第60話 王立学園に忍び寄る集団セシル&ネージュ
トモエの書いた『雪の花 桜のかほり』は大ヒットだった。
フォレスト国では増刷。ブリーズ王国では上演が決定。さらには――。
「聖地巡礼?」
私は朝食を食べながら新聞を見る。
「はい。」
執事クルードが頷く。
「セシル卿と夫人が出会った場所や、留学時代を過ごした学園を巡る旅行が人気だそうです。」
(観光資源になってる……。)
その人気は国内に留まらないようで、どうやらブリーズ王国でも大人気らしい。
「うどんの売上も伸びているとか。」
「なぜ?」
「ブリーズ王国の名産品だからでは?セシル卿が毎日食べていると誰かが言ったとか言わないとか……。」
(実際のセシル様はうどん研究家に近いんだけど……。)
「そんな理由で?」
「そんな理由です。」
(実写セシル様なんて見たら、どうなることやら……。)
◇
季節は流れ、春は終わっていた。
桜の花びらはすでに散り、新緑の葉桜が学園を彩っている。
しかし――。集団セシル&ネージュには関係ない。
「ねぇ。」
「なんだい?」
「卒業しても一緒よね?」
「もちろんだ。」
葉桜の下。
男女が見つめ合う。
(嫌な予感がする。やめてよ、やめてよ……。)
私は足を速めた。
「君を愛している。」
「私も。」
チュッ。
(遅かったーっ!!)
校内でキスした。
堂々とした。
しかも周囲の生徒達は。
「いいなぁ。私も婚約者欲しい。」
「葉桜も桜には変わらないよね。」
などと語り合っている。
(なんで?!あなた達、貴族でしょ!?)
◇
その日の昼休み。
「ルフェラン侯爵令嬢。」
職員が現れた。
「学園長がお呼びです。」
嫌な予感しかしない。
◇
黒を基調とされた学園長室。
ノックをして入る。
「失礼します。」
「来ましたね。1-Aエリカ・ルフェラン。」
学園長は机の前で腕組みをして立っていた。
学園長を見るのは入学式以来だったが、近くで見る学園長は思ってた以上に若かった。お父様と同世代くらいで、ドレアス教授と並んだらドレアス教授を学園長と思うだろう。
顔色が悪い。
目の下に隈がある。
「大丈夫ですか?」
「これが、大丈夫に見えますか?」
「見えませんね。」
学園長はゆっくり顔を上げる。
「生徒の親御さん方から苦情が届いているんですよ。」
「……。」
「王立学園は恋愛劇場なのですか、と。」
「……。」
「我が子が毎日葉桜の下をうろついているのですが、と。」
「……。」
「校内で抱擁する生徒を見かけました、と。」
「……。」
「接吻も増えましたね。接吻ですよ、接吻!」
「それは大変ですね。」
前世で保育士をしていた。
保護者対応の大変さは知っている。
「本当に大変ですね。」
「分かってくれますか?先生達なんか、我々は教鞭を取る身、生徒の交際は管轄外とか言うんですよ?私、こんなに頑張っているのに……酷くないですか?」
学園長の目が少し潤む。
「保護者対応は胃が痛くなりますよね。」
「そーーーなんですよ!!」
「理不尽なことも言われますし。」
「分かりますか?」
「頑張ってください。」
「ありがとうございます。」
私は立ち上がった。
「では失礼します。」
「待ちなさーい!」
学園長が机から身を乗り出した。
「どこへ行くのです?」
「教室へ帰ろうかと……。」
「あなたが原因でしょう!!」
学園長の叫びが室内に響いた。
「私!?」
「君以外に誰がいる!」
学園長は机を叩く。
「『雪の花 桜のかほり』が流行してからですよ、我が校にこんな苦情が出始めたのは……!」
「私が関係しているのは隣国の客人のエスコートだけです。」
「だったら、脚本家を呼びなさい!!」
「ひどい責任転嫁ですよ!」
「責任転嫁ではありません!」
学園長は両手で頭を抱える。
「葉桜の下で接吻する生徒なんて、去年はいませんでしたよ!」
「まあ、見えない所ではしていたでしょうね。」
「エリカ・ルフェラン!!」
◇
後日、トモエにその話をする。
「いやー売れたよねー。劇中作品っていう広告効果もあったけど、ここまでとは思わなかった。」
「学園長が泣いてたよ。」
「へぇ。」
「へぇって……。」
「そんなの、すぐ収まるから。永遠に続くブームなんてないのよ。」
「ブーム終わる前に学園長が終わっちゃいそうだったよ?」
「そっかー。」
「うん、そう……じゃないわ!学園長が気の毒よ。」
「プラスに考えれば、王立学園の知名度も上がるじゃない?」
「トモエは教育現場の恐ろしさを知らないのよ。横から横に広がるママ友ネット。学園長は今、双方から叩かれている状態よ?」
トモエはしばらく考える。
「効果があるかは分からないけど、“焦れ愛”書いてみようか?」
「“焦れ愛”?」
トモエは人差し指を立てる。
「一、両想いなのに付き合わない。」
「二、好きなのに告白しない。」
「三、周囲だけが気付いてる。」
「結果、接吻は減る!」
私は想像してみた。
「代わりに生徒が葉桜の下で見つめ合うようになるだけじゃない。」
「いいじゃない、それも青春。」
「教育現場を何だと思ってるのよ。」
トモエはケラケラ笑った。
(この人、絶対反省してないわ。)
◇
「いやー、僕は実にラッキーだ!ヒロオカトモエ先生のような方とお知り合いになれて……。」
半目でガブリエルを見るトモエ。
(うんうん、胡散臭いよね。)
「これを出版する場合、貴族の女性向けのブティックから売り出して欲しいの。カバーも高級な感じで、限定100冊ね。100冊売り切ったら、販売方法は任せます。」
この話を聞いた時、私は意味が分からなかった。今、売れている『雪の花 桜のかほり』の作者の本なら売れるのに、なぜ、そんなことをするのかが……。
「なるほど、気づいていましたか?お若いのに聡明だ。」
前世アラフォーのトモエも、今は14歳になった少女だ。そう言われても仕方がない。
「『雪の花 桜のかほり』が売れたのは、ランドンさんが食いついた理由と一緒。知名度があったから。実際、本を持ってる人で私の名前を認識してる人は少ないわ。」
トモエの考えでは、作品層に合わせた場所に、対象者が手に取りたくなる構造を作るのがポイントらしい。元ゲーム会社OLが言うには作品が良くても、手に取ってもらわないと進まないらしい。
「物書きだけではなく、分析も出来るなんて……ぜひランドン商会に欲しい人材だ。」
トモエは悪そうな顔をする。
「スタール男爵家にお世話になる予定がないなら、やってみたら?」
ガブリエルが一瞬だけ固まった。
(あ、今の本気だ。)
トモエは満面の笑みで紅茶を飲む。
(トモエ、やっぱり【恋蜜】の作者だわ……。)
ガブリエルを見送った後、私はこっそり聞いた。
(ネタバレを聞けるのは友人特権だもの。)
「“焦れ愛”って誰をモデルにするの?」
トモエがニヤリと笑う。
「テオドアとマーガレット。二人の本来の設定を描くわ。」
「ちょっと、許可は?」
「取るわけないじゃない。今の世界の二人はただのオタクカップル。私が描くのは公爵令嬢と平民の恋。」
(先日のあの二人の様子を思い出す……ツーどくんとツーユーちゃんとフォーちゃんに夢中になる男女。)
「確かに、“焦れ愛”には遠い。」
「でしょ?だから本来の恋蜜の二人の設定を書くの。」
両想いなのに告白しない。
好きなのに伝えられない。
見ている方が『早く付き合え!』って叫びたくなる恋。
「面倒くさいわね……。」
「だから売れるのよ。」
トモエは悪そうに笑った。
(この人、やっぱり【恋蜜】の作者だわ……。)
あとがき
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
『雪の花 桜のかほり』が大ヒットした結果、最も被害を受けた人物が学園長です。
次回はトモエ先生による新作のお話。 本来の【恋蜜】で描かれるはずだった、テオドアとマーガレットの焦れ愛編が始まります。
果たして、学園長の胃に平和は戻るのでしょうか。
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