第48話 ようやく見つけたスリーティアーズの答え
ブリーズ王国から発つ日。
私は、以前からセシル様へお願いしていた物を受け取っていた。
「本当にこれで良いのですか?」
セシル様が、少し不思議そうに小瓶を見る。
「はい。どうしても欲しくて。」
瓶の中に入っているのは、梅干しを漬けた際に出来る梅酢だった。赤紫蘇の色が移った鮮やかな紅色。ほんのりと塩と梅の香りがする。
「変わった物がお好きですね。」
「ふふ、使いたい物があるんです。」
その時は、まだ上手く説明出来なかった。
◇
フォレスト国へ戻った日。
私は厨房へ籠もっていた。
「エリカ様、本当に大丈夫ですか?」
「大丈夫。あと少しだから。」
まな板の上に並ぶ白い大根。それを薄く切り、塩を振る。そこへ、ブリーズ王国から持ち帰った梅酢を注ぐ。じわり、と大根が淡い桜色へ変わっていく。
(……綺麗。)
まるで春みたいな色だった。
私は静かに息を吐く。
延期になっていた、アイゼン王太子とのお茶会。そのために用意したかったもの。
スリーティアーズ――。最後の一段。
綺麗な飾り細工のケーキも考えた。王宮のお茶会らしい、華やかな焼き菓子。宝石みたいな砂糖菓子。きっと、普通ならそういう物を三段目に置くべきなのだろう。
でも、違う気がした。始まりは、風変わりだった。少し強引に決められたからこそ、戸惑いも迷いがあった。けれど――、ブリーズ王国で見えたものは、綺麗に飾った姿ばかりではなかった。
私は、薄く桜色に染まった大根を見つめる。
さくら大根。
庶民的な駄菓子。けれど、ほんのり甘酸っぱくて、少し塩気があって、お茶にも合う。
……そして、何より春らしい。
あんなに桜へ執着していた人だから。思い浮かんだのは、これだった。
私は小さく笑う。
王太子として微笑むアイゼン殿下は、完璧だ。 けれど、その仮面が外れると――子供っぽい。
桜餅を独占したがったり。嫉妬で暴走したり。でも、私の事に真剣になったり……。
そんな姿を知ってしまった今では、綺麗なケーキより、こっちの方が似合うと思った。
「……うん。」
私はそっと、さくら大根で作った薔薇の花飾りを三段目へ置く。スリーティアーズの最後の一段が決まった。
ブリーズ王国から戻ってから数日後。延期になっていたお茶会の日がやって来た。
(アイゼン王太子、どんな反応するかしら。)
私は少しだけ緊張しながら、完成したスリーティアーズを見る。
一段目――。梅を細かく刻み、混ぜ込んだおにぎり。
二段目――。桜の花の塩漬けをアクセントに入れたあんパン。
そして――三段目。
薔薇のように飾り付けた駄菓子さくら大根。
今日は紅茶ではなく、緑茶。春らしく、優しい香りが部屋へ広がっている。
そこへ、アイゼン王太子がやって来た。
だが席へ着く前に、キョロキョロと周囲を見回し始める。
「何しているのですか?」
「セシル・バーンドがいないか確認している。」
(まだ根に持ってるんだ……。)
「今日はいません!」
私は呆れながら席へ促した。
◇
「これが君の思うスリーティアーズの完成形か。」
アイゼン王太子は、まず一段目のおにぎりへ手を伸ばした。
「梅干しを刻んで混ぜ込んでいます。」
一口食べた瞬間、アイゼン王太子が僅かに目を細める。
「……酸味がほのかに効いていて、米の甘さが引き立つ。」
もう一口。
「いくらでも食べられそうだ。」
(気に入ったみたい。)
私はほっと胸を撫で下ろす。
続いて、二段目のあんパン。
――ふわりと桜の香りが広がる。
「途中から桜餅のような香りが鼻に抜けるな。」
アイゼン王太子は感心したように言った。
「あんパンは、こういう食べ方もあるのか?」
「桜の塩漬けを混ぜてみました。」
「悪くない。」
そして――。
最後、三段目。一番上の段へ視線が向く。
「……これは生ハムか?」
「違います。大根です。梅酢で漬けているんですよ。」
薄い花びらのような桃色。薔薇のように重ねたさくら大根を、アイゼン王太子は不思議そうに見つめた。
「色合いも美しい。」
一枚、口へ運ぶ。しゃくり、と柔らかな音。
「ん? 野菜とは違う、柔らかな歯ごたえだな。」
続けて二枚目を口に運ぶ。
「梅の酸味と甘さと塩気が混ざっている。」
三枚目。
「……これだけ食べてしまいそうだ。」
(めちゃくちゃ気に入ってる。)
私は思わず笑ってしまう。
そんな私を見て、アイゼン王太子が怪訝そうに眉を寄せた。
「何だ?」
「いえ。気に入って頂けたみたいで。」
私は、さくら大根を見る。
「これは、私が知っている遠い遠い国で――子供向けに作られた、庶民のお菓子なんです。」
一瞬、アイゼン王太子の表情が止まった。
「……子供向け?」
「はい。」
私は小さく笑う。
「白砂糖を使った高級な上菓子も綺麗ですけど、私はこういう駄菓子も好きなんです。」
静かな空気が流れる。
アイゼン王太子は、ゆっくりとさくら大根へ視線を落とした。
王宮のお茶会では決して見ることのない組み合わせ。だが、エリカが選んだのは――庶民の駄菓子だった。
「……殿下って、仮面が外れると案外子供っぽいところありますし。」
「……誰のせいだ。」
「桜餅を独占しようとしたり。」
「それは、当然だ。」
「嫉妬で暴走したり。」
「…………。」
「今日もセシル様がいるか確認したり。」
「あいつはいきなり現れる。警戒は必要だ。」
私は堪えきれず吹き出した。
すると、アイゼン王太子は小さく息を吐く。
「……君は。」
「はい?」
「本当に、人の仮面を剥がすのが上手いな……。」
その声だけが静かに響いた。
責めるようで。でも、どこか安心したような声音だった。
王太子ではなく、完璧な人間でもなく、ただのアイゼンとして見られている。その感覚が、嫌ではなかった。
アイゼン王太子は、もう一枚さくら大根を口へ運ぶ。
「……悪くない。」
その言葉に、私は嬉しくなった。
ようやく。私達のスリーティアーズが完成した気がした。
「実は、これ全部ブリーズ王国に関係する物が入っているんです。」
私はスリーティアーズを指差す。
「このおにぎりには、以前セシル様から頂いた梅干しを使っています。」
ピクリ、とアイゼン王太子の眉が動いた。
「そして、あんパンには――以前、王女殿下とセシル様にお出しした桜の花の塩漬けを。」
段々と空気が重くなる。
「この、さくら大根も。セシル様から譲って頂いた梅酢が――」
「もうセシル・バーンドの話はいい。」
アイゼン王太子が遮った。
「あの男の名前は聞きたくない!」
不機嫌そうに視線を逸らし、完全に拗ねていた。私は思わず吹き出す。
「ふふっ。」
「何だ?」
「ほら、そういうところです。」
「……。」
「子供っぽい。」
悪戯っぽく笑うエリカ。
アイゼン王太子は反論しようとして――言葉に詰まった。
「でも……。」
エリカは、そっとさくら大根を摘まむ。
「そういうところも、好きです。」
空気が止まった。
アイゼン王太子の目が、大きく見開かれる。
だがエリカは気付かないまま、さくら大根を口へ運ぶ。
「……待て。」
「はい?」
「スリーティアーズは下から食べるものだろう。」
真面目な顔で言うアイゼン王太子。
だがエリカは、くすっと笑った。
「いいじゃないですか。」
春色のスリーティアーズ。緑茶の湯気。窓から差し込む柔らかな陽射し。ここにいるのは、王太子と侯爵令嬢ではなく、アイゼンとエリカだ。
「二人の時くらい、私達らしくいましょう。」
完璧な作法じゃなくていい。正しい順番じゃなくていい。
遠回りで、不格好で、順番だってめちゃくちゃで……でも、一緒にいると楽しい。
そんな時間が、今は愛おしかった。
「……。」
アイゼン王太子は何も言わなかった。
ただ、静かに緑茶へ口をつける。
けれど――耳だけが、少し赤い。
(……照れてる。)
私は気付かないふりをして、さくら大根をもう一枚口へ運んだ。
しゃくり、と小さな音が響く。
「……エリカ。」
「はい?」
アイゼン王太子は視線を逸らしたまま、小さく呟く。
「その……好きというのは。」
「?」
「……いや、何でもない。」
緑茶を飲んで誤魔化した。
(絶対、何か言いかけた。)
春の気配がもうそこまできている。
今は、このくらいの距離が丁度いい。
湯呑みの中では、桜の花が静かに開いていた。
【あとがき】
第一部完結となります。
ここまでお読み頂き、ありがとうございました。次回から王立学園編がスタートします。
気付けば、おにぎりから始まったスリーティアーズも完成しました。
三段に込めた意味を「なるほど」と思って頂けたなら嬉しいです。
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