第42話 納豆フェスティバル開催!
ブリーズ王国との共同開発が決まってから、ルフェラン領は妙な熱気に包まれていた。
原因はもちろん――納豆である。
「……やっぱり、薬味が欲しいのよねぇ」
エリカは腕を組みながら唸った。
納豆自体の栄養価は申し分ない。保存性も高い。ブリーズ王国との共同事業としても十分魅力的だ。
「臭いがね……。」
「見た目が……。」
「発酵食品を知らないと腐ってるって思うな。」
トモエとブラッドが遠慮なく言った。
実際、ブリーズ王国でも完成品に対して成否が分からなかったようだ。
机の上の納豆は、今日も元気に糸を引いている。
「……否定しかされてないのだけど?」
エリカが半眼になる。
「いや、私は好きですよ?」
ブラッドは平然と納豆をご飯へかけた。
ぐちゃぐちゃとかき混ぜ、豪快に口へ放り込む。
「んー、うまい!転生しても、また食べられるとは。」
実に幸せそうである。
「ほら!ブラッドは分かってるじゃない!」
「いや、ご飯にかければ美味いのは当然でしょう!」
「それ以外は?」
「……え?」
エリカは額を押さえた。
駄目だ。この男、“納豆ご飯”以外を考えたことがない。
一方、トモエは露骨に顔をしかめていた。
「ごめん……前世でも完全にパン派だったので……。」
エリカは机へ突っ伏した。
やはり問題はそこだ。米文化が根付いているブラッドですら『ご飯にかけるもの』という認識しかないのだ。
まして、この世界の人々にとって納豆は未知の食材だ。
臭う。糸を引く。見た目も怪しい。普通に売っても、まず敬遠される。
「この世界の人たち自身で、“美味しい食べ方”を考えてくれればいいのに……。」
そこまで言って、エリカはぴたりと止まった。
「……それだわ!」
エリカは勢いよく立ち上がった。
「考えてもらえばいいのよ!」
◇
夕食時にルフェラン家では納豆ご飯を出した。
「エイデンよ……。この私に舅いびりとは、貴様よっぽどの覚悟だろうな。」
納豆ご飯を見たお祖父様――イクシード辺境伯が怒りで震えている。
納豆を知らないと、臭い糸の引いている茶色の豆は嫌がらせと思われるらしい。
「義父上、よく見てください。私の皿にも乗っているでしょう。」
私は納豆を混ぜながら一人一人の皿の上に乗せていく。
「これは、ブリーズ王国と共同開発中の食品です。お父様やじいじにこのレシピを考えてもらいたくて……。」
これは作戦だった。
私に割り当てられた予算や特許のお金を使えば賞金を出すことは可能だが、一番の課題は許可だった。この領で政を行う以上、領主であるお父様の許可が必要になる。
(包丁も握ったことのない貴族の男達に、この課題はクリアできまい。)
「私が提案するのは、納豆ごはんです。」
二人には悪いが正解は先に潰させてもらった。
「豆同士だ。あんこに混ぜるのはどうだ?」
お父様が思いつきで言う。
「はい。じゃあ、お父様、責任持って食べてみてください。」
私は納豆とあんこを混ぜた物を渡す。
少し迷ったがお父様が口にした。
「んぐっ……くっ、意外と悪くないぞ。」
(甘納豆あるからなー。)
「あんこが合うなら私はデザートだ!」
さすが、武勲イクシード辺境伯。恐れを知らず、本日のデザート“フルーツヨーグルト”に納豆を入れた。
そして、一口。
「……納豆と果物は、相容れない仲らしい。」
(ヨーグルトは発酵食品同士だからマリアージュできたかもしれませんね。)
「お二人とも今、提案された物をお金を出して食べますか?」
これが私の作戦だった。何事も体験させてみてこそ分かることがある。これは、前世で保育士だった時の学習方法だ。
(園児に比べれば手がかかるが……。)
「懸賞金をかけて、この納豆のレシピを応募したいと考えています。もし、許可頂けないなら……。」
お父様とお祖父様が生唾を飲む。
「……夕食には、試作納豆料理が出続けます。」
◇
数日後。お父様が快く許可してくれたおかげで、ルフェラン領の広場には、大きな看板が立てられていた。
【第一回・納豆フェスティバル開催!】
さらに、その下。
【優勝賞金・金貨五十枚】
【優秀レシピは正式登録!】
【フェスティバル屋台にて販売決定!】
【審査員にはリップル王国からイクシード辺境伯が参加】
「……金貨五十枚!?」
「本気か領主様!?」
「納豆ってあの臭いやつだろ!?」
領民達は騒然としていた。
もちろん、最初の反応は散々である。
「腐ってるんじゃないのか?」
「なんで食べ物が糸引いてるんだ!?」
「臭っ!?」
「うわ、泡立ってる!」
悲鳴まで上がった。
だが。
「優勝賞金……」
「金貨五十枚……」
人は金に弱い。数日後には、納豆ドリームを見ている領民達があちこちで納豆研究会が発生していた。
◇
「駄目だ! 臭みが強すぎる!」
「香草を混ぜろ!」
「いや、焼けばいいんじゃないか!?」
「揚げてみろ!」
いつの間にか、料理人たちの目が本気になっていた。最初は賞金目当てだった。だが、研究しているうちに段々と楽しくなってきたのである。
「……納豆を油で揚げる?」
「待て、これ意外と美味いぞ?」
「酒に合う!!」
別の店では。
「この粘り、ソースにできないか?」
「魚料理に合わせてみろ!」
さらに別の場所では。
「チーズを乗せて焼いてみた!」
「なんだこれ!? 臭み消えてるぞ!」
気づけば、領民たちは真剣な顔で納豆について語り始めていた。
「納豆は混ぜ方で味が変わる」
「刻み香草が重要だ」
「いや、辛味ソースだ」
完全に沼である。
◇
そして迎えたフェスティバル当日。
審査員席に座るお祖父様と本来は関所イベント専属のはずなのに、権力で駆り出された“ツーど”くん着ぐるみ。ルフェラン領でもなぜか人気者だ。
(中の方、ご苦労様です……。)
広場には大量の屋台が並んでいた。
「納豆揚げ団子です!」
「甘辛納豆串どうだー!」
「納豆香草ソースの白身魚焼き!」
「子供人気一位!納豆チーズ焼き!」
最初は警戒していた領民たちも、恐る恐る口へ運び――。
「……あれ?」
「美味いぞ?」
「臭くない!?」
「これ酒に合う!!」
次々に表情を変えていく。
特に納豆揚げ団子は初心者向けとして大人気だった。
「えっ、これ本当に納豆なのか!?」
「外カリカリで中ふわふわだ!」
甘辛納豆串は酒飲みたちを虜にし。
納豆香草ソースは貴族層から絶賛された。
「これは魚料理に革命を起こすぞ……!」
投票箱の前には長蛇の列ができていた。
【ルフェラン領民部門】
【酒の肴部門】
【貴族人気部門】
【子供人気部門】
各部門で熱い議論まで始まっている。
「いや、納豆串だろ!」
「チーズ焼きが最強だ!」
「香草ソースの完成度を分かってない!」
もはや納豆を嫌がっていた頃の面影はない。
すると審査員席から怒声が響いた。
「おい!さっきの納豆揚げ団子をおかわりだ!」
「辺境伯様!?まだ審査途中です!」
「審査だからこそ再確認が必要なのだ!」
もはやただの食事会である。
みんな納豆にハマっていた。
◇
「……凄いことになったわね。」
エリカは広場を見渡した。
屋台には行列。屋台では嬉しい混乱も起きていた。
「納豆追加だ!もう売り切れ!?」
「朝から仕込んだ分が足りねぇ!」
「隣の屋台から納豆回せ!」
「そっちももう空だ!」
それを見ていた商人たちは『納豆用の大豆を増産できないか』と話し始めている。
ブリーズ王国から来ていた視察団も呆然としていた。
「まさか、ここまで受け入れられるとは……」 「最初は誰も食べたがらなかったのに……」
すると後ろで、もぐもぐと何かを食べている人物がいた。この納豆の起因ともなったリアンだ。
「うー、これは酒が飲みたい。」
(体調が戻った途端、これだ。)
「もう大人なんだから体調管理くらい、ちゃんとしなさい。」
「はい……(母ちゃんかよ)。」
笑い声が広場へ響く。
こうして――。
ルフェラン領初の“納豆フェスティバル”は、大成功のうちに幕を閉じたのだった。
【あとがき】
もし自分が納豆レシピに応募するなら、「にんにく梅酢漬け納豆パスタ」です。
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