閑話 ~セシル・バーンド禁止令~
※閑話です。
アイゼン王太子視点のお話になります
王城の一室で、アイゼン王太子は報告書を片手に報告を聞いていた。
「……香道?」
「はい。セシル・バーンド侯爵子息に習っているようです。」
影が淡々と報告する。
アイゼン王太子の手が止まった。
「……そうか。」
静かな声。だが、空気が妙に重い。
アイゼン王太子は机の上に置かれた資料へ視線を落とす。そこにはセシル・バーンドの情報が並んでいた。
『ブリーズ王国侯爵家次男』
『フォレスト王立学園へ留学経験あり』
『外交能力優秀』
『香道に精通』
『語学能力優秀』
そして――。
『剣術評価:上』
アイゼン王太子は、ふと思い出す。
『自分よりたくましい人が好み』
以前、エリカがそんなことを言っていた。
(……あの男、相当鍛えているな。)
服の上からでも分かる筋肉。しかも細身。無駄がない。
アイゼン王太子は無意識に自分の腕を見る。
(……いや、私も鍛えていない訳ではない。)
だが、あの男の鍛え方は実戦寄りだ。
さらに資料へ目を通す。
『互いを尊重し合える関係を望む』
アイゼン王太子は、無言で資料を見つめた。
(……当てはまるな。)
『侯爵家』
(家格も問題ない。)
『次男』
(婿入り可能……。)
そこまで考えて――。
アイゼン王太子の眉間に皺が寄った。
脳内に浮かぶ。ルフェラン家で暮らす二人の姿。
ブリーズ語で自然に使いこなすエリカ。隣には銀髪のセシル。
『エリカ、今日の香りはどうします?』
『春だから桜系が良いかしら。』
そんな会話をしながら、二人で香道を楽しんでいる。
しかも妙にお似合いだ。
(……駄目だな。)
アイゼン王太子は真顔になった。
さらに追撃のように、影が報告を続ける。
「本日も、お二人で香道を楽しまれていたようです。」
「……二人で?」
「はい。」
「……そうか。」
静かに返事をするアイゼン王太子。
だが。
パキッ。
手に持っていたペンが折れた。
影がそっと目を逸らす。
「それと、明日はご帰国――」
「……フォレスト国に香道文化は不要だ。」
「はい?」
「今後、セシル・バーンドとの香道は禁止する!」
「殿下、それはさすがに横暴では――」
「……冗談だ。」
完全に醜い男の嫉妬である。だが本人は無自覚だった。王子として生まれ、欲しいものは与えられてきた。だからこそ――。“手に入るか分からない相手”に、これほど執着する自分を、まだ理解できていなかった。
◇
そして翌日。
アイゼン王太子は、ブリーズ王国へ向かう馬車を全力で走らせていた。
帰国の知らせを聞いてから、嫌な想像ばかり浮かぶ。
『エリカ、このまま君を奪い去りたい。』
『セシル様……私、国を捨てます。』
そして、雪の中で手を取り合う二人。
(……いや、何を考えている。)
一度始めた悪い妄想は止まらない。
ようやくブリーズ王国が見えてきた。
あのラベンダー色の髪の女性はエリカ!
彼女に手を差し出すのは……セシル・バーンド!!
「ちょっと待ったー!!」
◇
「……。」
馬車の中で、私は事情を聞かされていた。
普段はあんなに腹黒くて超理性的なのに。
どうして恋愛だけ、急に少女漫画脳になるのだろう。
『エリカ、このまま君を奪い去りたい。』
『セシル様……私、国を捨てます。』
(絶対言わない。)
しかも、国を捨てるって何を考えているのか。ここまでどれだけ大変な思いをしてきたと思っているの?
ゴムを広めて。
救護院建てて。
医療広めて。
米を作って。
あんこを作って。
納豆を広めて。
アイスにうどん。
コタツまで作ったのだ。
そんな簡単に国外逃亡する訳がない。
「……殿下って、恋愛すると馬鹿になるタイプなのかしら。」
ぽつりと呟く。
すると、向かい側で外を眺めていたアイゼン王太子の肩がぴたりと止まった。
耳まで、みるみる赤くなっていく。
「君が悪い……私を弄ぶからだ。」
「ひ、人聞きの悪いことを言わないでください!」
「では、弄んでいないのか?」
「当たり前です!」
確かに私は、物語の設定から逃げ続けていた。
でも――今の私達なら、運命だって変えられると思う。
「……なら、あの男に桜餅を渡すな。」
「そこですか!?」
「桜餅など渡されたら、男は皆勘違いする!」
(そんなの初めて聞きました……。)
「そもそも殿下、桜餅をご存知なのですか?」
「し……知らない。」
(この人、一瞬知ったかぶりしようとしたわ。)
「殿下にもお作りしますから。」
「相分かった。……だが、セシル・バーンドには桜餅禁止だ。」
(全然、分かってない気がする。何?この不毛な会話……)
「ぷっ、あはははは。」
私は急にこの会話のくだらなさに可笑しくなった。
こういうものなのかもしれない。
――私が求めていた恋愛って。胸の奥で、何かがしっくり噛み合った気がした。
調和を気にして、結果ばかりにこだわり、いつまでも出ない答えを探す……
まるで、いつかのスリーティアーズだ。
(そうだ、スリーティアーズ。一段目はあれがいいかも。)
「殿下、今度は私がお茶会にご招待します。」
一瞬、アイゼン王太子が目を見開いた。
「……楽しみにしている。」
その声は落ち着いているように聞こえたが、私には全力で尻尾を揺らす姿が見えた。
【あとがき】
個人的に「ちょっと待ったー!!」のセリフがお気に入りです。
イメージでは「……ょっとぉ、まっとぅあぁぁ~!!」でした。
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