閑話 黄昏の頃
この話はパメラ・ウラノス視点です。
「『パートナーですから!』だと……。」
執務室に低い声が響いた。
報告書を読んでいたアイゼン王太子の眉間には深い皺が刻まれている。
アイゼン王太子は報告書を机へ置いた。
「よし、ランドン商会を火山口の真上へ移動させよう!」
「なりません。」
「では火山口の斜面はどうだ?」
「なりません。」
「火山……」
「なりません。」
即答する側近達。
「なぜだ?」
「我が国の歴史をご存知でしょう。」
「幼少期から耳にタコが出来るくらい聞かされている。」
「なら、ランドン家を貴族に昇格させた経緯もご存知でしょう。」
「ああ、知っている。」
「ですから、なりません。」
アイゼンは腕を組む。
「国の借入金がなければ、あいつをマグマに突き落としてやれたのに……。」
「物騒な発言はお控えください!」
アイゼン王太子は不満そうだった。
「エリカと私ですら、まだ婚約もしていない。」
「はい。」
「なのに、なぜ奴はパートナーなのだ?」
「商売上の話では?」
「関係ない。」
即答だった。
側近達は心の中でため息を吐く。
王家の影達は指でサインを送り合っている。
(いつものが、始まった。)
最近は、主治医さえ放置している王太子の定期発作である。
エリカ関連になると知性が消える病気。
「そうだ!」
アイゼン王太子が顔を上げた。
「影。」
「――はい。」
「エリカとガブリエルの間に入れ。」
「仰る意味が分かりません。」
「奴がパートナーなら、お前もパートナーになればいい。」
「完全に意味が分かりません。」
影は本気で困惑した。
しかし、アイゼンは気にしない。
「エリカの周囲の情報を集めろ。」
「現在も収集しています。」
「もっとだ。」
「十分です。」
「足りん。」
今度は影達がため息を吐く。
アイゼンは少し考えた。
そして、一人の影に静かに囁く。
「エリカが王太子妃になった暁には――。」
影の眉がぴくりと動く。
「お前をエリカの側仕えに任命しよう。」
王家の影の一人、パメラの目の色が変わった。
「具体的な指示をお願いいたします。」
アイゼンは満足そうに頷いた。
パメラは真顔だった。
(エリカ様の側仕え……。)
それだけで、やる気が出ていた。
◇
数日後――。
パメラは学園の中庭でエリカとガブリエルを発見した。
(監視対象、発見!)
アイゼン王太子の命令は単純明快。
『ガブリエルがエリカと話す時は間に入れ』
正直、意味は分からない。
しかし、命令は命令だ。
(これもエリカ様の側仕えになる試練。)
パメラは迷わず二人の間へ滑り込んだ。
「おはようございます、エリカ様。」
「あら、パメ……パム。どうしたの?」
エリカは不思議そうに首を傾げる。
「将来のためです。」
「何の?」
「まだ言えません。」
「そう。……よく分からないけど。」
エリカは深く追及しなかった。
慣れているのである。
そしてガブリエルもまた、突然現れたパメラを見て微笑んだ。
「おはようございます、プリュネルさん。」
「……。」
パメラは無言で一礼する。
ガブリエル・ランドンは監視対象。
それ以上でもそれ以下でもない。
「1-A、エリカ・ルフェラン。至急学園長室へ来てください。」
職員に言われ、エリカがその場を後にした。
「王家の使いっていうのも大変ですね。」
不意にガブリエルが言った。
パメラの眉がぴくりと動く。
「……何のことでしょうか?」
ガブリエルは苦笑する。
「建国を支えたのは、ランドン家も同じですよ?」
パメラは黙っていた。
相手の真意を探る。
だが、ガブリエルの表情に裏は見えない。
「なのに、なぜ殿下は敵視するのでしょう?」
「……。」
「どう思います?ウラノスさん。」
パメラは驚いた。
ガブリエル・ランドンは初めから分かっていた。わざと、知らないふりをしていたんだ。
「脅すのですか?」
思わず口を開く。
「なぜです?私もあなたも似たような立場じゃないですか。」
「いや、ウラノスとランドンは違う。」
「どちらも王家を揺るがすカードなのに、行使しない。似てると思ったんですけど、違いましたか?」
ガブリエルは達観した表情で続ける。
「『太陽だけでは昼しか照らせない。月だけでは夜しか照らせない。だからこそ二つの光は必要』でしたっけ?」
いつかの課題でパメラが書いた一節を覚えていた。
パメラは目を瞬く。
「ならば――ランドンは大地……。」
パメラもガブリエルの解答を覚えていた。
今度はガブリエルが目を見開く。
「覚えていたのですか?」
「あなたこそ。」
「光栄ですね。」
「別に……。」
太陽と月は決して交わらない。
それでも同じ空を巡る。
この日、月は大地を知り、大地は月を知った。
それは友情でも信頼でもない。
けれど確かに、二人の視線はほんの少しだけ近づいていた。
あとがき
パメラとガブリエルのお話でした。
月と大地が出会わなければ、その先の物語であるアンソニールートも存在しない。
そう考えると、この出会いは案外大きな分岐点だったのかもしれません。
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