第39話 攻略対象、叔父になる
関所開通から数週間、イクシード辺境伯領は、以前とは比べものにならないほど人の出入りが増えていた。
関所限定のポン菓子。共同商業区。そして、なぜか大人気になった“ツーど”くん。
海路より安全で、荷崩れも少ない陸路交易は商人達に好評で、今では定期便の話まで出ているらしい。
「……信じられんな。」
イクシード辺境伯が腕を組む。
「以前は“何もない辺境”と言われていたのに、今では商人達が列を作っている。」
「辺境伯様、“ツーど”くん人形は本日も完売です。」
「……あのバケモノ人形の何が良いのだ。」
イクシード辺境伯には全く理解出来なかった。
◇
その頃、リップル王室では、ある問題が持ち上がっていた。
「セザールを、イクシード辺境伯家の養子に?」
国王が目を丸くする。
提案したのは、他でもない王妃だった。
「ええ。」
静かな声だった。
「イクシード辺境伯家には嫡男がおりません。娘であるルアーナはルフェラン侯爵家へ嫁ぎました。」
つまり、現状では後継がいない。それは、その場にいる誰もが理解していた。
イクシード辺境伯は王妃の兄。王家との繋がりも深い重鎮だ。だが――側妃の子を御自身の生家の養子というのは、国王も含めて理解が出来なかった。生家というのはそれだけ意味があるのだ。
「兄上は頑固ですし、怖がられておりますからね。」
王妃がさらりと言う。
周囲の貴族達が視線を逸らした。
(否定できない。)
皆、同じことを思っていた。
「今後もイクシードを残す必要があります。」
「しかし、セザールは側妃の子だぞ。よいのか?」
「だからこそです。」
王妃の目が鋭くなる。
「王宮へ戻せば、また狙われる可能性がある。」
空気が変わった。誰も口を開かない。
「ですが、イクシード辺境伯家の養子になれば話は別です。」
王妃は静かに続ける。
「セザールを狙うということは、“イクシード辺境伯家を狙う”という意味になります。」
国境を守る武闘派の名門辺境伯家。下手に手を出せば、王家だけではなく、イクシード辺境伯家に戦を仕掛けたと思われる。
「……なるほど。」
国王が低く呟いた。
「最も安全な場所に置く、ということか。」
「はい。」
その時だった。
「私は賛成です。王妃様のご厚情、痛み入ります。」
真っ先に声を上げたのは、セザールの母親である側妃だった。
周囲が驚いた顔をする。
「私はセザールが生きていてくれるなら、それで良いのです。」
その言葉に、部屋が静まり返った。そこにいたのは一人の母親だった。王子ではなく、“息子”を守ろうとしている。
その場に、異を唱える者は誰もいなかった。
◇
「ずるいですわ!!」
セザールの件を聞いたアデライトは、すぐに国王へ面会を申し入れた。
「どうしてセザールだけなのですか!?」
国王が頭を抱える。
「アデライト……。」
「私もイクシードへ行きたいですわ!」
帰国したアデライトは年頃の娘らしい顔も見せるようになり、周囲は微笑ましく思っていたが、父親である国王にも甘えるようになった。それが嬉しくもあり、こういう時は悩みの種にもなる。
「お前は王女だろう。」
「セザールも王子です!」
正論を言いながらアデライトは頬を膨らませる。
「セザールばかり、お姉様の親戚になるなんてずるいです!」
(理由、そこなのか。)
側近達が生温かい顔になる。
「ルフェラン家に息子がいないからな……。」
「息子がいたら嫁がせてくれたのですか?」
国王は困り果てていた。しかし、あれだけ優秀な娘がいて他に養子を迎えて嫡男にすることも考えられない。
「そうだなー。ルフェラン家に息子がいないからアデライトの願いは叶えてあげられないんだ。」
頬をさらに膨らませるアデライト。
しかし、国王はフラグというものに気づいていなかった。この会話が書記官によって記録され、後に言い逃れできなくなることを……。
「アデライト。十五歳になったらフォレスト国の留学を許そう。」
一瞬、空気が止まる。
「お父様大好きですわ!!」
アデライトが満面の笑みで飛びついた。
国王は娘に甘かった。とても甘かった。
「……陛下。」
側近が呆れた顔をする。
「外交問題になる前に、条件を付けた方が良いかと。」
「うむ……。」
だが国王は、既に娘に抱きつかれて満更でもなさそうだった。
◇
一方、その頃。
私はシャーウッド辺境伯領で、共同商業区の最終調整の確認に来ていた。
「……しゃまー!ねーしゃまー!」
イクシード辺境伯領より馬車に乗って現れたのは、先日帰国したはずのセザール。
「え?どうしたの?」
「わたし、“ようし”になる!」
セザールが元気よく言った。
私は固まった。
「…………え?」
「じじいの家の子!」
お祖父様が咳払いをする。
「正式決定はまだだが、後は書類上の話だ。」
「ほぼ決まりなんですよね。」
「……まあな。」
つまり、セザールがお母様の弟になる。……私の叔父?
(お母様、ねえしゃまって呼ばれるの……?)
いや、嬉しい。嬉しいのだけれど。
「ねえしゃま!」
「うん?」
「これで、ずっと会える!」
満面の笑みだった。
「セザール、親戚になってもイクシード辺境伯領とルフェラン領は距離が……。」
そこまで言いかけると、お祖父様が馬車の荷物を見せた。馬車の荷車にはトランクが山のように入っていた。
「妻亡き今、私に子育てなんぞ出来ん!」
(養子縁組した瞬間に同居まで決める舅、初めて見たんだけど……!?)
……これ、結局今までの我が家では?
違うのは、同居人が増えたことくらいだった。
なお、あの時子供みたいに泣いた件は、私の新たな黒歴史となった。
【あとがき】
現実でこんなウトとの同居は嫌だろうな……と思いつつ書きました。誰かの不幸の上に誰かの幸せが成立する【恋蜜】の世界ですから。
読んで頂きありがとうございます。
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