表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ママじゃない~攻略対象の母に転生したので、破滅エンドを潰します~  作者: めそこここ
恋蜜《こいみつ》は乙女ゲームより奇なり

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
54/117

第45話 春を待つ香り

 近隣国では、ある異変が問題になっていた。

 ――ブリーズ王国へ派遣した視察団が、帰ってこないのである。


 事の発端は、うどんの試食会後に振る舞われたアイスクリームだった。

 私が教えたのは、牛乳、卵、砂糖だけを使ったシンプルなアイスクリームだ。

 しかし、ブリーズ王国から振る舞われたのは二十種類以上のアイスクリームだった。


(なにこれ?!)


 果実を混ぜた物。茶葉を使用した物。お酒を使った物。食用花から抽出した物まである。

 アイスクリームだけでも目移りしてしまう。来賓たちも同じことを思ったようだ。


 恐ろしいのは、ブリーズ王国のサービスの良さだった。

 ゲストルームが暖まるまでの待ち時間には、本まで貸し出された。しかも、各国語へ翻訳された、ブリーズ王国限定の人気作品である。

 コタツでアイスクリームを食べながら読書をする。さらに、寝転がれるようにフロアクッションまで用意されていた。しかも、中身は高級羽毛。適度な反発がありながら、身体を包み込むように沈んでいく。


 このもてなしに来賓客は、コタツ沼に落ちていった。


「まだアイスクリーム全種類制覇していないから……」


「本を読み終わっていないから……」


「もう少し市場調査が必要だな……」


 都合の良い言い訳を並べながら、滞在期間だけがどんどん延びていく。

 そしていつの間にか――。


「ブリーズ王国へ行った者が帰ってこない」


 そんな噂にまで発展していた。

 事件は各国の新聞や雑誌で連日取り上げられた。


 だが、その結果――。

 ブリーズ王国の『うどん』『コタツ』『アイスクリーム』は、一躍有名になる。


 それだけではない。

 今まで観光地としてほとんど機能していなかったブリーズ王国に、『ホテルバカンス』という新たな観光文化まで誕生したのだ。

 仕事に疲れた人々。今まで旅行に興味がなかった人々。そういった者たちが、癒やしを求めてブリーズ王国へ訪れるようになっていた。


 極寒の大地の中で、暖かいコタツ。甘いアイスクリーム。美味しいうどん。そして、静かに本を読める時間。


 それは、寒い国だからこそ生まれた『最高の贅沢』だった。

 ブリーズ王国は、いつしか――『人を駄目にする癒やしの国』として名を広め始めていたのである。



 ◇



 ブリーズ王国での滞在中、私はセシル様に教わりながら香道を始めていた。


 香木を焚き、立ち上る香りを『聞く』――。前世で知っていた香道とは少し違う。

 ブリーズ王国の香道には、試香紙を使って香りの系統を当てる、香水のテイスティングのような遊びもあった。その他に目的に合わせて香りを調合する文化まである。


「リラックス用や、集中力を高める香りですね」


 セシル様は穏やかに説明してくれる。

 寒冷地であるブリーズ王国では、冬の間を室内で過ごすことが多い。だからこそ、香りを楽しむ文化が深く発展したらしい。


(面白い……)


 私は夢中になって香りを調合していた。

 だが――。どうして私は、香りを作ると食べ物方向へ行ってしまうのだろう。


 今回のテーマは『春』。

 私が作った香りは、桜をイメージしたものだった。 しかし、完成した香りは――完全に桜餅だった。

 甘い香りに、ほんのり塩気を感じる葉の香り。もはや目に見えない和菓子である。

 ブリーズ王国では桜そのものが珍しいらしい。寒冷地のため、ハーブ系の花が多いのだという。


「私は好きですよ、この香り」


 そう言って香りを聞いていたセシル様が、ふっと目を細めた。


「……懐かしい香りです」


「セシル様、桜をご存知なんですか?」


「留学していた時、フォレスト国で見たことがあります」


 セシル様は懐かしそうに視線を落とす。


「春の王立学園は、とても綺麗なんですよ。満開の桜並木があって……風が吹くたび、花びらが雪みたいに舞うんです」


 その声音は、どこか懐かしいものを思い出しているようだった。


「……昔、大切な人と見た景色なので」


 一瞬だけ。セシル様の笑みが、少し寂しそうに見えた。


(……春になったら、桜餅を作って渡そう)


 そんなことを考えていると、今度はセシル様の番になる。完成した香りは、すっきりとした爽やかな香りだった。


「……お茶?」


「はい。緑茶をイメージしました」


 聞けば、ブリーズ王国では茶葉の種類を多く生産しているらしい。


「冬の間は室内で過ごす時間が長いので、お茶の種類を増やして飽きないようにしているんです」


「へぇ……」


「緑茶は摘みたての茶葉を使うので、我が国では『春の香り』と呼ばれています」


 私はもう一度、その香りを聞いた。

 雪解け水のように澄んでいて、静かで、少しだけ苦みがある。香りだけなのに、その国の季節や風景が浮かぶ。


「良い香りでした」


 香道とは、『文化そのものを聞く遊び』なのかもしれなかった。



 ◇



 ブリーズ王国での滞在も、気づけば随分長くなっていた。ついに各国の視察団へ帰還命令が届く。


「……とうとう来てしまったか」


 コタツに半分埋まりながら、お祖父様――イクシード辺境伯が渋い顔をした。


「嫌そうですね」


「当たり前だ。この国、快適すぎる」


 完全に堕落している。最近では、朝食後にうどんを食べ、その後コタツで昼寝をする生活が定着していた。

 そこへ追い打ちをかけるように、私宛にも書簡が届く。


『エリカへ。そろそろ帰ってきなさい。あと、お祖父様にもそう言いなさい。――父より』


 お父様からだった。


(私宛なのかな、この手紙……)


「帰還決定ですね」


「むぅ……」


 お祖父様が露骨に肩を落とした。


「まだ『ホテルバカンス』を満喫しておらんのだが」


「十分満喫していたと思います」


 結局、名残惜しそうなお祖父様を引きずるようにして、私たちは帰国準備を進めることになった。



 ◇



 出発当日。

 雪の積もる城門前には、セシル様の姿があった。


「短い間でしたが、とても楽しかったです」


「こちらこそ。沢山お世話になりました」


 そう言って頭を下げると、セシル様は小さな木箱を差し出してくる。


「お土産です」


「……これは?」


「緑茶です」


 箱を開けると、爽やかな香りがふわりと広がった。


「春をイメージした茶葉になります」


 あの時、香道で聞かせてもらった香りと同じだ。雪解け水のような、静かな香り。


「わぁ……」


 思わず顔が綻ぶ。


「それと、こちらも」


 次に渡されたのは、小さな壺だった。


「梅干し?」


「はい。塩漬け文化は、ブリーズ王国の保存食文化の一つです」


 寒冷地で冬を越えるため、ブリーズ王国では塩漬け文化が発展しているらしい。


「緑茶の茶請けに合いますよ」


「ありがとうございます」


 するとセシル様は、少しだけ困ったように笑った。


「本当は、もっと色々お見せしたかったのですが」


「十分すぎるくらい楽しませて頂きました」


 この国で知ったものは、どれも新鮮で温かかった。


「……桜餅を作りますね」


 気づけば、そんな言葉が口から漏れていた。


 一瞬、セシル様が目を見開く。

 それから、ふっと優しく笑い、友好の握手をしようと手を出した。その時。


「ちょっと待ったー!!」


 白い息を吐く馬たちに引かれた馬車が、雪道を凄まじい勢いで突っ込んできた。

 馬車に刻まれた紋章は、すっかり見慣れた王家の紋章だった。


「さあ、エリカ。フォレスト国に帰ろう。ルフェラン侯爵も心配しているよ」


 そう言って馬車から体を乗りだし、手を差し出したのはアイゼン王太子だった。


(何しにきたの?)


 ――その答えを、私はこの後すぐに思い知ることになる。


 あとがき


 ここまでお読みいただき、ありがとうございました。


  馬車で爆走しながら登場したアイゼン王太子。 その目的とは――?

 暴走特急アイゼン号、次回、発車!!


「続きが気になる」と思って頂けましたら、ブックマークや評価で応援して頂けると励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ