第54話 フォーちゃんが繋いだ絆
食堂に飾られたセザール画伯の絵にも違和感がなくなった頃には、学園生活にも慣れてきた。
ただ、慣れないのは購買部に学園指定の商品と一緒にフォーちゃんグッズが並んでいること。木彫りのキーホルダー、ストラップ、ぬいぐるみ……企業ロゴのようにイクシード辺境伯家の紋章が入っている。
(いつの間にイクシードカンパニー作っているのよ。)
購買部の前は、朝から妙に騒がしかった。
「限定ツーユちゃん根付け、残り三個です!」
「きゃー!?」
「押さないでください!」
(何で学園購買部で争奪戦してるの……。)
しかも、制服姿の女子生徒達だけじゃない。男子生徒まで普通に並んでいる。
「妹への土産に……!」
「俺も弟に頼まれた!」
(家族向け需要まで生まれてる!?)
しかも購買部の棚には、完全に学園指定用品みたいな顔でフォーちゃんがこちらを見ている。
その時だった。
「……最後の一個頂きますわ!」
聞き覚えのある、気高い声。
振り向いた先で、マーガレット・ハーデンが真剣な顔で棚を見つめていた。
その手の先には、ツーユちゃん限定根付け。
だが同時に反対側から別の手が。
「それ俺が狙ってた!」
二人の手が同じ商品へ触れる。
マーガレット・ハーデンとテオドア・ブラストだった。
そんな二人の運命的なシーン。
(恋愛物の定番シチュエーションなんだけど、アイテムがフォーちゃんなんだよな……。)
あの完璧縦ロール、実は可愛い(?)物好きだったのか。テオドアは少年っぽいから、逆に似合うな。
二人のこの先を知っていると、恋愛バラエティーショーを見ている気分になる。
テオドアとマーガレットは、同時に手を引っ込めた。
「「……。」」
微妙な沈黙。
先に口を開いたのは、意外にもマーガレットだった。
「そ、それは……妹君への贈り物ですの?」
扇子で口元を隠しながら、視線だけがツーユちゃん根付けへ向いている。
テオドアは少しだけ目を逸らした。
「……半分は。」
「半分?」
「半分は自分用。」
「……!」
マーガレットの青い瞳が見開かれる。
「貴方も……?」
「……ツーどくん派だけど。」
「わ、私はツーユちゃん派ですわ!」
食い気味だった。
(あっ、縦ロールの表情が崩れた。)
テオドアが少し笑う。
「ツーユちゃんの限定根付け、今日しか入らないらしい。」
「ええ……! だから急いで――いえ、別に急いではおりませんけれど!」
さっきまで“公爵令嬢”だったマーガレットが、今は完全に趣味を語る年相応の少女になっている。
「僕、“フォー”ちゃんの木札も持ってる。」
「……っ!」
テオドアが鞄から小さな木札を見せる。そこには、セザール画伯の謎生物が彫られていた。
(サムの工房のマークあったけど、気のせいよね?)
「わ、私も持っていますわ!」
マーガレットが負けじと小声で言い返す。
(盛り上がってるなぁ……。)
するとその時、二人が同時にこちらを見た。
「「エリカ様(ルフェラン侯爵令嬢)。」」
(うわ、ハモった。)
二人は顔を見合わせる。
そして、何故か覚悟を決めたような顔になった。
「一人では言い出しにくかったのですが……。」
「「……今なら言える。」」
マーガレットとテオドアは同時に頭を下げた。
「「セザール様に会わせてください!!」」
(そこまで!?)
◇
後日。 私はマーガレットとテオドアをルフェラン邸へ招待していた。
テーブルの上には、手土産のフォーちゃんクッキー。ツーどくんせんべい。ツーユ茶んまで並んでいる。
(……貴族のもてなしとは?)
しかも、その中心には――。
「“フォー”ちゃん……。」
キラキラした目でクッキーを見つめるセザールがいた。
対するマーガレットとテオドアは、完全に緊張している。
「セ、セザール様……。」
「本物……。」
(これ、オフ会?ファンミーティング?)
するとセザールが、こてんと首を傾げた。
「ねえしゃまのお友達?」
その瞬間だった。
「「親友です。」」
即答する二人。
(いや、まともに話したの今日で三回目よね!?)
しかも二人とも真顔だった。セザールは嬉しそうに、サムズアップしながらウィンクした。
「しんゆう!いいね!」
そして何故か、そこから空気が一気に和んだ。
「ツーユちゃんの丸い目元、本当に絶妙ですわよね……!」
「分かる。あと、ちょっと気だるそうな顔。」
「そこですわ!!」
マーガレットが食い気味に返す。
(うわぁ、オタク特有の早口始まった。)
テオドアも鞄から木札を取り出した。
「俺、この初期デザイン版持ってる。」
「それ、初回限定版ではありませんの!?」
「父さんが関所警備に行った時の土産。」
「ず、ずるいですわ……!」
完全に盛り上がっている。セザールも嬉しそうだった。
「“ツーど”くん、どうやって思いついたの?」
「“ツーユーちゃん”のモデルは誰なんですの?」
「次回作は考えてますの?」
質問攻めである。
「ふむっ。」
セザールは誇らしげに胸を張るが、多分そこまで深く考えていない。
(……相手、王族とはいえ、幼児やぞ。)
◇
やることのない私は、テーブルの端に積まれていた資料へ手を伸ばした。
最近、ルフェラン領ではゴム製品の需要が急増している。フォレスト国内だけではなく、他国にまで供給が広がり始めていた。
孤児院支援目的で始めた事業だったが、規模が大きくなり過ぎた。
加工。検品。梱包。運搬。
全てを孤児院と救貧院へ集中させているせいで、人手が足りない。
その時、パサリと資料が床へ落ちる。
「おっと。」
拾い上げたのはテオドアだった。
「落ちたよ……。」
そう言いながら、テオドアは何故か資料から目を離さなかった。
「……?」
一枚、二枚……。
視線が妙に速い。
(読んでるの?)
私が首を傾げていると、テオドアが小さく眉を寄せた。
「これ、変だよ。」
テオドアは資料の一箇所を指差した。
「ここで加工してるよね?で、検品。」
「ええ、そうね。」
「その後、また別の場所へ運んで梱包してる。」
テオドアは少し考え込むように黙った。
「……移動するの、無駄じゃない?」
「無駄って?」
「同じ物を何回も運んでる。ほら、こっちも!」
さらにページをめくる。
「……。」
「人手不足じゃないね、管理不足だ。」
「え?」
さっきまで、キャラクター談義で盛り上がっていた青年とは思えない声だった。
テオドアは淡々と資料へ目を落とす。
「全部を孤児院でやろうとするから、回らなくなってる。」
「……。」
「加工、梱包、販売、運搬。」
指を折りながら数える。
「役割分けた方がいい。」
私は思わず聞き返した。
「分業制ってこと?」
テオドアは頷く。
「これじゃ孤児院じゃなく工場だ。」
そして静かに続けた。
「孤児院本来の目的が見失っているよ。」
「……!」
その一言が胸に刺さる。
私は思わず資料を握り締めた。
孤児達を救うために始めた事業。けれど、事業を回すこと自体が目的になりかけていた。
――未来で宰相になる男。
その片鱗が、確かにそこにあった。
「ペンある?」
テオドアは気軽な調子で尋ねる。
受け取ったペンで、資料へ次々と書き込んでいく。
「ここ、移動距離が長いね。」
「……。」
「大手商会へ委託した方がいい。」
「委託?」
「多少手数料を払っても、その方が安定する。」
さらに別の資料へ目を落とす。
「あと商品カテゴリーが広すぎる。」
「商品?」
「ゴム製品で一括りにしてる。」
テオドアは資料を軽く叩いた。
「衣類向け。」
トン。
「家具向け。」
トン。
「軍需向け。」
トン。
「客層が違うんだから分けた方がいい。」
私は思わず唸った。
「……なるほど。」
「売り方や戦略も変わる。」
横で聞いていたマーガレットが感心したように目を見開く。
「それ、商会運営の考え方ですわ!」
「そうなんだ?」
「利益率や流通まで考えておりますもの。」
マーガレットは思わずテオドアを見た。
いつもの気怠そうな口調。 だが資料を見つめる横顔だけは、不思議なほど真剣だった。
何気なく視線を向けただけだった。
それなのに、なぜか目を逸らせない。
「……普通はそこまで見えませんわ。」
気付けば、そんな言葉が口をついていた。
「うちさー、本とか少なかったから。」
テオドアは肩を竦める。
「新聞ばっかり読んでいたんだよ。」
さらりと言うテオドア。自慢する様子はない。プライドばかりの高い貴族をたくさん見てきた公爵令嬢のマーガレットにとって、自慢一つしないテオドアは少し不思議な存在だった。
(変わった方ね……。)
「新聞読んでると、何となく規則性が見えてくるんだよね。」
気怠そうに答え方だが、その目だけは鋭かった。
私は勢いよく立ち上がった。
「クルード!!」
すぐに執事のクルードが現れた。
「お呼びでしょうか、お嬢様。」
「この分業案、至急まとめて。あと運搬経路の再確認。」
「かしこまりました。」
クルードは資料へ目を通し――そして静かに目を見開いた。
「……この短時間でここまで?」
私はテオドアを見る。
本人はもう、何事もなかったみたいにフォーちゃんクッキーを食べていた。
(この子……ルフェラン領に欲しいわ。)
あとがき
セザール画伯によって誕生した本来の【恋蜜】には存在しないキャラクターがテオドアとマーガレットのキャラクターを変えています。
好きな物が一緒というのは素敵なことですが、将来の彼らの家の装飾品を考えると……
いつも読んでくださり、ありがとうございます。
評価、ブクマ、コメントすごく嬉しいです!




