第6話 次期当主としての課題
前世で【恋蜜】のシナリオライターだったトモエは、落ち着いた声で話し始めた。
ゲームでは公開されなかった設定や、制作者である広岡巴の頭の中だけに存在していた細かな世界設定まで、この世界には反映されているという。
設定の中には、ルフェラン領に関しても細かな設定があった。ルフェラン領は王都を囲むように隣接している為、この国で最も栄えている領であり納税額も一番多い。
ルフェラン領には出稼ぎ目的で来ている国民が多く、居住地を持たない平民もいる。そのような状況で子供を育てていくのは難しく、片親の場合は生計を維持する事すら出来ない。
結果、路上生活する子供や教会に置き去りにされる子供が後を絶たない。
しかし、この世界は福祉の発展が乏しく、福祉事業は課題にすら上がっていない。医療に関しては、貴族のコンシェルジュドクター以外にこの国には医療職は存在しない。
これは物語に関係しているらしい。
【恋蜜】の主人公は男爵家令嬢にも関わらず身分に関係なく自由に振る舞う。
これが許されるのは主人公がスタール男爵家の娘だからだった。スタール男爵家は代々医師家系で王家のお抱え医師という役職もあった。
貴族は地位や名誉を重んじる者が多いが、怪我や病を患った時に自分や家族の命を天秤にかけたら、男爵令嬢の振る舞いなど大した事がない。
両親が主人公を諭すことが出来れば良かったが、母親は主人公の幼い頃に自ら命を絶っており、父親はその出来事をきっかけに娘を避けるようになる。
主人公の両親の結婚は親同士が決めたものだった。
主人公の祖父である医師のスタール男爵は、現王妃の毒殺未遂事件が起きた際に治療を担当した。現王妃の危篤状態が続く中、医師であるスタール男爵自身も命を狙われた。
王室はスタール男爵が治療に専念できるよう護衛をつける。それがトモエの父親だった。
雇われ医師とその護衛という関係から、二人は酒を酌み交わす仲になり、お互いの子供の歳が近いこともあり王妃の容体が安定したら子供達を許婚にしようと話していた。
しかし、スタール男爵が襲撃にあった際、身を挺して守ったトモエの父親は亡くなる。命がけで自分を守ってくれた恩と友人との約束を果たすためにスタール男爵は遺族を探す。
(ゲームの世界にも、こんな話があったんだ)
彼の妻はすでに亡くなっており、孤児となった娘は行方不明。
スタール男爵は国内の孤児院を回り、ようやく娘を見つけ、自分の息子であるブラッド・スタールの婚約者として迎えた。
スタール男爵は主人公の母親を自分の娘のように大事にした。だからこそ、ショックも大きかったのだろう……。
主人公の母親が死ぬ間際に放った恨み言は――。
トモエはそこで口をつぐんだ。私も、それ以上は聞けなかった。
祖父は成長する主人公に彼女の母親の面影を見て、間違った事でも強く物を言えず、主人公の人格形成に影響する。
この隠れた設定こそ、この世界で医療が発展しない理由だとトモエは言う。
ゲームをプレイしていた時は、ただの背景設定だと思っていた。でも、今の私には現実にある痛みとして聞こえた。
病気で亡くなるターニャの未来を思うと、胸が締め付けられた。
(病気に立ち向かうには、私一人では何もできない。でも、誰かと繋げることはできるはず……)
医療に関してどうにかしたいのだが――。
それよりまず目先の問題は、この孤児院だ。
マリアの設定の中で、売春酒場で歌っていたのは孤児院に仕送りの為だった。
現在の孤児院も困窮している状態で、食事も満足に食べられない子供達は痩せているし、トモエの小柄な体つきを見ても、栄養不足は明らかだった。
シスターに話を聞くと、お父様が領主として聖マグノリア教会へ援助している内容を教えてくれた。
シスターが見せてくれた帳簿は、前世の決算報告書によく似ていた。
収支は毎年赤字。理由は単純で、路上生活者の増加に伴い、入所する子供の数が見積もりを毎年上回るからだ。
孤児院では退所年齢を十五歳としており、申請する際は退所時期も計算し予算編成をしている。
帳簿を閉じて部屋を見渡すと、壁の漆喰が剥がれたままになっていた。修繕費も出せないのだろう。
きっと、前世を思い出す前のエリカ・ルフェランも何かを感じ、この教会を助けたいと思ったのだろう。
しかし、それでは一時的な救済にしかならない。
今、この教会に必要なのは継続的支援とルフェラン領から支給される寄付以外の収入だ。
「エリカお嬢様、こちらにいらっしゃったんですか?」
護衛の騎士が少し慌てた様子で私の方に駆け寄ってきた。すっかり、護衛騎士の事を忘れていた。
「あ、そうだ。今、購入したパンと日持ちする焼き菓子を孤児院に全て差し入れにしてくださる?」
せっかく、荷馬車に荷物を詰めたところで騎士の皆様には申し訳ないが、とりあえず今日くらいは子供達をお腹いっぱい食べさせてあげたい。
「かしこまりました」
嫌そうな顔をするどころか、騎士達は素早く馬車より荷物を取りに行ってくれた。
荷袋を抱えた騎士達の周りに子供達が集まる。
「パンのにおいがする!」
「久しぶりのパンだ!」
「甘いにおいもするよ!」
騎士の中には喜ぶ子供の姿に涙ぐむ者もいた。
(この人達も、助けたいと思っていたんだ)
立場も職業も違っても、子供の笑顔に動かされる気持ちは同じだ。
ルフェラン領主の娘として生を受けた以上、領民が幸せな生活を送れるよう努力しなければいけない。
子供達のはしゃぐ姿を見ながら、ふと思った。
誰の顔色も窺わずに出来たなら、何をしてあげたかったのか。
その答えが、今ここにある。
――この領を、子供たちが笑顔で育つ場所にすると。




