第44話 冬を溶かす使徒“ツーユー”ちゃん
孤児院の一角にある医療室で、私はトモエとブラッドに相談していた。
「へぇー、セシル様そんなにイケメンだったんだ。」
トモエが興味津々で身を乗り出し、釣書を見る。
「本当に綺麗な人だったの。銀髪で、アイスブルーの瞳で、しかも白檀の香りがして――。」
「うわ、イケメン。」
「しかも細身なのにちゃんと鍛えてるタイプ。」
「それは強い。」
トモエが真顔になる。
一方、ブラッドは苦笑していた。この程度の会話では揺るがない、熟年夫婦のような安定感がある二人だ。
するとトモエが、視線を釣書に向けたまま呟く。
「セシル様じゃダメなの?」
一瞬、言葉に詰まった。
トモエは静かに続ける。
「セシル様、イケメンだし。殿下と同じくらい国のこと考えてるし、理解力もあるし、大人みたいだし。」
そして、トモエは確認するように、もう一度言った。
「……彼じゃないと、ダメなの?」
その“彼”が誰を指しているのか、聞き返す必要なんてなかった。
頭の中に浮かぶのは、今日の出来事ばかりだ。
繋がれた手。絡められた指。繋がれた指先の感覚を思い出すように見る。
胸の奥がじわりと熱くなる。
「……ダメみたい。」
小さく呟くと、トモエが顔をあげた。
それから、ふっと笑う。
「そっかー。ダメなら仕方ない!じゃあ、ブリーズ王国の新しい輸出品考えよう!」
トモエがそういうとブラッドが微笑む。
「そうだな……。ブリーズ王国って北の寒い地方なんだろ?パフェとかどうだ?」
「はあ?」
トモエが呆れ顔になる。
「寒い地方でパフェなんて売れる訳ないでしょ。」
「知らないな?俺の前世の出身地には“シメパフェ”文化があったんだよ。」
「それ、暖房の効いた暖かい部屋で食べるんでしょ?この世界とは違うのよ。」
トモエは冷えた手を小豆カイロで温めながらため息を吐いた。
――その時だった。
「……いや、待って。」
二人がこちらを見る。
「それ、良い着目点かも。」
「「え?」」
「冷たい物を食べたくなる環境を売れば良いのよ!」
そこで思い出したのは、前世で冬の魔物と呼ばれていた家具。
一度入ったら最後。人類を堕落させる最終兵器。
「……コタツ!」
◇
私は、その足でサムの工房に向かった。
寒い時期になり、ようやく米騒動も落ち着きを見せ始めた頃。サムの工房も落ち着きを取り戻していた。
私の姿を従業員が見つける。
「ひい、エリカ様……。」
死神を見たかのように顔を青くする従業員。必死に休暇予定を確認し始める従業員。木材の在庫を見に行く従業員。
(私は面倒くさいクライアントか……。)
サムだけは感激してくれた。
早速、コタツに関しての説明を行う。
「床にくぼみを作り、そこに木製の囲いを入れる。その中に火鉢みたいな熱源を入れるの。」
サムは話を聞きながらメモを取る。
「その上に土台となるテーブル、それを覆うように布団を掛けて、最後に天板で固定させる感じ。」
サムは興味深そうに話を聞いていた。
◇
サムへコタツの試作を頼んだ私は、その足で孤児院へ戻っていた。
「次は何を作るの?」
トモエが興味津々で聞いてくる。
「アイスクリームよ。」
「……ブリーズ王国の商品は?」
「だからこそ、コタツとセットなの!」
冬のコタツとアイスは最高だ。
孤児院の厨房では、子供達が興味津々で鍋を覗き込んでいた。
「今日は甘い物ですか!?」
「手伝うー!」
「火傷しないようにね。」
前世で保育士をしていた頃、子供達と作った手作りアイスクリーム。
材料は牛乳、卵、砂糖だけ。
それを弱火でゆっくり煮詰めていく。
「甘い匂いー!」
鍋を混ぜながら、私は少し懐かしい気持ちになった。前世では、家庭科レベルの簡単なおやつだったけど、この世界ではまだ存在しない。
(この世界の創造主トモエのおかげね。)
「これを冷やすの?」
トモエが料理用バットを覗き込む。
「ええ。冬の外気と氷室を使えば、かなり冷えるはずよ。」
粗熱を取った液体をバットへ流し込む。
あとは時々混ぜながら冷やすだけ。
「……“シメパフェ”文化、受け入れられますかね?」
ブラッドが半信半疑で腕を組む。
私はにやりと笑った。
「人類は寒いと、なぜか冷たい物を食べたくなる悲しい生き物なのよ。」
しかし、私の作戦はそれだけでは終わらない。コタツとアイスという最高の前座が必要だ。
そこで、浮かんだのが――「うどん」だ。
最近になって気づいたのだが、あれだけパン派を語っていたトモエだが、小麦に種類があることを知らなかった。この世界では、小麦の種類がほぼ一つしか存在しない。一種類の小麦で、パンやケーキやパスタができる。前世基準で考えれば、ほぼ魔法みたいな話だ。それを可能にしているのが、この物語の創造主であるトモエだ。
おかげで小麦売り上げ回復案も、どんどん湧いてくる。
◇
数日後。
私は試作品の“うどん”をセシル様へ渡していた。
「これが新しい輸出品候補ですか?」
「ええ。小麦料理の一種です。」
白く長い麺を見ながら、セシル様は興味深そうに目を細める。
「……ですが、これはどう食べるのですか?」
その質問に、私はにやりと笑った。
「それを考えるのは、ブリーズ王国の役目です。」
「え?」
「誰かに聞いて出た答えは身に付きません。」
私は、真っ直ぐセシル様を見る。
「自分達で考え、自分達で辿り着いた答えだからこそ価値があるんです。」
セシル様は少し驚いたように目を見開いた。
けれど、すぐに柔らかく笑う。
「……分かりました。」
「美味しいうどん、楽しみにしております。」
そうして私は、“うどん”をブリーズ王国へ託した。
◇
――そして、ブリーズ王国では、国を挙げて悩むことになる。
「この麺、味がしないぞ!?」
「汁に入れるのでは!?」
「いや、焼くのかもしれん!」
「細長い……寒冷地……保存食……。」
この世界に存在しない食べ物だからこそ、料理人達が頭を抱え、商人達が議論し、貴族達まで試食会を開き始める。
そして数週間後――。
ついに、ブリーズ王国は一つの答えへ辿り着いた。
「完成しました!」
運ばれてきたのは、香り高い琥珀色の液体。
「我が国では、これを“ツーユー”と名付けます。」
魚介と香草から旨味を抽出した、うどん専用のつゆだった。
◇
後日。フォレスト国、リップル王国も交えた試食会がブリーズ王国にて開催された。
試食会場にはコタツがセッティングされている。
(コタツの使い方、間違っています……。)
靴を脱いで入るテーブルに戸惑う招待客。
しかし、慣れない寒冷地に冷えた足先を優しい温かさで包み込むコタツに癒されていた。
「じんわり温かい……。」
「浴槽に浸かる感覚にも似た気持ち良さだ。」
「もうここから動けなくなりそう。」
コタツ沼にハマっていく貴族や商人達。
そこに、セシル様が料理人達と入場する。
「皆様、ようこそお越しくださいました。これが我が国の新しい輸出品“うどん”です。新開発した“ツーユー”と合わせてご賞味ください。」
コタツ机の上にうどんが二種類並べられる。一つは皿に盛りつけられ、ツーユーにつけて食べる冷たいうどん。もう一つはスープに浸された温かいうどん。
「うどん、美味しい!」
「この“ツーユー”に合うな!」
「温かいうどんも良いが、冷たい物も甲乙つけがたい……!」
評判は上々だった。寒冷地であるブリーズ王国では、温かいうどんの人気が凄まじい。しかし、温暖地のリップル王国では気候が真逆の為、冷たいうどんはリップル王国へのアピールだった。
「これは冬の定番になるぞ!」
「身体が温まる!」
「うちの地域は冷たいうどんがウケそうだ。」
会場は大盛り上がりだった。
その中、リップル王国代表として招かれていたセザールが立ち上がった。
「私、うどんに感動した。」
そう言ってジャケットのポケットから紙を出す。
「これ、あげる。“ツーユー”ちゃん。」
差し出された紙を見て、私は固まる。
そこに描かれていたのは――。
脳ミソにしか見えない麺の塊に、美形な瞳を付けた謎の生物だった。
「…………。」
「可愛いでしょう?」
「どこが!?」
会場に笑い声が響き渡る。
こうして――。
ブリーズ王国の新名物“うどん”と“ツーユー”、そして謎のマスコットキャラクター“ツーユー”ちゃんは誕生したのだった。
【あとがき】
“ツーユー”ちゃんも、ちゃんとデザイン画まで描いています。
うどんの白からグラデーションで陰影をピンクにしたら、脳模型図感が強くなったので、最終的にピンク一色になりました。 現在、Xにて公開しています。
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