第56話 建国の誓いを継ぐ者達へ
自分で未来を選ぶ力――。
それは孤児院の子供達だけの話ではないのかもしれない。
数日後――。
王立学園では、入学後初めての課題返却が行われていた。
科目は歴史。
建国史に関する記述課題だった。
私は机に頬杖をつく。
(歴史なら大丈夫でしょう。)
王宮での一件。
あの表彰式以来、ドレアス教授は表舞台から姿を消した。
特許の横取りを暴かれ、表彰も取り消された。学者としての名声にも傷が付いたに違いない。普通に考えれば逆恨みされていてもおかしくない。
私は教壇へ向かうドレアス教授を見る。
穏やかな表情にいつもと変わらぬ態度。
だからこそ逆に不気味だった。
(私の考え過ぎなのかしら……?)
悪意のある人間は、一度失敗した程度で諦めたりしない。
(……警戒だけはしておこう。)
その時だった。
ドレアス教授が教卓へ立ち、静かに出席簿を閉じた。
「では、先日行った建国史の課題を返却する。」
私は少し肩の力を抜く。
少なくとも今日は嫌味を言うつもりではないらしい。だがドレアス教授の言葉で、教室の空気が変わった。
「今回の課題は予想以上に差が出た。」
ザワザワと生徒達が反応する。
「平均点は六十七点。」
(これは低いのか、高いのか。)
「だが、満点は四名。」
一瞬で教室が静まり返った。
貴族社会では成績もまた評価の一つ、将来の派閥や人脈形成にも影響する。
どのような人物が満点なのか、皆が注目していた。
乙女ゲーム【恋蜜】の知識込みなら、むしろ有利だ。
前方ではドレアス教授が手に持った答案を読み上げる。
「1ーS、アイゼン・フォレスト。」
王太子として建国史など幼い頃から叩き込まれたアイゼン王太子なら、当然の結果だろう。
「1ーA、エリカ・ルフェラン。」
(よし。)
内心で小さくガッツポーズする。
「1ーB、ガブリエル・ランドン。」
教室のあちこちで感嘆の声が上がった。
ランドン商会の跡取りである彼の名前が出てくるのは、皆が納得の様子だった。
そして――。
「同じく1ーB、パム・プリュネル。」
一瞬、教室が静まり返った。
「プリュネルって誰?」
「B組の転入生?」
ドレアス教授の試験は論述式で、単なる年の丸暗記では答えられない。
【建国時、フォレスト家とウラノス家の役割について論ぜよ】
という内容の記述問題。
私はゲーム知識と創造主トモエに聞いていたので、この国の成り立ちについては知っていた。
建国神話。かつて、この大陸は一つだった。
それぞれの地域が陣地を奪い合い、終わらぬ戦いが繰り広げられていた。アイゼン王太子の先祖である初代国王アンソニー・フォレストの指揮の元、今のフォレスト国が築かれた。彼には仲間がいた。ルナ・ウラノス。パメラの先祖であり、ルナエクリプスの創設者でもある。その正体を記した文献は王家の秘匿事項だった。
その史実は一般には知られていないのだ。教科書に載っているのは『初代国王アンソニー・フォレストと仲間達が国を建国した』という程度の内容だ。
ウラノス家の名は出てきても、建国への貢献は曖昧にぼかされている。
ルナ・ウラノスのゆかりのあるものは、フォレスト国の国旗くらいだろう。
フォレスト国の国旗は、太陽と月を重ね合わせた紋章。
中央には黄金の太陽が輝き、その半身を銀灰色の月が覆う。 太陽の光芒は外へ向かって伸びているが、月は静かに寄り添うように重なり、決して光を奪うことはない。
光を統べる者と、影から支える者。 表と裏、昼と夜。 相反する二つが一つとなったその意匠は、フォレスト家とウラノス家の建国の誓いを象徴していた。建国時代から続く『光と影の盟約』の象徴だった。
だからこそ……少し気になった。
(パメラ、一体何を書いたのよ。)
するとドレアス教授が続ける。
「特にパム・プリュネルの答案は興味深かった。教科書には存在しない視点から建国史を論じている。」
教授の視線が窓の外へ向いた気がした。
「それが今は架空の物語でも、発掘や研究が進めば新説が歴史となるだろう。」
◇
その日の昼休み。
「エリカ様!」
隣のクラスから元気な声が飛んできた。
声の主は答案を抱えたパメラだった。
「見てください!満点です!」
ドヤ顔だった。
「授業で聞いたから知ってるわ。」
「褒めてください。」
「え?」
「だから、褒めてください。」
(これは褒めても王家的には大丈夫な内容だったのか。)
「珍しい解釈ですね。」
後方から回答を覗き込んだのは、ガブリエルだった。
パメラの回答、そこには――。
『太陽は人々を導いた。
建国王が国を築いたことは疑いようのない事実である。だが、どれほど強い光でも一人では届かない場所がある。光が進めるのは、支える誰かがいるからだ。
建国史には名を残した英雄達が記されている。しかし、歴史に残らなかった者達もまた、国を築いたのではないだろうか。
太陽だけでは昼しか照らせない。月だけでは夜しか照らせない。だからこそ二つの光は必要だった。』
……というような内容の文章だった。
ガブリエルが目を細める。
「その視点は教科書にありませんからね。空想というには真意がある書き方だ。」
「そう?」
「ええ。」
そして、ガブリエルは小さく笑う。
「まるで、失われた史料でも読んだみたいな回答だ。面白い考え方ですね。」
ガブリエルが答案を返した。
「そう?」
パメラは首を傾げる。
ガブリエルは興味深そうにパメラを見ながら言った。
「普通は建国王を主役に書く。でも君は違う。名前も残っていない誰か側から見ている。」
パメラの肩が僅かに揺れた。
「そんなことないよ。たまたま見た方向が違っただけだよ。」
「そうですかね?」
エメラルドグリーンの瞳が細められる。
「みんながみんな、ランドンみたいにナルシストじゃないんだよ。」
パメラが冷ややかな目でガブリエルを見る。
「それは心外ですね。」
ガブリエルは肩を竦めた。
「ただ――、秘匿された史実を知る人間なんて滅多にいませんから。まあ、少なくとも僕は好きですよ……その視点。」
私は固まる。
「……でランドン、君はなんて書いた訳?」
パメラがガブリエルを見る。
「フォレスト家が剣によって国を築いたなら、ウラノス家は影からその剣を支えた。それは国の始まりに過ぎない。真の建国とは国として機能した時である。なお、大事な事なので余白に『フォレストが太陽なら……ランドンは血流だった』とも書いておきました。」
歴史の一説を読み上げるように、得意そうに言うガブリエル。
(……王家の莫大な借金。)
私が生むかもしれない【恋蜜】の攻略対象である双子の王子である弟のアンソニーの破滅エンド……。
(久しぶりに、【恋蜜】の恐怖を思い出して頭が痛い。)
月と太陽。そして血流。
(攻略対象達、子供の頃から完成度高すぎない?これでまだ十歳そこそこなんだけど……。)
それより問題はランドン家だ。
未来の【恋蜜】では、王家を追い詰める最大の火種になる。
アンソニーの破滅エンド。その引き金の一つが――ランドン家の債権だった。
そして目の前の少年は、その債権を握る一族の跡取りである。当の本人は爽やかに微笑んでいるが、私には時限爆弾にしか見えなかった。
あとがき
今回の歴史課題には、この世界の裏設定が少し混ざっています。
フォレスト国の国旗に描かれている太陽と月には意味があります。どこにもない真実として――建国の際、アンソニー・フォレストもルナ・ウラノスも国王の座そのものには興味がありませんでした。
二人が見ていたのは、自分達を信じてついてきてくれた人々の未来です。
しかし、ルナ・ウラノスは女性でした。 彼女は、自分が表に立てば貴族達の反発を招き、国が再び分裂する可能性があると考えます。
だから彼女は月となることを選びました。
太陽が人々を導くなら、自分はその影から国を照らそう――。
建国の時代、歴史に名を残した人物だけで国が作られたわけではありません。 表に立つ者がいれば、裏で支える者もいる。
そんな考え方が、現在のルナエクリプスの思想にも繋がっています。
パメラが何を書いたのか。 そして、建国の英雄達が後世に何を残したかったのか。
少し想像しながら読んでもらえたら嬉しいです。
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