第65話 身勝手な悪の種
ドレアス元教授は懲戒免職、生徒三名は自宅謹慎処分となった。また、ドレアス元教授はセザール第二王子誘拐事件の首謀犯として逮捕されることになった。
陳述書の中で、ドレアス元教授は一貫して『私はラウルモンド少年をエリカ・ルフェランによる才能の搾取から救おうとしただけ。』と主張していた。
しかし、その主張を信じる者はいなかった。
私とアイゼン王太子の婚約が公に発表されると同時に、ルフェラン侯爵家がラウルモンドを嫡男として迎えることも発表された。
姉弟が領地のために力を合わせていたことを搾取とは言えず、また発明による利益が私個人ではなく、孤児院や医療、領地発展のために使われていたため、疑いは晴れた。
そして何より――ドレアス元教授による怨恨説が動機として考えられた。
かつて王国表彰式で私の特許を横取りしようとして失敗した前歴があり、彼の過去の行いが、その陳述の信用を失わせていた。
結果として、ドレアス元教授の主張は保身のための言い訳として処理されることになった。
◇
ドレアス元教授から最後に私と会いたいと言われ、拘置所の面会室を訪れる。
鉄格子越しに向かい合う。
ドレアス元教授は、以前と変わらぬ表情だった。
「教授の話を聞きに来ました。」
ドレアス元教授は鼻で笑った。
「聞くまでもないだろう。」
「いいえ。聞かせてください。」
私は真っ直ぐ見返す。
やがてドレアス元教授は口を開いた。
「……私は間違っていない!ラウルモンドは優秀な人材だ。私は騙せないぞ、エリカ・ルフェラン。」
「……。」
「医療も福祉も発明も領地改革も全てラウルモンドの才能のおかげなんだろう?」
教授は続ける。
「……。」
私は黙って聞いていた。
「私は、お前からあの少年を救おうとした。」
「……。」
「平民であるが故に才能を利用され続ける人生からな。」
教授の言葉は止まらない。
「私は研究者だ。才能がどれほど貴重か知っている。」
「……。」
「エリカ・ルフェラン、お前には分からん。」
私は最後まで遮らなかった。
ドレアス元教授が話し終えるのを待った。
そして静かに口を開く。
「教授。」
「何だ?」
「あなたの言い分の主語は全部、自分なんですよ。」
教授の眉が僅かに動いた。
「自分は正しい。」
「自分は知っている。」
「自分は救おうとした。」
私は一つずつ並べる。
「でも、ラウルモンドはどう思っているんですか?」
ドレアス元教授は黙った。
「ラウルモンドがあなたに助けてほしいと頼みましたか?」
「……。」
「親元を離れて、見ず知らずのあなたと暮らしたいと言いましたか?」
「……。」
「あなたは、ラウルモンドと向き合った上で、自分を肯定しているんですか?」
面会室が静まり返る。
私は続けた。
「好きな食べ物は?」
「……。」
「休日に何をして過ごすか知っていますか?」
「……。」
「あの子の両親がどれだけあの子を愛しているか知っていますか?」
返事はなかった。
「教授は自分に都合の良いラウルモンドを見ていただけです。」
私は静かに言う。
「あなたが見ていたのは、ラウルモンドじゃない……あの子の才能だけ。」
ドレアス元教授の顔が歪んだ。
「違う!」
初めて感情を露わにした。
「私は理解している!天才の生きづらさも知っている!私ならあの子を活かせる環境が用意できる!」
私は首を振る。
「いいえ。理解していたなら、誘拐なんてしませんよ。」
ドレアス元教授が言葉を失う。
「教授。」
私は最後の問いを投げた。
「才能のある子供なんて他にもいますよ。」
「……。」
「それなのに、なぜラウルモンドだったんですか?」
その沈黙は答えだった。
「私の側にいたラウルモンドだったからでしょう?」
ドレアス元教授は拳を握り締めた。
「人を助けたいなら方法は、いくらでもあります。教授ほど賢い人なら、なおさらです。」
私は立ち上がる。
そして面会室の扉へ向かう。
足を止め、背中越しに言った。
「結局――、あなたは最後まで自分だったんですよ。」
返事はなかった。
私はそのまま面会室を後にした。
もう振り返ることはなかった。
◇
生徒三名は自宅謹慎処分となった。
その反応は三者三様だった。
自分達の過ちを認める者。
酷く混乱する者。
そして――。
「俺は悪くない!」
少年は机を叩いた。
「悪いのはあの本だ!」
床に投げ捨てられたのは『月と大地』だった。
「だって、ドレアス教授に人助けだって言われたからやったんだ!」
「でも、スパイになりたいと思わせたのはあの本だろ!」
「なのに、なんで俺の経歴に傷が付くんだよ!」
怒鳴る少年に父親は静かに言った。
「黙れ。お前の愚かな行為が姉の縁談を破談にしたのだ。」
少年が固まる。
「例え、教師に唆されたとして、お前がやった事実は変わりない。」
「違う!助けようとしたんだ!どうせ、言っても父上には理解できない!」
「では、聞こう。」
父親は冷たく言った。
「本人が助けを呼んだのか?」
「それは……。」
「不法侵入した上で、セザール第二王子を誘拐していい理由になるのか?」
返事はない。
「本がお前に話しかけて命令したとでも言うのか?」
「……。」
父親は少年を見据える。
「決めたのは、お前だ。この恥知らずが……。」
少年は拳を握り締めた。
だが、その言葉を受け入れることは出来なかった。
「違う……。」
小さく呟く。
「俺は悪くない!」
それは父親へ向けた言葉ではない。
自分自身に言い聞かせるような言葉だった。
「お前の判断が家族を不幸にした。それは、お前がどう言おうと変わらない。」
「違う、悪いのは……。」
少年の脳裏に様々な人物が浮かぶ。
本の作者ヒロオカトモエ。唆したドレアス教授。才能を持ったラウルモンド。そこに居合わせたリップル王国第三王子セザール・イクシード。
そして、全部に繋がっているエリカ・ルフェラン。
「俺は悪くない……俺は悪くないんだ。どうして俺ばかり責められなくちゃいけない……分からない……。」
『俺は、絶対悪くない――そうだ。
悪いのは、いつだって俺以外の誰かだ。』
その言葉だけが、いつまでも部屋に残っていた。
あとがき
今回のテーマは「自分は悪くない」の狂気版でした。人は失敗すると、自分以外の誰かや何かのせいにしたくなるものです。
「でも」「だって」「どうせ」……撒かれた悪の種は、これからどう育つのでしょうか?
いつも読んでくださり、ありがとうございます。
第二部完結まで、あと5話となりました。
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