第55話 未来を売る商人たち
数日後、私は久しぶりにマグノリア教会の孤児院を訪れていた。
「エリカ様!」
子供達は笑顔で駆け寄ってくる。けれど、その手には木箱。机にはゴム製品。奥では年長組が帳簿を書いていた。
「検品終わったよ!」
「こっちは梱包待ちー!」
元気な声は聞こえる。でも、どこか違和感があった。
(……子供らしい時間がない。)
以前なら庭を走り回っていた年頃の子供達まで、作業机へ座っている。私はふと、テオドアの言葉を思い出した。
――『これじゃ孤児院じゃなくて工場だ。』
胸が痛む。
元々は、子供達が生きていく術を持てるように始めた仕事だった。でも今は違う。
ゴム、防水布、ウレタン素材……それらが他国へまで広がり、需要は急激に増えていた。
素人考えの“支援事業”は巨大化していた。
(……このままじゃ駄目。確かに、孤児院が工場になっている。)
◇
次の日の王立学園――。放課後、ある人物を呼び出した。
ガブリエル・ランドンだ。
未来の宰相であるテオドアがこの年齢で、すでに優秀なのだ。 国内最大級の商会を率い、大商人と称された未来のガブリエル。きっと、今の彼も設定チートがあるはず。
発案者でもあるテオドアにも同席してもらう。
机には孤児院運営資料と、ルフェラン領の商品流通図が広げられている。
「現状、“有形資源”が孤児院へ集中し過ぎている。」
テオドアが淡々と説明する。
「加工。検品。梱包。運搬管理……全てを孤児院側で担っているから、人的負担が限界に近い状態。」
ガブリエルは資料を眺めながら、ふっと笑った。
「なるほど。」
「これは確かに非効率ですね。」
私は腕を組む。
「でも、ただ工房化するのは嫌なの。」
二人がこちらを見る。
「孤児院は“子供を育てる場所”であって、“働かせる場所”じゃない。」
長い沈黙が流れる。
先に口を開いたのは、テオドアだった。
「なら、有形資源を外へ出す。」
「……有形資源?」
「商品とか流通とか。」
テオドアは淡々と続ける。
「孤児院側は“無形資源”を育てる。」
「無形資源……。」
「教育。知識。計算。接客。管理能力……生きていくために必要な力になる。」
私は思わず目を見開いた。
(それだ!私がやりたいのはお金儲けじゃない。)
私が本当にやりたかった事。
「子供達が将来、どこでも生きていけるようにする……。」
「そう。」
テオドアは頷く。
「今は“作業”に時間取られ過ぎ。」
その時だった。
「ですが、同情で売れる商品は長続きしません。」
ガブリエルが静かに口を開いた。
「“孤児院製”という名前では弱過ぎる。」
「……え?」
ガブリエルはエメラルドグリーンの瞳を細めた。
商人らしい言葉だった。
「礼儀。検品精度。誠実さ。高い教育水準。それを身につけたマグノリア教会孤児院出身者……。」
彼は資料を指先で軽く叩く。
「それ自体をブランドにするべきです。」
「ブランド……。」
「ええ。“孤児院育ちなのに”ではなく、“マグノリア教会の孤児院育ちだから信頼できる”へ変えるのです。」
ガブリエルは資料を指差した。
「職人は腕で評価され、商人は信用で評価される。では人材は何で評価されると思います?」
「……教育?」
「その通りです。」
ガブリエルは悪巧みに似た笑みをこぼす。
その発想は、私には無かった。
「さあ、ビジネスの話をしましょう!この有形資源はランドン商会で取り扱います。」
「!?」
私は顔を上げる。
「本気なの?」
「もちろん。慈善事業ではありませんので、手数料は頂きますよ。」
ガブリエルは即答した。
そう言いながらも、その笑みはどこか優しかった。
「それに――。ランドン商会のこういう一面を世の中にアピールしたかったので。」
ガブリエルは小さく肩を竦める。
すると横で、テオドアが資料へ書き込みを始める。
「王都南区画経由なら輸送コスト下がる。」
「地方商会を挟めば在庫分散も可能ですね。」
ガブリエルが自然に返す。
「大型商品の加工は外部工房へ。孤児院側は品質管理特化がいいと思う。」
「梱包研修制度も必要になりますね。」
「それに、年齢別教育も。」
二人の会話が、どんどん進んでいく。
(アイゼン王太子にも感じたけど……未来の重要人物って、学生時代からこんなに優秀なの?)
◇
数週間後。
孤児院の空気は、以前とは少し変わっていた。
「いらっしゃいませ!」
年長組の少女が笑顔で頭を下げる。
「在庫はこちらです!」
別の子供は帳簿をつけている。
小さい子供達は、今度は外で遊んでいた。
走って、笑って、転んで。
ちゃんと“子供”をしている。
(……良かった。)
私は静かに息を吐く。
その時、子供達が話かけてきた。
「ねぇ、エリカ様!」
以前、帳簿を書いていた少女が私に見せてくれた。
「見てください!」
拙い字だったけれど、そこには商品名と数量がきちんと書かれていた。
「計算も出来るようになりました!」
「すごいじゃない。」
私が頭を撫でると、少女は嬉しそうに笑う。
「先生になりたいから頑張るの!」
別の少年は木剣を振っていた。
「騎士になって、このルフェラン領を守るんだ!」
(今度、我が家の護衛騎士のロウに講師を紹介してもらおう。)
子供達が未来を語る。
その瞳は、夢で輝いていた。
昔のような、“助けを待つ目”じゃない。
未来を見る目だった。
私はしゃがみ込み、笑う。
「みんな優秀ですもの。」
すると、子供達は嬉しそうに笑った。
遠くでは、新しい木箱へ刻印が押されている。
【ランドン商会取扱】【ルフェラン孤児院認定】
その刻印を見ながら、私は思った。
(この子達は、もう救われるのを待つだけじゃない。自分の足で未来へ歩いていける。)
未来の宰相テオドアと未来の大商人ガブリエルの初共同作業回でした。
今までエリカは商品を作ってきましたが、今回のお話は「商品」ではなく「人材」のお話です。
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