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ママじゃない~攻略対象の母に転生したので、破滅エンドを潰します~  作者: めそこここ
恋蜜《こいみつ》は乙女ゲームより奇なり

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第48話 ようやく見つけたスリーティアーズの答え

 ブリーズ王国から発つ日。

 私は、以前からセシル様へお願いしていた物を受け取っていた。


「本当にこれで良いのですか?」


 セシル様が、少し不思議そうに小瓶を見る。


「はい。どうしても欲しくて。」


 瓶の中に入っているのは、梅干しを漬けた際に出来る梅酢だった。赤紫蘇の色が移った鮮やかな紅色。ほんのりと塩と梅の香りがする。


「変わった物がお好きですね。」


「ふふ、使いたい物があるんです。」


 その時は、まだ上手く説明出来なかった。



 フォレスト国へ戻った日。

 私は厨房へ籠もっていた。


「エリカ様、本当に大丈夫ですか?」


「大丈夫。あと少しだから。」


 まな板の上に並ぶ白い大根。それを薄く切り、塩を振る。そこへ、ブリーズ王国から持ち帰った梅酢を注ぐ。じわり、と大根が淡い桜色へ変わっていく。


(……綺麗。)


 まるで春みたいな色だった。

 私は静かに息を吐く。

 延期になっていた、アイゼン王太子とのお茶会。そのために用意したかったもの。

 スリーティアーズ――。最後の一段。


 綺麗な飾り細工のケーキも考えた。王宮のお茶会らしい、華やかな焼き菓子。宝石みたいな砂糖菓子。きっと、普通ならそういう物を三段目に置くべきなのだろう。

 でも、違う気がした。始まりは、風変わりだった。少し強引に決められたからこそ、戸惑いも迷いがあった。けれど――、ブリーズ王国で見えたものは、綺麗に飾った姿ばかりではなかった。


 私は、薄く桜色に染まった大根を見つめる。

 さくら大根。

 庶民的な駄菓子。けれど、ほんのり甘酸っぱくて、少し塩気があって、お茶にも合う。

 ……そして、何より春らしい。

 あんなに桜へ執着していた人だから。思い浮かんだのは、これだった。


 私は小さく笑う。


 王太子として微笑むアイゼン殿下は、完璧だ。 けれど、その仮面が外れると――子供っぽい。

 桜餅を独占したがったり。嫉妬で暴走したり。でも、私の事に真剣になったり……。

 そんな姿を知ってしまった今では、綺麗なケーキより、こっちの方が似合うと思った。


「……うん。」


 私はそっと、さくら大根で作った薔薇の花飾りを三段目へ置く。スリーティアーズの最後の一段が決まった。


 ブリーズ王国から戻ってから数日後。延期になっていたお茶会の日がやって来た。


(アイゼン王太子、どんな反応するかしら。)


 私は少しだけ緊張しながら、完成したスリーティアーズを見る。


 一段目――。梅を細かく刻み、混ぜ込んだおにぎり。

 二段目――。桜の花の塩漬けをアクセントに入れたあんパン。

 そして――三段目。

 薔薇のように飾り付けた駄菓子さくら大根。


 今日は紅茶ではなく、緑茶。春らしく、優しい香りが部屋へ広がっている。

 そこへ、アイゼン王太子がやって来た。

 だが席へ着く前に、キョロキョロと周囲を見回し始める。


「何しているのですか?」


「セシル・バーンドがいないか確認している。」


(まだ根に持ってるんだ……。)


「今日はいません!」


 私は呆れながら席へ促した。



「これが君の思うスリーティアーズの完成形か。」


 アイゼン王太子は、まず一段目のおにぎりへ手を伸ばした。


「梅干しを刻んで混ぜ込んでいます。」


 一口食べた瞬間、アイゼン王太子が僅かに目を細める。


「……酸味がほのかに効いていて、米の甘さが引き立つ。」


 もう一口。


「いくらでも食べられそうだ。」


(気に入ったみたい。)


 私はほっと胸を撫で下ろす。


 続いて、二段目のあんパン。

 ――ふわりと桜の香りが広がる。


「途中から桜餅のような香りが鼻に抜けるな。」


 アイゼン王太子は感心したように言った。


「あんパンは、こういう食べ方もあるのか?」


「桜の塩漬けを混ぜてみました。」


「悪くない。」


 そして――。

 最後、三段目。一番上の段へ視線が向く。


「……これは生ハムか?」


「違います。大根です。梅酢で漬けているんですよ。」


 薄い花びらのような桃色。薔薇のように重ねたさくら大根を、アイゼン王太子は不思議そうに見つめた。


「色合いも美しい。」


 一枚、口へ運ぶ。しゃくり、と柔らかな音。


「ん? 野菜とは違う、柔らかな歯ごたえだな。」


 続けて二枚目を口に運ぶ。


「梅の酸味と甘さと塩気が混ざっている。」


 三枚目。


「……これだけ食べてしまいそうだ。」


(めちゃくちゃ気に入ってる。)


 私は思わず笑ってしまう。

 そんな私を見て、アイゼン王太子が怪訝そうに眉を寄せた。


「何だ?」


「いえ。気に入って頂けたみたいで。」


 私は、さくら大根を見る。


「これは、私が知っている遠い遠い国で――子供向けに作られた、庶民のお菓子なんです。」


 一瞬、アイゼン王太子の表情が止まった。


「……子供向け?」


「はい。」


 私は小さく笑う。


「白砂糖を使った高級な上菓子も綺麗ですけど、私はこういう駄菓子も好きなんです。」


 静かな空気が流れる。

 アイゼン王太子は、ゆっくりとさくら大根へ視線を落とした。

 王宮のお茶会では決して見ることのない組み合わせ。だが、エリカが選んだのは――庶民の駄菓子だった。


「……殿下って、仮面が外れると案外子供っぽいところありますし。」


「……誰のせいだ。」


「桜餅を独占しようとしたり。」


「それは、当然だ。」


「嫉妬で暴走したり。」


「…………。」


「今日もセシル様がいるか確認したり。」


「あいつはいきなり現れる。警戒は必要だ。」


 私は堪えきれず吹き出した。

 すると、アイゼン王太子は小さく息を吐く。


「……君は。」


「はい?」


「本当に、人の仮面を剥がすのが上手いな……。」


 その声だけが静かに響いた。

 責めるようで。でも、どこか安心したような声音だった。

 王太子ではなく、完璧な人間でもなく、ただのアイゼンとして見られている。その感覚が、嫌ではなかった。


 アイゼン王太子は、もう一枚さくら大根を口へ運ぶ。


「……悪くない。」


 その言葉に、私は嬉しくなった。

 ようやく。私達のスリーティアーズが完成した気がした。


「実は、これ全部ブリーズ王国に関係する物が入っているんです。」


 私はスリーティアーズを指差す。


「このおにぎりには、以前セシル様から頂いた梅干しを使っています。」


 ピクリ、とアイゼン王太子の眉が動いた。


「そして、あんパンには――以前、王女殿下とセシル様にお出しした桜の花の塩漬けを。」


 段々と空気が重くなる。


「この、さくら大根も。セシル様から譲って頂いた梅酢が――」


「もうセシル・バーンドの話はいい。」


 アイゼン王太子が遮った。


「あの男の名前は聞きたくない!」


 不機嫌そうに視線を逸らし、完全に拗ねていた。私は思わず吹き出す。


「ふふっ。」


「何だ?」


「ほら、そういうところです。」


「……。」


「子供っぽい。」


 悪戯っぽく笑うエリカ。

 アイゼン王太子は反論しようとして――言葉に詰まった。


「でも……。」


 エリカは、そっとさくら大根を摘まむ。


「そういうところも、好きです。」


 空気が止まった。

 アイゼン王太子の目が、大きく見開かれる。

 だがエリカは気付かないまま、さくら大根を口へ運ぶ。


「……待て。」


「はい?」


「スリーティアーズは下から食べるものだろう。」


 真面目な顔で言うアイゼン王太子。

 だがエリカは、くすっと笑った。


「いいじゃないですか。」


 春色のスリーティアーズ。緑茶の湯気。窓から差し込む柔らかな陽射し。ここにいるのは、王太子と侯爵令嬢ではなく、アイゼンとエリカだ。

 

「二人の時くらい、私達らしくいましょう。」


 完璧な作法じゃなくていい。正しい順番じゃなくていい。

 遠回りで、不格好で、順番だってめちゃくちゃで……でも、一緒にいると楽しい。

 そんな時間が、今は愛おしかった。


「……。」


 アイゼン王太子は何も言わなかった。

 ただ、静かに緑茶へ口をつける。

 けれど――耳だけが、少し赤い。


(……照れてる。)


 私は気付かないふりをして、さくら大根をもう一枚口へ運んだ。

 しゃくり、と小さな音が響く。


「……エリカ。」


「はい?」


 アイゼン王太子は視線を逸らしたまま、小さく呟く。


「その……好きというのは。」


「?」


「……いや、何でもない。」


 緑茶を飲んで誤魔化した。


(絶対、何か言いかけた。)


 春の気配がもうそこまできている。


 今は、このくらいの距離が丁度いい。


 湯呑みの中では、桜の花が静かに開いていた。

【あとがき】


 第一部完結となります。

 ここまでお読み頂き、ありがとうございました。次回から王立学園編がスタートします。

 気付けば、おにぎりから始まったスリーティアーズも完成しました。

 三段に込めた意味を「なるほど」と思って頂けたなら嬉しいです。


 もし「王立学園編も気になる」と思って頂けましたら、ブックマークや評価で応援して頂けると励みになります。

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