第49話 王太子とその彼女は絆をご所望です
春の訪れと共に、王立学園の入学式の日がやって来た。
王都へ続く街道には、真新しい制服へ袖を通した学生達の姿が見える。貴族達の馬車も次々と王都へ向かっていた。
王都の隣に位置するルフェラン領出身の私は、寮ではなく自宅通学を選んでいる。
(まあ、毎日通える距離って便利。)
そう思いながら屋敷の前へ出た、その時だった。
見慣れた王家の紋章入りの馬車が、当然のように停まっていた。
(……嫌な予感。)
扉が開く。
中から現れたのは、王立学園の制服に身を包んだアイゼン王太子だった。
長い脚で馬車から降り立つ姿は、朝日まで味方につけたみたいに無駄に絵になる。
「おはようございます、殿下。」
「おはよう、エリカ。」
(なに、この無駄なさわやかさ……。)
アイゼン王太子は当然のように手を差し出す。
「婚約者と一緒に登校するのは当然だろう。」
「……はい?」
本気で意味が分からなかった。
「いつ婚約しました?プロポーズもされてません。」
私は即答した。
すると、アイゼン王太子の眉がぴくりと動く。
「くっ、また弄んだのか!?桜餅の次はさくら大根で……。」
「人聞きの悪いことを言わないでください!」
何故この人は恋愛関係だけ、急に被害者みたいな顔をするのだろう。
「……じゃあ、恋人はどうですか?」
私が提案すると、アイゼン王太子は腕を組み、露骨に不満そうな顔をした。
「桜餅とさくら大根を食べた仲なのに……納得いかん。」
(勝手に意味深な食べ物にしないで。)
すると、アイゼン王太子は少し考えるように目を細める。
「……“アイゼン”と呼ぶなら、恋人で我慢してやろう。」
「どこから目線なんですか。」
「これでも譲歩している。」
「……すごく偉そう。」
「実際、偉いんだ。」
私が呆れると、アイゼン王太子は小さく鼻を鳴らした。
「そもそも、君はいつまで“殿下”呼びなんだ。」
「だって王太子ですし。」
「こういう時だけ王太子か。」
そんな不毛なやり取りをしていると、周囲の学生達がざわつき始めた。
「えっ……。」
「アイゼン王太子?」
「隣ってルフェラン侯爵令嬢!?」
「婚約者って本当だったの!?」
(あぁぁぁ、目立ってる……!)
だが、アイゼン王太子はどこ吹く風だった。むしろ少し機嫌が良さそうですらある。
「行くぞ、エリカ。」
いつものように差し出された手。私は少しだけ迷ったが――結局、その手を取った。
春風が吹く。王立学園。前世では乙女ゲーム『人の恋は蜜の味』の舞台だった場所。けれど今は、私自身が歩く現実だった。
(……平和な学園生活が送れますように。)
王立学園の正門を抜けると、すでに大勢の新入生達が中央掲示板の前へ集まっていた。
「どのクラス?」
「私はBクラス!」
「うそ、別々だ……!」
悲鳴と歓声が入り混じる。
(あぁ、学生っぽい……。)
前世でも、こういう光景は見たことがあった気がする。私は人混みを避けながら掲示板へ近付いた。
「ええと……。」
ルフェラン、ルフェラン――。
「あ、あった。」
一年Aクラス。そこに私の名前が書かれていた。
すると隣で、アイゼン王太子が静かに呟く。
「……Aクラス?」
妙に低い声だった。
視線を向けると、アイゼン王太子の名前は一年Sクラス――王族・上級貴族の留学生・特待生専用の特別クラスに記載されている。
「クラス、別ですね。」
私がそう言った瞬間だった。
「あの学園長……。」
アイゼン王太子が、にこやかに笑った。
だが、目が笑っていない。
「圧が足りなかったようだな。」
「やめてください。」
私は即座に止めた。
「普通、同じクラスにするだろう?」
「そういうの職権乱用ですよ。」
学園長が胃を痛める姿が容易に想像出来る。
「君と別クラスなど、監視出来ないじゃないか!」
「何を監視するんですか?」
「第二のセシル・バーンドだ!」
「第二!?セシル様に第一も第二もありません。」
私は思わず声を上げた。
周囲の学生達が、ぎょっとした様子でこちらを見る。アイゼン王太子はまるで気にしていない。
「油断すると、君はすぐ距離が近くなる。」
「そんなことありません。」
「香道。」「桜餅。」「次は何だ?」
だが、アイゼン王太子は本気で不満そうだった。
私は小さくため息を吐く。
「……お昼、一緒に食べましょう。」
「……。」
ピタリ、とアイゼン王太子が止まった。
「ね、アイゼン。」
私がそう呼ぶと、アイゼン王太子の目がわずかに見開かれる。
「昼食くらいなら、一緒に食べられますよね?」
「……仕方ないな。」
そう言いながら、口元が完全に緩んでいた。
(分かりやすい……。)
さっきまで不穏な空気を出していたのに、今は大型犬みたいに機嫌が良い。絶対、今心の中でしっぽ振ってる。
「では、昼休みになったら迎えに行こう。」
「はいはい。」
私は苦笑しながら頷いた。
アイゼン王太子と別れた足で、もう一度掲示板に向かう。生徒手帳に挟まれたメモを見ながら名前を探す。
一人目、マーガレット・ハーデン。
二人目、テオドア・ブラスト。
三人目、ガブリエル・ランドン。
四人目、パメラ・ウラノス。
この四人は、前世シナリオライターだったトモエだからこそ知る【恋蜜】の関係者の親になる人物だ。
そして同時に――。アイゼンと気持ちが通じ合った今だからだろうか。ふと、“その先”を想像してしまった。
(もし、私とアイゼンの間に双子が生まれたら。)
未来で、私達の子供の婚約者候補達の親になるかもしれない人達でもある。
そう考えた瞬間、急に変な緊張が湧いてきた。
(いや、始まったばかりの状態なのに何考えてるの私!?)
私は慌てて頭を振る。
でも――。
アイゼン王太子と気持ちが通じ合った今なら、少しだけ思う。
【恋蜜】では、彼らは皆、娘の親として断罪劇へ関わる立場だった。けれど今は、まだ何も始まっていない。
(……まずは、友達から。)
友情を育んで。絆を深めて。冗談も本音も言い合える仲になる。
もし未来がゲーム通りになってしまったら――その時は全力で土下座して許してもらおう。
私は小さく息を吐きながら、Aクラスの扉へ向かった。
まずは、双子の兄ルーカスの婚約者エアリス・ハーデン。彼女の両親は、マーガレット・ハーデンとテオドア・ブラストだ。
二人の名前は……あった。同じAクラスだ。
マーガレットは公爵令嬢。テオドアは騎士爵子息。騎士爵は一代限りの爵位。そんなテオドアがハーデン公爵家の入婿になれたのは政治的才能が秀でていたから。物語の中でもテオドアはフォレスト国の宰相だった。
次は、双子の弟アンソニーの婚約者フローラ・ランドン。彼女の両親はあのランドン商会の後継者でガブリエル・ランドンとパメラ・ウラノス。ガブリエルはBクラスに名前があった。
しかし、パメラは何度探しても見当たらなかった。
まるで――最初から、この学園に存在していないみたいに。




