第51話 女の子でいられる場所
「私がルナエクリプスのメンバーだって。」
――今、とんでもない告白を受けた。
私は何も答えず、見つけた替えの下着と替えの服を渡す。
シャッ、と布の擦れる音だけが医務室に響いた。間仕切りカーテン越しの彼女になんて言えば良いのか分からなかった。
私は近くの椅子へ腰を下ろし、小さく息を吐いた。
(落ち着いて、私。)
ルナエクリプスって、おじさん集団じゃなかったんだ……。かつて、本拠地である“月光亭”に乗り込んだ時の記憶を思い出すが、あの時はルナエクリプスのリーダーであるリアンを助けることしか考えていなかったから、こんな子がいたかは覚えていない。
【恋蜜】において、裏社会側の重要組織。王家の影――そんな情報はあったけれど、所属メンバーの年齢や性別までは語られていなかった。
それより――。
(ルナエクリプスのメンバー、私にすぐ正体をばらすのやめてくれない?)
その秘密結社のメンバーが、何で入学初日に経血漏らして保健室にいるのか、情報量が多すぎる。
「……驚かないんですね。」
カーテン越しに、控えめな声が響く。
「いや……驚いてるよ?」
むしろ現在進行形で混乱している。
「もっとこう、“みんなに知らせなきゃ”とか……。」
「いや、今それどころじゃないでしょ。」
「……え?」
「女の子にとって、服が汚れる方が大事件だから。」
今度は、向こうが黙る。
やがて、グスッと小さな声が聞こえた。
「いきなり来たんです……初めてで……メンバーは男ばっかりだし……。」
脳内にノンデリーダーのリアンの顔が浮かぶ。
(確かに、リアンには死んでも言いたくないな……。)
「でも、ご家族に相談した方が……。」
「母は亡くなって、父しかいません。」
今度の声は少しだけ小さかった。
その言葉に、胸が痛くなる。自分の体の異変に戸惑う時期に支えてあげる大人がいないなんて……。
「分かったわ。私が教えてあげるから……もう泣かないで。」
前世で保育士をしていた頃から、泣いてる子供や困ってる人を見ると放っておけなかった。
多分、これは性分だ。
カーテンの向こうで、また沈黙が落ちる。
「……ありがとう。」
「うん。」
すると、カーテンが少し開いた。
そこから覗いた顔に、私は思わず息を呑む。
(綺麗な顔……。)
先程はぶつかった勢いとズボンの汚れでよく見えていなかったけれど、短い黒髪に――中性的というより、作り物みたいに整った顔立ち。けれど、その琥珀色の瞳だけは妙に冷えていた。
(誰かに似ている……。)
「改めまして。ボクはパメラ……。パメラ・ウラノスです。」
そして少しだけ口元を緩めた。
(ん?んーーーー。)
今、この子、パメラって言った。
パメラ・ウラノスって……フローラの母親?いや、それより、ルナエクリプスのウラノスって、うちのウラノス兄弟と親戚じゃない?
◇
入学式には参加せず、そのままルフェラン家へ戻った私は、そのまま使用人達の住居区画へ向かった。
突然呼び出されたリアンとエディは、何故か正座させられている。
「……で、何があったんだ?」
リアンが困惑した顔で聞いてくる。その隣では、エディが既に嫌な予感を察していた。
「リアン。」
「おう。」
「パメラちゃん、女の子だったわよ。」
「……。」
一瞬、静まる部屋の中――。そして次の瞬間。
「…………は?」
リアンの顔から血の気が引いた。
私はその反応を見て、確信する。
(あっ、知ってたわねこの親父。)
「しかも初潮。」
「……………………。」
「男だらけの環境で。」
「……………………。」
「一人で。」
「……………………。」
リアンがゆっくり視線を逸らした。
私は無言で立ち上がる。
「待っ――」
パァンッ!!
乾いた音が部屋へ響いた。
リアンの顔が勢いよく横へ流れる。
エディが思わず目を見開いた。
「エ、エリカ様!?!?」
「少女を思春期男子の集団に男装させて潜入させるとか何考えてるのよ!!」
私は本気で怒鳴った。
「危険過ぎるでしょう!?体の事だってあるのに!!」
「いや、待て!ルナエクリプスの連中が手を出さねぇように……」
パァンッ!!
今度は反対の頬を手の甲で叩く。
「そういう問題じゃない!!」
「女の子が、“女の子でいる事を許されない環境”が問題なの!!」
リアンが言葉に詰まる。
けれど、私は止まらなかった。
「初潮が来ても相談相手がいない!怖くても我慢!泣きたくても隠す!そんな環境を“仕方ない”で済ませるな!!」
「…………。」
「父親でしょうが!!」
部屋が静まり返る。
リアンは反論しなかった。
出来なかった……が正しい。
その後ろで、パメラが呆然とこちらを見ていた。
琥珀色の瞳が揺れている。
「……どうして、そこまで怒るんですか……?」
パメラが小さな声で言う。
「怒るに決まってるでしょう。」
私は即答した。
「パメラちゃん、まだ子供なのよ。子供が無理してるの見たら、大人は怒るものなの。」
その瞬間、パメラの目からぽろりと涙が落ちた。
リアンがギョッとする。
「えっ、おいパメ――」
「リアン!」
「はい。」
即座に正座し直すルナエクリプス幹部。
その時だった。
バァンッ!!
勢いよく扉が開いた。
誰から聞きつけたのか、アイゼン王太子が入ってきた。
(ここ、うちの使用人居住地なんだけど。)
「エリカ!!」
完全に不機嫌なアイゼン王太子。
「昼食を一緒に食べる約束をしただろ……」
アイゼン王太子はズカズカと部屋へ入り――そして止まる。
頬を赤くしたまま正座しているリアンと、気まずそうなエディ。泣いているパメラ。仁王立ちしている私。言葉通りの修羅場に来てしまったことに気づいたアイゼン王太子がすぐに口をつぐんだ。
「エリカ。……面倒事か?」
「今回はそちら側にも責任があります。」
私はパメラの肩を抱き寄せる。
「この子、王家の影なんでしょう?」
アイゼン王太子の目が細くなった。
「……。」
「殿下、エリカ様はご存じです。」
アイゼン王太子までビンタをしないようエディが空気を読んで、仲裁に入る。
「……学園に王家の影を潜ませてるのは、貴族子女の警護目的だ。有力貴族には護衛兼監視役が付く事もある。」
アイゼン王太子はため息を吐いた。
私はにっこり笑う。
「アイゼンの恋人の私は、有力貴族よね?」
「……そうなるな。」
「じゃあ、パメラちゃんを私付きにして。」
「は?」
リアンが固まる。
エディも固まる。
パメラまで固まった。
「女の子として生活出来る環境が必要でしょう。」
有無を言わせず言い切る。
「誰か、異論ある?」
「…………。」
全員黙った。
すると隣で、アイゼン王太子が小さく口元を押さえる。肩を震わせながら、妙に嬉しそうに笑った。
「君、本当に容赦ないな。」
アイゼン王太子は呆れたように笑う。
「……君なら、王にもなれそうだ。」
その後ろで、パメラは潤んだ目でじっと私を見つめていた。
あとがき
パメラの登場回でした!
なお、リアンは普通にビンタされました。 しかも両頬です。でも、ここは【恋蜜】の世界なので。
そして、パメラはこの日から“エリカ大好き勢”へ突入します。
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