第46話 私たちの桜餅
数日後。私は、アイゼン王太子をお茶会へ招待していた。
桜餅になぜか執着していたアイゼン王太子のために、桜餅を用意した。まだ、桜の開花までかかりそうなフォレスト国では手に入れられなかったので、お祖父様――イクシード辺境伯の知り合いに頼んでリップル王国から取り寄せた桜。リップル王国では桜の葉で包んだ蒸し料理があるようで桜の葉の塩漬けが簡単に手に入った。本当はアレも用意したかったけど、時間がかかるため、今日はセシル様から頂いた緑茶を用意した。春をテーマにしたお茶会は、いつもと違って新鮮だった。今までのお茶会って政治の話ばかりだったから、今日はもっとお互いの事が知る機会になればいいな……。
そんなことを考えながら準備をしていた時だった。
「エリカ様!」
慌てた使用人が部屋へ飛び込んでくる。
「セシル・バーンド様がお見えです!」
「……え?」
◇
応接室へ向かうと、そこにはセシル様が立っていた。
雪が溶けて濡れた美しい銀髪からも、ここまで急いで来たのが分かる。
「突然の訪問、申し訳ありません。」
セシル様は深く頭を下げた。
「本来なら事前にお伺いを立てるべきでした。ですが……少し、急を要する話で。」
いつもの穏やかなセシル様が、どこか余裕がない。
「何かあったんですか?」
私が尋ねると、セシル様は少しだけ目を伏せた。
「……ブリーズ王国で、新たな婚姻案が浮上しています。」
「婚姻案?」
「はい。」
セシル様は静かに続ける。
「“より強い友好関係のため、フォレスト王国とブリーズ王国は王族婚姻を結ぶべき”――そういう声が強くなっているのです。」
嫌な予感がした。
「まさか……。」
「はい。候補は、アイゼン王太子殿下と、ブリーズ王国王女殿下です。」
一瞬、言葉を失う。
政治的には今の両国は急速に関係を深めているからこそ、“婚姻”という形でより固い繋がりを持ちたいのだろう。
「実は、その案を推しているのは……。」
セシル様は少し言葉を詰まらせる。
「ブリーズ王国宰相の私の父です……。」
空気が重くなる。
「申し訳ありません。あんなに協力して頂いたのに、恩を仇で返すような真似をして……もちろん、私は反対しています。」
その声は、はっきりしていた。
「エリカ様と王太子殿下の関係を知っていますから。」
「セシル様……。」
するとセシル様は、一瞬だけ迷うように視線を落とした。
「……実は。」
静かな声には覚悟を感じた。
「私には想い人がいて、相手は王女殿下なのです。」
私は目を見開いた。
王立学園の桜の話をした時、懐かしそうに語っていた声が少し憂いが混じっていた。
(そういうことだったのね……。)
「王立学園の留学中、私達は国から離れたことで互いの身分を忘れ、惹かれ合っていました。」
セシル様は、胸の奥に溜め込んでいた想いを吐き出すように静かに話した。
「私達はどこかで認めてもらえると思っていたのです。だから、王立学園を卒業する時……“もう学生ではない。国のために別れろ”と父に言われた時は素直に頷けませんでした。」
セシル様の表情に胸が痛くなる。
「父親は国の宰相でも私自身は、侯爵家の次男。そんな男のところに降嫁するなんて話、誰も納得しないですよね?」
セシル様は静かに笑った。
「だから、結果を出そうと思ったんです。」
「結果……?」
「うどんも。ツーユーも。ホテルバカンスも。全部、ブリーズ王国を盛り上げるためでした。」
雪国だったブリーズ王国。厳しい寒さ、作物も少なくて冬の厳しい食糧事情、輸入に依存していた国。
そこへ、うどんを作って、コタツを広め、寒い時に温かい場所でアイスクリームを食べる文化を輸出した。
「ブリーズ王国に必要な人間だと認められれば……もう一度、機会を貰えるかもしれないと思ったんです。」
私は何も言えなかった。
「ですが、返ってきたのは今回の婚姻案でした。」
セシル様は自嘲気味に目を細めた。
「……少し、耐えきれなくなりました。」
だから、家を飛び出して来たのだろう。
前世の知識がある私とは違って、この人は自分で模索して国を変えようとした。国民が冬を乗り越えられるよう誰より働いていた。
(こういう時、どう言葉をかければいいのか分からない。)
その時だった。
ガチャッ!!勢いよく扉が開いた。
「エリカ、迎えに――」
そこまで言って、アイゼン王太子が固まる。
視線の先にはセシル様。
そして、テーブルの上には二人分のお茶。
アイゼン王太子の手から、持っていた花束が落ちた。
「……セシル・バーンド。」
低い声。
「貴様!なぜここにいる!!」
◇
唸るアイゼン王太子を隣に座らせ、話の続きを聞く。
セシル様は疲れたように視線を伏せ、アイゼン王太子は不機嫌そうに腕を組んでいる。
(何この空気……息苦しい。)
私は小さく息を吐いた。
悩んでいる時こそ、甘い物が必要なのだ。
「と、とりあえずお茶にしましょう!」
半ば強引に話を切り替え、私は用意していた皿をテーブルへ置いた。
「新作の桜餅です。」
ほんのり桜色をした餅。塩漬けした桜の葉が巻かれている。その隣には、セシル様から頂いた緑茶。
春をテーマにしたお茶会だった。
だが、次の瞬間。
「セシル・バーンドに食べさせる桜餅はない!」
(アイゼン王太子!?)
「貴様はこの茶でも啜っていろ!」
(いつもの腹黒さが表に出て、ただの嫌な奴になってますよ……。)
「はぁー。作ったのは私ですから、食べていいかは私が決めます。セシル様、どうぞ。」
侍女が取り分けた桜餅を勧める。
「何故だ!?桜餅とは特別な意味を持つ菓子なのだろう!?」
「そんな常識はありません!」
(前世のバレンタインチョコじゃあるまいし。)
「春の思い出がどうとか言っていただろう!」
「それは香りの話です!」
(しかもそれ、影から聞いた報告でしょ?あの場にいなかったのによく口出せるものだ。)
「殿下、落ち着いてください!」
「落ち着けるか!二人きりで桜餅を食べるはずだったんだ。ということは、あれは私の桜餅だろう!?」
アイゼン王太子がお菓子を分け合いたくない子供みたいなことを言い出した。
「ワガママ言わないの!!」
騒ぐ私達を見ながら――。
セシル様は、ふっと小さく笑った。
「ふふ……お二人は、本当に仲が良いのですね。」
どこか安心したような声だった。
そして、そっと桜餅を手に取る。
桜の葉の香り。優しい甘さ。一口、噛んだ瞬間だった。
「……っ。」
セシル様の動きが止まった。
ぽたり、と静かに涙が零れ落ちる。
「セシル様!?」
驚く私とは対照的に、セシル様は遠くを見るように目を細めていた。
――春の王立学園の満開の桜並木。
『卒業したら、私達は終わってしまうの?』
『……。』
舞い散る花びらの中。
誰にも見つからないよう、桜の木の陰で隠れて交わした口づけ。
あの日の春は、今も終わっていない。
「……春の味ですね。」
涙を拭いながら、セシル様は静かに笑った。
あとがき
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
国を発展させようと頑張った結果、返ってきたのは婚約者候補変更のお知らせ。
あんなに頑張ってきたのに――。そんな理不尽は、残念ながら現実にもあります。
そして、そんな時でも空気を読まない人は現実にもいます……。
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