閑話 ~君が思い出になる前に~
※閑話です。
トモエ視点のお話になります。
前世の記憶を持ったまま生まれたら――人生二週目のイージーモード。そんな話もあるのかもしれない。
けれど、私が生まれたのは、自分が描いたゲームの世界。
しかも、元凶となるヒロインの母親だった。
優しく微笑んでくれる今の父親は、もうすぐ殺される。幸せそうに笑う母親は、夫の死を受け入れられずに亡くなる。
全部、私が決めた設定通りに……。
言葉も喋れない赤ん坊の私にできることは、泣くことだけだった。
もしかしたら、何か変わるかもしれない。
私が前世の記憶を持っていることで、この世界は救われるかもしれない。
そんな希望を抱きながら、私は神に祈り続けた。
――けれど。
その日は、あっけなく来た。
取り乱す母親。 俯くしかできない王宮配達員。
父親が死んだ。
その後は、日に日に衰弱していく母親を見ていることしかできなかった。
私がこの物語を、魔法が使える世界にしていたら何か変わっただろうか。
そもそも、こんな細かな設定を作る必要はあったのか。
今さら変えられない「もし」「でも」「だって」を、何度も繰り返した。
……意味なんて、なかった。
近所の人達が、私を施設へ預けてくれた。
「何も出来なくてごめんね。」
お別れの日。泣きそうな顔で謝る大人達を見ながら、私は思っていた。
(謝るのは私の方だ。こんなクソゲー作って、ごめんなさい。)
私は、自分の人生を終わらせようとした。
歩けない頃は、うつ伏せ寝をした。食事も拒んだ。
けれど、苦しくなって「もう駄目だ」と思った時に限って、誰かが気づく。
まるで、この世界そのものに生かされているみたいに。
私は、生まれて数ヶ月で絶望を知った。
歩けるようになってからは、マグノリア教会を目指した。
スタール男爵から逃げるため。そして、あの場所には攻略対象達の母親が集まっているからだ。
孤児院を渡り歩く中で、私は何人もの転生者と出会った。前世で亡くなった年齢も性別もバラバラだったが、私はある法則に気づいた。
十代に亡くなった人の前世の記憶保持期間は、思い出してから約一年。
時間をかけて、ゆっくりと前世を忘れて、“今の自分”になっていく。
その中でも、特に長く前世を保持していたのがキヨさんだった。
前世では百歳近くまで生きた大往生。農家の一人娘として生まれ、時代の流れを読み、米屋から不動産業まで広げた大地主。
選挙の時期には、政治家が頭を下げに来ていたらしい。
そんなキヨさんの口癖は決まっていた。
『お金が一番。男は不要』
実際、キヨさんは孤児から店を持つまで成り上がった。
でも――変化は、少しずつ訪れた。
出会って三年目。
七歳で前世を思い出したキヨさんは、十七歳になっていた。前世の記憶は、もうかなり薄れていた。
あれほどお金に厳しかった人が、仕事で知り合った男性に会うため、服を買って着飾るようになった。
『お金が一番』
その口癖も、いつの間にか聞かなくなっていた。
キヨさんの結婚が決まった日、私はマグノリア教会を再び目指すことにした。
そして――今に至る。
エリカからレイン様が攻略対象のセザール・リップルだったという話を聞いた時は、胸が締め付けられた。エリカは、自分が湖で事故を起こしたからだと言っていた。
でも違う。
元々、事故が起きると知った上で、前世を思い出す前のエリカを唆したのは私だ。
前世を思い出す前のエリカも、優しくて良い子だった。
けれど、私は“今のエリカ”が好きだ。
前世で教育と真剣に向き合ってきたからこそ、子供達を慈しみ、誰もが健やかに、自分らしく生きられる場所を作ろうとしている。
今のルフェラン領は、前世の彼女の努力の結晶だった。
……でもね、エリカ。
気づいている?
最近、前世の両親の話をしなくなってきたこと。
アイゼン王太子殿下に向ける感情が、少しずつ変わってきていること。
◇
孤児院からの帰り道。
前世を忘れていく人達を思い出しながら、私はずっと考えていた。 エリカは、どうなるのだろうと。
私は、思わずブラッドに本音を漏らしていた。
彼は、私と同じ“この物語を作った側”の人間。
だからこそ、生まれた時からずっと記憶を保持している。
「例え前世の記憶を無くしたって、エリカ様はエリカ様だ。」
ブラッドはそう言って、私の手を握った。
「あのツッコミは絶対に残る!」
思わず、笑ってしまった。
「真司……あなたと、また会えて良かった。」
私は、ブラッドの手を握り返した。
【あとがき】
“前世の記憶”を持った人達が、その後どうなるのか――そんなお話でした。
小さい頃、不思議なことばかり言う子が、大人になるにつれて言わなくなっていく。
それを“成長”の一言で片付けられるけれど、実はこういうことなのかもしれない……と思いながら書きました。
読んで頂きありがとうございます。
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