第53話 王立学園名物“フォー”ちゃん
「ルフェラン侯爵令嬢様!どうか、うちの料理長を助けて下さい!」
そう言って頭を下げてきた料理人。
とりあえず、椅子に座ってもらい、話を聞くことにした。
王立学園食堂の料理長は、有名シェフが生涯で三人しかとらなかった弟子の一人で、料理の腕も良く、料理長の味が忘れられないと王立学園の卒業生も家族を連れて、わざわざ食べに来ることがあるらしい。
そんな料理長も、昨年ルフェラン領で開かれた料理コンテストへ参加して以来、分かりやすく落ち込み腕を振るわなくなってしまったようだ。
聞けば、兄弟子と弟弟子は部門賞を授賞したが、料理長は料理を出品する段階まで進めなかったことで自信を無くしてしまったようだ。
(それって、納豆フェスティバル?!)
「ちなみに、その時に出品したメニューって何かしら?」
「……イカ納豆です!」
(あっ、食の安全を考えて、出店をなまもの禁止にしたの私だ。)
気まずそうに話を聞いていると厨房の奥からグリズリーのような巨体に髭をたくわえたムキムキなコックが出てきた。
「私のどこがダメだったんですか?」
(誤解を生むから主語をつけて……。)
「私の料理の何が悪かったんですか!?」
グリズリーみたいな巨体の料理長が、私の足元へ縋り付く。
周囲の料理人達も、固唾を飲んでこちらを見ていた。
(いや、だから違うのよ……。)
イカ納豆が悪い訳じゃない。ただ、なまもの提供を禁止しただけで。
でも今ここで――
「食中毒対策でなまもの禁止にしました!」
なんて言ったら、多分この人、三日は立ち直れない。私は少し考える。
そういえば最近、ルフェラン家でも妙な現象が起きていた。
『“フォー”ちゃん……。』
セザールがそんな事を呟きながら、チラチラとこちらを見てくるのだ。最初は何の事か分からなかった。でも最近ようやく理解した。
(あれ絶対、“フォー”食べたいって意味よね。)
納豆文化が強くて忘れかけていたけれど、この世界、まだ麺文化が弱い。
私は料理長を見下ろす。
「……料理長。」
「は、はいぃっ!」
「課題を出します。」
一瞬で料理人達の空気が変わった。
「課題……?」
「ええ。」
私は、にっこり笑う。
「米で作った麺で、“王立学園の名物”になる料理を作ってください。」
「……!」
料理長の目が見開かれる。
「ただし条件があります。」
私は指を一本立てた。
「大量調理が可能であること。」
二本目。
「生徒達が日常的に食べられる価格であること。」
三本目。
「そして――。」
私は小さく笑った。
「食べた瞬間、“また食べたい”って思わせること。」
料理長の瞳が、ゆっくり熱を取り戻していく。
「……ッ。」
さっきまで絶望していた顔とは思えない。
料理人達もざわつき始める。
「まさか、新メニュー開発……?」
「料理長が本気出すぞ……!」
その時だった。
隣でアイゼン王太子が静かに口を開く。
「君、また何か妙な事を考えてないか?」
「今回はちゃんと食堂改革です。」
「“今回は”ね……。」
私は視線を逸らす。
すると料理長が、ガバッと顔を上げた。
「ルフェラン侯爵令嬢!!」
「はい。」
「私、やります!!」
グオオオオッ!!と咆哮みたいな声が食堂へ響く。それに合わせて料理人たちも気合いを入れる。
(うるさっ。)
「必ずや!!王立学園の新たな名物を作ってみせます!!」
その日から、王立学園食堂は妙な熱気に包まれた。
「米粉をもっと細く伸ばせ!」
「いや、コシが足りん!!」
「スープ班! 香草の調整だ!!」
料理長の怒号が飛び交い、料理人達が戦場みたいな勢いで動き回っている。
(学園食堂よね、ここ……?)
完全に研究所だった。
しかも、料理長のやる気が復活したせいで、周囲の料理人達まで燃え始めている。
「ルフェラン侯爵令嬢!」
「はい!?」
突然、料理長が振り返る。
「試食をお願いします!!」
ドンッ!!と置かれたのは、白く細い麺が入った湯気立つ器だった。
(おぉ……。)
鶏出汁ベースの透き通ったスープに刻まれた香草、薄切り肉……そして米麺。
かなりフォーっぽい。
私はレンゲでスープを一口飲む。
(んー美味しい。)
素直にそう思った。
女性受けしそうな優しい味だ。けれど、ここは貴族と言えども十代の腹ペコモンスターの巣窟。彼らの胃袋を満足させるのが、食堂の仕事のはず。
「どうでしょうか……!」
グリズリーみたいな料理長がこちらを見てくる。
前世のフォーとしては完成している。しかし、食堂として機能している料理なのか?
私は、少し考える。
「美味しいです……でも、“また食べたい”には、あと一歩です。」
料理長の表情が真剣になる。
「足りないもの……ですか?」
「多様性。」
「多様性……!?」
周囲の料理人達がざわつく。
私はスープを見下ろす。
「今のこれは“上品な料理”です。でも、学園食堂を名乗るなら男子生徒の胃袋を舐めない!」
私は指先で机を軽く叩く。
「気軽におかわりが出来る。」
「辛味を追加出来る。」
「卓上調味料で味変出来る。」
料理人達の目が見開かれる。
「味を……変える?」
「食べる側が完成させる。“自分好みに育てられる料理”は強いですよ。」
その瞬間、料理長の目の色が変わった。
「――なるほど。」
職人の顔だった。
「完成品ではなく、“変化する料理”……!」
周囲の料理人達も、一斉にメモを取り始める。王立学園料理人達に完全に火が付いた。
◇
数日後――。
「ルフェラン侯爵令嬢!出来ました。」
白濁した濃厚なコクのあるスープ。テーブルには刻んだネギ、ゴマ、色のない紅しょうがみたいな物、メンマのようなタケノコを煮た物、ハーブや山菜等々が並べられている。
(こ……これは、もはやとんこつラーメンでは?)
一口食べる。
「美味しい!」
とんこつフォーって合う!
「“フォー”ちゃん……。」
聞き慣れた声が響く。
振り返ると、セザールがものすごく真剣な顔で器を見つめていた。
(なんで、学園にいるの?)
料理長が緊張した顔になる。
「も、申し訳ありません!!ご招待しておきながら、まだ完成では――」
(呼んだのあなた達なの!?)
「食べたい……。」
セザールの目が輝いている。
「“フォー”ちゃん食べたい。」
その瞬間、料理長が天を仰いだ。
「神よ……!!」
(いや、そこまで!?)
だが周囲の料理人達も感動した顔になっている。
「セザール様が興味を……!」
「これは学園名物になりますよ……!」
料理長は震える手で器を差し出した。
「ど、どうぞ……!」
セザールは静かに席へ座ると、まずスープを一口飲む。
「美味しい!」
パァッと顔が輝いた。
「これも入れてみたい!あっ、こっちも!」
ネギを入れる。今度は辛味。さらにハーブ。今度はタケノコ。
まるで新しい玩具を与えられた子供だった。
(うわぁ、完全に味変の沼に入った。)
「こっちの“フォー”ちゃんも好き……。」
「でも辛い“フォー”ちゃんも好き……!」
周囲の料理人達が、感動した顔でメモを取り始める。
「セザール様が味変を……!」
「やはり卓上調味料は正解……!」
料理長なんて、もう目が潤んでいた。
そして数分後。
「……お腹いっぱい。」
セザールは満足そうに息を吐いた。
(完食してる……。)
あの大きな器を綺麗に空にしている。
すると、料理人の一人が慌てた様子で駆け寄ってきた。
「セ、セザール様!!」
その手には、色紙とペン。
(まさか……。)
「もし宜しければ、お言葉を……!」
セザールは少し考え――。
「ふむっ。」
(セザール、“ふむっ”じゃない。)
サラサラと色紙へ何かを書き始める。
完成した物を見て、私は固まった。
(……何これ?)
丸い顔みたいなもの。 いや、体? 頭?の上にはモップみたいな何か。しかも髭まで生えている。
(え、妖怪かな?“フォー”ちゃんって、おじさんの妖精だったの?)
理解が追いつかない。
だが――。
「おぉぉぉぉっ!!!」
食堂中が沸いた。
「やりましたね料理長!!」
「セザール様直筆だ!!」
「学園の家宝にしましょう!!」
(セザールの落書きに三ツ星効果がついてるの……?)
料理長なんて、もう泣いていた。
「ありがとうございます……!ありがとうございます……!!」
しかも周囲の料理人達が、何故か真剣な顔で頷き、もらい泣きしてる料理人もいる。
「“フォー”ちゃんの特徴を完璧に捉えている……。」
「流石はセザール様……!」
(……いや、誰か説明して!?)
こうして、本来“フォー”と呼ばれるはずだった料理は、“フォー”ちゃんという名前で、セザール画伯の絵と共に学園へ広まっていくのであった。
あとがき
セザールの落書き(?)は、後に学園食堂へ飾られる事になります。
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