第50話 身分違いな縦ロールおね×一途なショタ
教室に入った途端、一斉に視線が集まった。どうやら私は有名人らしく、ヒソヒソと話す声からは「王太子」という単語が聞こえた。
貴族や商人相手に渡り合ってきた私にとって、同級生達の視線くらい大したことはない。
(それより相手方のご家族が優先!)
マーガレット・ハーデンとテオドア・ブラスト。
名前は知っているが、顔は分からない。とりあえず、学籍番号の記された席に座る。
ふと、隣の席を見ると美少女と見紛いそうなほど整った顔立ちの男子生徒がいた。
(ん?この顔……エアリスに似ている。)
「おい!ブラスト、平民がなんで王立学園に来ているんだ?」
絵に描いたような貴族子息達が隣の机を取り囲む。
「平民がここ来ても平民なのにな?」
「身の程を弁えて働けばいいものを。」
対して、ブラストと呼ばれた男子生徒は気怠そうに頬杖をついたままだった。
「……別に、お前らに関係ないだろ。」
「生意気なんだよ!」
一人が机を叩いた瞬間、私は反射的に立ち上がっていた。
(あー、もうダメ。こういうの放っておけない。)
前世で保育士をしていたせいか、子供同士の揉め事を見ると体が勝手に動く。
「はいはい、あなた達そこまで。」
私は三人とブラストの間へ割って入った。
「教室で暴れるなら外でやってくださいね。」
「はぁ?」
貴族子息の一人が眉を吊り上げる。
「なんだお前!どこの家だ?」
「ルフェラン侯爵令嬢と申します。お名前を伺っても?」
(侯爵家の私より後に名乗れるの、もう公爵家か王家くらいですけど?)
「っ……!」
一瞬で顔色が変わった。
(うん、たまには貴族社会便利ね。)
「あと、仮に平民がこのAクラスにいるとしたら、それって“優秀だから”だって知ってました?」
「なっ……!」
「え、ご存じない? ご貴族様でしたのに。」
にっこり笑うと、三人まとめて言葉に詰まる。
すると隣で、小さく吹き出す声がした。
「……ぷっ。」
ブラストだった。
初めて崩れた表情に、私は少し目を瞬かせる。
(あ、笑った。)
柔らかく細められた目元が、本当にエアリスそっくりだ。
その時だった。
「朝から随分賑やかですわね。」
凛とした少女の声が教室へ響いた。
振り返った先に立っていたのは、強くカールさせた淡い金髪、口元を隠した扇子から覗く青い瞳は涼しげで、背筋は真っ直ぐ伸びている。
(うわ、本物の縦ロールだ……。)
美人で王立学園へ入学したばかりとは思えないほど完成された色気がある。そして何より圧が強い。
だが何より目を引いたのは、その“隙の無さ”だった。
マーガレット・ハーデン公爵令嬢。
母親は彼女を産んですぐ亡くなり、ハーデン公爵が一人で育てた――そんな設定だった。
「ハ、ハーデン嬢……。」
先ほどまで騒いでいた男子生徒達も、目に見えて動揺していた。
「入学初日から集団で絡むなんて、随分と余裕があるのですのね。」
にこり、とマーガレットは微笑むが、全く笑っていない。
(こういうところ、王家の血筋って感じがする。)
「それとも、殿方三人がかりでなければ会話も出来ないのかしら?」
「なっ……!」
(綺麗に急所だけ刺していくタイプだ、この縦ロール。)
男子生徒達は顔を引きつらせ、そのまま逃げるように散っていった。
静かになった教室で、ブラストはちらりとマーガレットを見る。
「……ありがとうございます。」
「別に貴方を助けた訳ではありませんわ。騒がしかっただけですもの。」
「そうですね。」
あっさり返すブラストだったが、その目は少しだけ柔らかかった。
(……あれ?あれあれ?)
私はふと違和感を覚える。マーガレットは距離を取っている。けれど、ブラスト側は違う。
(テオドア……。)
その時、テオドアの読んでいた本から何かが覗いた。古びた月桂樹の葉の栞。
(……月桂樹?)
ブラスト家の家紋にも、月桂樹は一部用いられている。だから、その時は“家紋に関係するものかな”程度にしか思わなかった。
テオドアは気付かれた事に気付いたのか、本を閉じて栞を隠す。
(……?)
でも、どこか大事そうだった。
改めて二人を見比べる。
扇子を持つ公爵令嬢マーガレット・ハーデン。気怠げな年下美少年テオドア・ブラスト。未来では夫婦になる二人だけれど、今の時点では到底そんな風には見えない。
(完全におね×ショタな身分違いの組み合わせだ……。)
その時、教室前方の扉が開いた。
入って来た教師らしき人物を見て、私は思わず固まる。そこにいたのは、ラウルモンドの養父になるはずのドレアス教授だ。
以前と比べ、神経質そうな鋭い目付きに近寄り難い空気。前世ゲーム【恋蜜】では、王立学園教師だったのはラウルモンドだ。ドレアス教授は学園へ関わる立場ではなかったのに……。嫌な予感がする。
ラウルモンドのルートを変えたから?本来なら養父となるはずだったドレアス教授が、王立学園教師になったの?
(バタフライエフェクト怖い……。)
向こうも私の姿に気がついたようだ。鋭い目つきでこちらを見た。
以前、ラウルモンド絡みでかなり気まずい空気になった記憶が蘇る。
(腹いせで、赤点にしないわよね……)
ドレアス教授は淡々と口を開いた。
「この後、学園中央セレモニーホールで入学式が行われる。生徒は直ちに移動しなさい。」
私は指示通り、席を立った。教室を出るまで、ドレアス教授の視線を感じながら……。
廊下を歩いていた時、ちょうど隣のクラスから出てきた生徒とぶつかった。背丈からぶつかったのは女生徒だと思ったが、着ていた制服はブレザーだった。床に尻餅をついた生徒に手を差し出す。
「大丈夫?怪我はない?」
その時、違和感を感じた。転んだ拍子に崩れた座り方が、妙に“女の子らしかった”。前世で、男性には難しい座り方だと読んだ記憶があった。
とりあえず、怪我の確認をしようとした時、制服のズボンに滲んだ赤い染みが目に入る。女性ならすぐ気付くものだった。
(この子、女の子だ……。)
私は制服のブレザーを脱ぎ、その子の腰に巻き、医務室に連れて行くことにした。入学式に参加しているのか養護教諭は不在だった。
学校の保健室って替えの下着が置いてあるはず……私が下着を探しているとその子が話しかけてきた。
「どうして、何も聞かないんですか?」
(女性なのに男子の制服を着てることを言ってるのかしら……。)
“普通はこう”という決めつけが、その人の選択肢を奪う事もある。前世でもそれで職場で衝突した経験があるからこそ、男性制服くらいで詮索したくなかった。
「やっぱり、お気づきなのですね……。」
(まぁ、この状況なら身体的特徴が女性って……)
「私がルナエクリプスのメンバーだって。」
「?!」
(いや、そっち!?)
私はあまりの衝撃で言葉を失った。
(私のシリアスな時間を返して。)
マーガレット&テオドア初登場回でした!
現在、おね×ショタな二人ですが、約20年後の【恋蜜】では、美魔女公爵夫人×イケオジ宰相になります。
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