラウルモンドは賢いから、そんなことまで考えてしまうのね。そうね……。もし養子になるなら、一つだけ条件を付けてもいいかしら?」
「条件ですか?」
「幸せになること。」
「私はラウルモンドに養子になって欲しい理由は、あなたを守りたいから。でも、その根底はあなたの幸せよ。」
「……。」
「もちろん、無理強いする気はないわ。選ぶのはあなただから。」
エリカ様の言葉に胸が熱くなった。
この人の弟になれたら――そんなことを、初めて願った。
家に戻ると、ダイニングに父さんがいた。
「おかえり。」
こんな時間に抜け出したから、ばつが悪い。
「……。」
「嫌なら断ってもいい。旦那様も奥様も咎めはしないさ。」
父さんはそういうと冷蔵庫からプリンを出した。大好物のプリン……寝る前は食べちゃダメだって、言ってたのに。
二人で黙って、プリンを食べる。
「父さんもなー、一生の選択を迫られたことがあるんだ。」
「……父さんは、どうしたの?」
「賭けに出ることにした。自分の直感を信じて、ある人に委ねたんだ。」
「どうなった?」
「幸せだよ。しっかり者の奥さんと賢い息子がいて、道は違っても縁は続いている。」
「だからな……。」
父さんは空になったプリンの容器を見ながら笑った。
「お前も幸せになれ。」
「……。」
「親ってのは、それだけで十分なんだ。」
その言葉を聞きながら、ラウルモンドは小さく頷いた。
◇
翌朝――。
寝る前に食べてはいけないプリンの空き瓶が発見され、父さんと二人で母さんに怒られた。
その事がなぜだか、嬉しかった。
養子になっても、ならなくても。
二人の子供であることは、何も変わらないのだと分かったから。
あとがき
第17話から第19話、そして閑話まで続いたエディ(ルナエクリプス)の物語。その時に描ききれなかったエディの本音を、ようやくここで書くことができました。
夜更けの親子の晩酌ならぬ、親子の間食シーンでした。
いつも読んでくださり、ありがとうございます。
第二部完結まで、あと4話となりました。
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