第57話 王命、新婚旅行をプロデュースせよ!
数日後。
私はルフェラン家の応接室で頭を抱えていた。
「どうしてこうなったのよ……。」
目の前には王家の使者。
そして机の上には――。
『ブリーズ王国王女夫妻 新婚旅行計画書』
という文字。
「エリカ様。」
使者がにこやかに言う。
「王家より正式な依頼です。」
「お断りしても?」
「できません。」
(ですよね……。)
◇
「理由を伺っても?」
私が聞くと、使者は咳払いした。
「本来なら殿下に担当して頂く予定でした。」
「それが普通ですよね。」
「ですが……。」
そこで使者が言葉を濁す。
「殿下が……。」
「はい。何か問題でも?」
使者は遠い目をした。
「問題しかありません。」
◇
――数日前。王城。
「殿下。」
「なんだ?」
「ブリーズ王国王女夫妻の新婚旅行ですが、受け入れ体制について会議を。」
「そうだな、まずセシル・バーンドを隔離しろ。」
「却下です!」
「では行動を監視しろ!」
「外交問題です。」
「ならば私が随行する!」
「もっと外交問題です!!」
「なぜだ!?」
「……なぜだと思われますか?」
◇
「……という経緯がありまして。」
使者は疲れ切った顔だった。
「外務省満場一致で却下されました。」
「満場一致だったのね……。」
(アイゼン王太子、何やっているんだか……。)
「そこで白羽の矢が立ったのがエリカ様です。」
「なぜでしょうか?」
「ブリーズ王国を訪問済み。」
「はい。」
「王女殿下と面識あり。」
「はい。」
「セシル卿とも面識あり。」
「はい。」
「観光資源の知識あり。」
「はい。」
「食文化開発実績あり。」
「はい。」
「イベント運営実績あり。」
「はい。」
「そして何より、殿下より冷静です。」
使者が真顔になる。
「比較対象がおかしい!」
◇
その時だった。
応接室の扉が開く。
「エリカ。」
アイゼン王太子だった。
「聞いたぞ。私も同行する!」
(キリッとした表情で何か言っている。)
「なぜ?」
アイゼン王太子は真剣な顔で言った。
「バチェラーパーティーとか言ったか?セシル・バーンドが羽目を外したら危険だ。」
「「結婚されています!」」
私と使者の声が重なった。
(例え、結婚前でも長年の恋が実ったセシル様が心変わりなんてあり得ない……。)
「今回はお二人の新婚旅行です。」
「だからだ。」
「だからです。」
「護衛が必要だろう。」
「護衛はいます。」
「案内役が必要だ。」
「います。」
「外交上――」
「います。」
「…………。」
反論が尽きた。
アイゼン王太子は私を見る。
「エリカ、どうしてもダメか……?」
(ぐっ……顔を武器にするとは本当に手段を選ばれない人。)
「アイゼン、新婚旅行ですよ?」
「知っている。」
「お二人の世界です。」
「ああ。」
「そこに割り込もうとしている自覚は?」
「私達の間に割り込ませない自信ならある!」
「……。」
アイゼン王太子は真顔だった。
しかも問題なのは――少しだけ嬉しいと思ってしまった自分だった。
「Wデートだ。」
「は?」
「最近は貴族の間でも、親しい家門同士で婚約者同伴の交流会が行われているらしい。」
「初耳です。」
「ならば今から作る。フォレスト国の新しい文化だ。」
「文化ってそんなノリで生まれるんですか!?」
アイゼン王太子は片手で二本指を立てる。
「セシル・バーンド夫妻。」
そして、反対側の手で二本指を再び立てる。
「私とエリカ。」
王族のWピースサインを見せられ、何を聞かされているのか……。
「数が合っているからって成立する話じゃありません!」
「いや、むしろ話題性があるかもしれません。」
使者が即答した。
(使者め、裏切りやがったな……)
「セシル卿夫妻と王太子殿下、そして未来の王太子妃候補の親睦旅行……。」
使者は真面目な顔で呟いた。
「外交記事の見出しとしては強いですね。」
「よし。Wデート成立だな。」
「成立してません。」
「外務省。」
「はい、成立です。」
(外堀が埋められていく……。)
こうして、アイゼン王太子殿下の謎のWピース案によって、セシル卿夫妻とアイゼン王太子と私の親睦外交が決まってしまったのだった。
◇
謎のWデートとふざけている分、セシル様達をもてなしたい。
二人の思い出の場所である王立学園を貸し切りなんて出来たらいいけど、外国からの留学生の数と恒例化されたら、生徒の方が迷惑だろう。
もっと、小規模な再現が出来たらいいんだけど……そう考えた時、頭の中に映像が流れた。
高砂席で新郎新婦が並ぶ――。大きなスクリーンに流れるスライドショー。誰の披露宴だったかは思い出せない。けれど、新郎新婦が涙を流しながら見ていた光景だけは覚えていた。
あれはきっと、二人で歩いた人生を振り返る時間だった。
(これは良い思い出になる!)
でも、この世界に映像はない。肖像画だけでは足りない。
だったら――映像を演じてもらえばいい!
こっちには、その道のプロがいるんだから。
私は勢いよく立ち上がった。
「クルード!」
「はい、お嬢様。」
「スタール男爵家のトモエを呼んで!」
「トモエ様ですか?」
クルードが少しだけ首を傾げる。
「至急よ!」
◇
「……。」
数十分後。
孤児院から呼び出されたトモエが応接室へ入ってきた。
「醤油借りるノリで呼び出さないでもらえる?」
今まで孤児院で会ってはいたが、初めてルフェラン家に招いたのが唐突過ぎたようだ。服装やマナーのことなど、ブツブツ文句を言っている。
「仕事よ!国家プロジェクト。これは、トモエにしか出来ない仕事なの!」
「えっ?」
その一言でトモエの表情が固まり、後退りする。
「嫌そうな顔しないで。」
私は事情と私の考えた演出案を説明する。
そして、プロットに必要な情報を知っている限り話した。ブリーズ王国王女夫妻の馴れ初め、思い出の場所、二人の結ばれた瞬間。
「つまり……。二人の人生を劇にしたいってこと?」
「そうよ。物語ならトモエに勝る人はいないもの。」
そこでトモエの目が変わった。
前世でシナリオライターだった彼女が転生したのに、その才能をこの物語を変えるためだけに使うなんて勿体ない。
「……面白そう!引き受けるわ。」
トモエは紙を取り出す。
「中途半端に作ると本人達が感動しない。」
私は少し驚いた。
ペンを走らせるトモエの姿は水を得た魚のようにスラスラと書いていく。
(トモエ、本当は物語を書きたかったんだ……。)
「タイトルも必要ね。」
私が呟くと、トモエは少し考える。
「ブリーズ王国といえば雪。」
「二人の思い出の象徴が春。」
「別れと再会が、桜。そして、セシル様といえば良い匂い……。」
(セシル様情報が少ないトモエのイメージは良い匂いのイケメンだった。)
トモエはさらさらと紙へ書いた。
『雪の花 桜のかほり』
私は思わず文字を見つめる。
まだ何も始まっていないのに成功の予感がした。
「久しぶりに、本気で書きたくなった。」
あとがき
ここまでお読みいただきありがとうございます。
ようやく、トモエのカードを切る時が来ました。
エリカは領地改革。 ブラッドは医療改革。 そしてトモエは――創造主。
これまで世界を変えるために動いてきた三人ですが、ここでそれぞれの役割が揃います。
「続きが気になる」と思っていただけましたら、ブックマーク・評価で応援していただけると励みになります。




