第52話 腹黒王太子と腹黒商人は会話が噛み合わない
翌日、女生徒として再び学園へ現れたパメラは、『パム・プリュネル』と名乗りB組へ編入した。
無造作だった黒髪は整えられ、女子制服へ身を包んだ姿は、昨日まで男装していたとは思えないほど自然だった。
たった数時間しかいなかった男子生徒の存在など、誰も覚えていない――そう思っていた。
一人を除いては……。
ガブリエル・ランドン。
ランドン商会次期当主。そして未来では、双子の弟アンソニー・フォレストの婚約者フローラの父親になる人物。
(……早く気付くべきだった)
未来で、ルナエクリプスのリーダーの娘を妻に迎える男だ。
パメラの存在に気付かないはずがなかった。
◇
昼食を食べに食堂へ向かっていた私は、ふと視線を感じた。
「あの方、今日は女生徒として来ているんですね」
穏やかな声だった。
振り向くと、ダークグリーンの髪をした男子生徒がこちらを見ていた。柔らかそうな雰囲気。人当たりの良い顔。けれど、そのエメラルドグリーンの瞳だけは妙に鋭かった。
ガブリエル・ランドン。
彼は興味深そうにBクラスの方角を眺めながら、何故か私へ話しかけてきていた。
「さ、さぁ……? 私、別のクラスだから分からないわ」
私は視線を逸らした。
するとガブリエルは、にこりと微笑んだ。
「昨日、ご一緒にいらっしゃったのに?」
「……」
「エリカ・ルフェラン侯爵令嬢」
逃げ道を塞ぐように、静かに名前を呼ばれた。
(うわ、笑顔が胡散臭い)
ウラノスが『王家の影』なら、こっちは『情報で人を追い込むタイプ』だ。
ガブリエルは続ける。
「昨日、彼――いえ、彼女が保健室へ向かった後、教室から姿を消したのは貴女ですよね」
「よく見てるわね……」
「仕事柄、人の顔を覚えるの得意なんです」
にこやかに返してくる。
柔らかい笑顔なのに、全然誤魔化せる気がしない。
(この年齢でもう情報屋気質なの何なの!?)
「安心してください」
ガブリエルは小さく肩を竦め、話し声を絞る。
「別に、秘密を暴きたい訳ではありません」
「……なら、なぜ聞くの?」
「仲良くなりたいのです。経済界の時の人、エリカ・ルフェラン様と……」
即答だった。
「彼女が男装してまで学園へ潜り込む理由。貴女がそこまで守ろうとする理由に興味はありません」
そこで一度言葉を切る。
「僕が興味があることは、ただひとつ。ビジネスだ!」
私は思わず目を細めた。
(あ、これ。アイゼン王太子と同じ腹黒タイプじゃない?)
その時だった。
「エリカ」
聞き慣れた声が響く。
振り返ると、アイゼン王太子が強ばった笑顔で立っていた。
「食堂に来ないから迎えに来たよ。こちらの生徒は?」
ガブリエルが目を細めた。
「これはこれは、帝国の偉大なる太陽にご挨拶申し上げます」
ガブリエルはさり気なく私の前へ立ち、頭を垂れる。
アイゼン王太子が完全に警戒モードに入る。
「君はランドン卿の……」
「ご挨拶が送れました。ガブリエル・ランドンと申します」
ガブリエルは笑みを崩さなかった。
「ランドン卿。君が私のエリカ何か用かな?」
(私、いつからアイゼン王太子の物になったんですか……)
私は、アイゼン王太子を睨み付けた。
「エリカ様とは、仲良くなりたいと話しておりまして」
もちろん、『ビジネス上』である。
しかし、その言葉に反応したアイゼンが口を開いた。
「――かつて、銀髪の気に入らない男がいてな。彼が今どうなったか、知っているか?」
(銀髪の気に入らない男?セシル様?)
「今は北国から出て来れないよう、永遠に縛りつけてやったのだ」
(セシル様……元からブリーズ王国出身だし、『永遠に縛りつけた』って王女との婚約を進言しただけじゃない)
アイゼン王太子は、ガブリエルを真っ直ぐ見据える。
「ランドン卿。商売相手は選んだ方が良い」
その言葉に、ガブリエルは口元へ笑みを浮かべた。
「ご忠告ありがとうございます、殿下」
エメラルドグリーンの瞳が細められる。
「ですが、私は商人です。大きな障害がある商談ほど、燃える性分でして」
(あ、ガブリエル完全に『商売の牽制』だと思ってる)
「……卿は、熱い場所が好みか?」
アイゼン王太子も笑みを崩さない。
「覚えておこう」
(いや、アイゼン王太子は『恋愛の牽制』してるんだけど)
どうやら二人とも、微妙に会話が噛み合っていないらしい。お互いに『宣戦布告された』とは思っているようだった。
(……腹黒同士が会話すると、拗れるのね)
「今日のところは失礼します。エリカ様、また後日……」
そう言って会釈するガブリエル。
「……明日が来なくしてやろうか?」
アイゼン王太子がボソッと呟く。
(ちょっと、発言が物騒過ぎる!)
「ほら、アイゼン。食堂に行きますよ」
私はアイゼン王太子のブレザーの裾を軽く引っ張る。その手を繋ぎ直すアイゼン王太子。
(恥ずかしい、完全にバカップルだ……)
食堂に行くと行列が出来ていた。
ランチタイムが始まって、もう結構時間が立つのに、食事が出来ていない生徒や教師の列だった。
「エリカ、安心しろ。昼食は用意している」
そう言って席に案内されると、そこだけ晩餐会のような食事が用意されていた。
「影からの情報でな、最近、食堂の料理人が不調らしい」
そう言いながら完璧なテーブルマナーで食事を始めるアイゼン王太子。
(味がしない……みんなが空腹の中、周囲の視線が痛すぎる)
その時だった。厨房から料理人が出来てきた。
「ルフェラン侯爵令嬢エリカ様とお見受けします」
コック帽を外し、挨拶をした。
「ルフェラン侯爵令嬢様!どうか、うちの料理長を助けて下さい!」
あとがき
ガブリエル・ランドン、登場回でした!
なお、アイゼン王太子は「恋愛牽制」、 ガブリエルは「商売牽制」だと思って会話しています。
つまり、盛大なすれ違いコントです。
そして次回、学園食堂編(?)突入です。
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