次期当主としての課題
主人公の母親であるトモエは、前世が【恋蜜】のシナリオライターという事もあり、ゲームでは非公開な設定や制作者である広岡巴の頭の中だけで描かれていた細かな内容まで、この世界に反映されている事を教えてくれた。
設定の中には、ルフェラン領に関しても細かな設定があった。ルフェラン領は王都を囲むように隣接している為、この国で最も栄えている領であり納税額も一番多い。ルフェラン領には出稼ぎ目的で来ている国民が多く、居住地を持たない平民もいる。そのような状況で子供を育てていくのは難しく、片親の場合は生計を維持する事すら出来ない。結果、路上生活する子供や教会に置き去りにされる子供が後を絶たない。しかし、この世界は福祉の発展が乏しく、福祉事業は課題にすら上がっていない。医療に関しては、貴族のコンシェルジュドクター以外にこの国には医療職は存在しない。これは物語に関係しているらしい。
【恋蜜】の主人公は男爵家令嬢にも関わらず身分に関係なく自由に振る舞う。これが許されるのは主人公がスタール男爵家の娘だからだった。スタール男爵家は代々医師家系で王家のお抱え医師という役職もあった。貴族は地位や名誉を重んじる者が多いが、怪我や病を患った時に自分や家族の命を天秤にかけたら、男爵令嬢の振る舞いなど大した事がない。両親が主人公を諭すことが出来れば良かったが、母親は主人公の幼い頃に自ら命を絶っており、父親はその出来事をきっかけに娘を避けるようになる。主人公の両親の結婚は親同士が決めたものだった。主人公の祖父である医師のスタール男爵は、現王妃の毒殺未遂事件が起きた際に治療を担当した。現王妃の危篤状態が続く中、医師であるスタール男爵自身も命を狙われた。王室はスタール男爵が治療に専念できるよう護衛をつける。それがトモエの父親だった。雇われ医師とその護衛という関係から、二人は酒を酌み交わす仲になり、お互いの子供の歳が近いこともあり王妃が寛解したら子供達を許婚にしようと話していた。しかし、スタール男爵が襲撃にあった際、身を挺して守ったトモエの父親は亡くなる。命がけで自分を守ってくれた恩と友人との約束を果たすためにスタール男爵は遺族を探す。彼の妻はすでに亡くなっており、孤児となった娘は行方不明。スタール男爵は国内の孤児院を回り、ようやく娘を見つけ、自分の息子であるブラッド・スタールの婚約者として迎えた。スタール男爵は主人公の母親を自分の娘のように大事にした。だからこそ、主人公の母親が死ぬ間際、放った男爵家に対する恨み言はショックな出来事だった。祖父は成長する主人公に彼女の母親の面影を見て、間違った事でも強く物を言えず、主人公の人格形成に影響する。この隠れた設定が医療が発展していない理由だとトモエは言う。
病気で亡くなるターニャの事を考えると医療に関してどうにかしたいのだが、それよりまず目先の問題はこの孤児院だ。マリアの設定の中で、売春酒場で歌っていたのは孤児院に仕送りの為だった。現在の孤児院も困窮している状態で、食事も満足に食べれない子供達は痩せているし、トモエを見ても成長障害もみられる。シスターに話を聞くと、お父様が領主として聖マグノリア教会へ援助している内容を教えてくれた。前世の決算報告書のように1年の収支内容を領主に報告し、内容を吟味した上で翌年の予算が割り当てられているシステムらしい。孤児院の運営費・教会の修繕費も申請に応じて支給される。孤児院では退所年齢を15歳としており、申請する際は退所時期も計算し予算編成するのが、新たに入所する子供の数に対して予想がつかないので概算で見積もりになる。近年のルフェラン領の路上生活者の増加に伴い、見積もりで出した数字以上になる事が多く、教会は毎年赤字状況。
教会の様子や子供達の姿を見る限り、経費削減を可能な限り行っても追いつかない状況なのだろう。きっと、前世を思い出す前のエリカ・ルフェランも何かを感じ、この教会を助けたいと思った行動が自分の所有物を譲る事だったのだろう。貴族の少女らしい発想だ。しかし、それでは一時的な救済にしかならない。今、この教会に必要なのは継続的支援とルフェラン領から支給される寄付以外の収入だ。
「エリカお嬢様、こちらにいらっしゃったんですか?」
護衛の騎士が少し慌てた様子で私の方に駆け寄ってきた。すっかり、護衛騎士の事を忘れていた。
「あ、そうだ。今、購入したパンと日持ちする焼き菓子を孤児院に全て差し入れにしてくださる?」
せっかく、荷馬車に荷物を詰めたところで騎士の皆様には申し訳ないが、とりあえず今日くらいは子供達をお腹いっぱい食べさせてあげたい。
「かしこまりました。」
嫌そうな顔をするどころか、騎士達は素早く馬車より荷物を取りに行ってくれた。荷袋を抱えた騎士達の周りに子供達が集まる。
「パンのにおいがする!」
「久しぶりのパンだ!」
「甘いにおいもするよ!」
騎士の中には喜ぶ子供の姿に涙ぐむ者もいた。助けられるなら助けたいのは騎士達も同じ気持ちのようだった。ルフェラン領主の娘として生を受けた以上、領民の幸せな生活を送れるよう努力しなければいけない。子供達のはしゃぐ姿を見て心に誓った。




