第59話 作家ヒロオカトモエ
王立劇場で上演された『雪の花 桜のかほり』は、予想を遥かに超える反響を呼んでいた。
フォレスト国では連日満席。
王女と身分違いの青年という純愛物語として話題になり、フォレスト国民は皆、劇場へ足を運んでいる。
そして、その噂は海を越えた。
「ブリーズ王国でも上演希望ですって?」
私は学園の中庭で手紙を見ながら目を丸くした。
「ええ。」
向かいに座るガブリエル・ランドンが微笑む。
「ブリーズ王国では元王女殿下のお話ですからね。むしろ本国の方が盛り上がっているようです。」
(すごい反響だなぁ……。)
トモエが脚本を書いた時は、セシル様夫妻への贈り物のつもりだった。
まさか国境を越えるとは思わなかった。
「そこで、一つ提案があります。」
ガブリエルが机に『雪の花 桜のかほり』にパンフレットを置いた。
「書籍化しましょう。」
「……へ?」
私は瞬きをした。
「舞台は公演数に限界があります。しかし書籍なら違う。」
ガブリエルは指を立てる。
「一冊の本が物語として、何千人……何万人に届けられる。」
「なるほど……。」
「そして、その際はこのランドン商会で出版させて頂きたいのです!」
エメラルドグリーンの瞳が楽しそうに細められた。
「これは、確実に売れます!」
彼は、未来の大商人。夢も感動も、まず商機として見る。だから、間違いなく売れるんだろう。
「でも、それは私は決められないわ。」
私は首を振った。
「脚本を書いたのは友人よ。」
「ならば、お友達にお話を……。」
「本人に聞いてみるけど、本人の意思優先だから。」
◇
その日の夕方。
私はトモエを孤児院へ訪ねた。
「書籍化?」
トモエは目を丸くした。
「うん。ランドン商会で出版したいんだって。」
「……。」
トモエは黙り込んだ。
あんなに楽しそうに書いていた姿から、喜ぶと思った。でも現実の反応は違った。
どこか困ったような顔をしている。
「どうしたの?」
私が尋ねると、トモエは苦笑した。
「私なんかが、書いていいのかな……って。」
「え?」
「だって、この物語を作ったの私だよ?」
小さな声だった。
それでも、その言葉の重さはよく分かった。
「攻略対象のキャラづけのために、人を泣かせて、苦しめて……破滅する未来まで用意した。」
トモエは俯く。
「そんな私が物語を書いて、誰かに読んでもらうなんて……。」
私は何も言えなかった。
トモエは生まれた時から前世の記憶がある。目の前で人の不幸を見たトモエだからこそ、罪悪感はいつまでも消えないのだろう。
だから、私を王家所有の湖に行かせた。
だから、医療で物語の設定を壊そうとしているブラッドを支えた。
それが、彼女の贖罪だったのだろう。
◇
その夜――。
トモエはブラッドと二人でスタール男爵家の庭にいた。
静かな春の風が吹く。
「ブラッド。」
「ん?」
「私、本を出してもいいと思う?」
ブラッドは少し驚いた顔をした。
「どうした?珍しいな。」
「だって……。」
トモエは空を見上げる。
「私、この世界を作った側だよ。」
「……。」
「エリカが苦しんだのも……私達の子供が壊すかもしれない未来も。私達の作ったゲーム……私がそういう物語を書いたから……!」
「……。」
しばらくして、ブラッドが口を開いた。
「なあ……お前は誰に許されたいんだ?」
「誰って……?」
「設定のために、俺の父親を守って死んだ親父さんか?それとも、親父さんの死を受け入れられなかったお袋さんか?」
ブラッドは夜空を見上げる。
「どんなに救いたくても死んだ人間は救えない。だったら、生きている人間救ってやれよ。」
ブラッドは少し笑った。
「あと俺は……どの世界でも、お前の作品を読みたいよ。」
トモエが固まる。
「……え?」
「前世でもお前の書いた物語を読んでいた俺だぞ。お前には、そういう救う力があるって知っている。」
ブラッドは肩を竦めた。
「次、生まれ変わっても、また読むよ。」
あまりにも簡単な答えだった。
けれど、だからこそ胸に刺さる。
「ブラッド……。」
ブラッドは優しく笑った。
「それに……お前、書くの好きだろ?」
トモエは言葉を失った。
◇
翌日。
私はトモエと向かい合って座っていた。
「どうするの?」
答えはもう分かっていた。
トモエの目は、久しぶりに輝いていたから。
「……正直、怖いんだ。」
トモエは正直に言った。
「うん。」
「でも……やっぱり、書きたい!今度は誰かを傷つけるためじゃなくて、誰かを幸せにする物語を書きたい。」
その言葉を聞いて、私は思わず笑った。
「もう、答え出てるじゃない。」
「え?」
「好きなんでしょ?」
以前、アイゼン王太子のことを聞かれた時にトモエから押してもらった言葉を返す。
私は身を乗り出した。
「それに、好きなことを好き!って言えないのは、この【恋蜜】の世界ではご法度よ!」
トモエが目を見開く。
「トモエの作品で何かが変わったなら、また三人で何とかすればいい!」
「エリカ……。」
トモエの目が少し潤んだ。
◇
数日後――。
ランドン商会本店。
「それでは、正式なお返事を伺っても?」
ガブリエルが微笑む。
トモエは深呼吸した。
そして、真っ直ぐ前を見据える。
「お願いします!」
ガブリエルが満足そうに頷いた。
「ペンネームは使いますか?」
トモエは少しだけ迷った。
だが、すぐに笑う。
「ヒロオカトモエ。」
その名前は前世の名前。
シナリオライターとして生きた証。
そして――。
新しい人生で初めて、自分の夢を選んだ名前だった。
「……承知しました。」
ガブリエルは契約書を差し出す。
「ようこそ、作家ヒロオカトモエ先生!」
トモエは震える手でペンを握った。
その横で私は笑う。
こうして――、『雪の花 桜のかほり』は舞台から本として出版されることになった。
それは、一人の女性が自分の夢を取り戻した瞬間でもあった。
あとがき
『雪の花 桜のかほり』著:ヒロオカトモエ
が本日23時に公開予定です。
よろしければ覗いてみてください。
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