第37話 出現!攻略対象の父親〜美少女達のお姉様バトルを添えて〜
イクシード辺境伯領とシャーウッド辺境伯領を繋ぐ関所は、予想より早く完成した。
リップル王国とフォレスト国を結ぶ新たな陸路。海路に頼らず往来できるこの関所は、両国にとって大きな意味を持つらしい。
(なんで完成記念セレモニーなんて開くのよ……。)
私は乾いた笑みを浮かべながら、シャーウッド辺境領の大広間を見渡した。
各国貴族、商人、護衛の騎士、技術者。米流通とゴム輸送の実証実験も兼ねているらしく、米料理やゴム製品の展示会……もとい、前世のお祭りの屋台みたいなショーブースの集まり。
「エリカ様、この米菓子、追加で並べますか?」
「お願い。数を並べられるように、縦置きで並べて。」
「ゴム製の防水布は?」
「そちらは技術者区画へ。」
もはや私は侯爵令嬢ではなく、催事責任者というか、町内会長。
「随分と板についてきたね。」
声に振り返り、アイゼン王太子がそこにいた。
「笑えません。」
「私は面白いよ。」
(この腹黒王太子、絶対楽しんでる……。)
けれど私は、小さく息を吐いてから頭を下げた。
「……ありがとうございました。」
「何の話だ?」
「面会権のことです。」
隣国の王子という身分のセザールと会う権利。
あの時、アイゼン王太子が強引に話をまとめなければ、私はもう二度と会えなかったかもしれない。
「関所建設も、関税の件も、全部……殿下の判断でしょう?」
アイゼン王太子は少しだけ目を細めた。
「フォレスト国の利益になるから動いただけだ。」
「それでもです。」
私は笑った。
「今まで頂いたプレゼントの中で、一番嬉しかったので。」
アイゼン王太子が言葉を止め、優しく微笑んだ。
「……君の泣き顔は心臓に悪いんだ。だから、笑ってくれたらそれでいい。」
「……。」
(な、なにその甘い台詞!)
「と、とにかく!ありがとうございました。」
私は逃げるように、その場から立ち去った。
背後で、小さく笑う声が聞こえる。
「君は逃げ足だけは速いと聞いていたが、本当に早いな。」
その声に、さらに足が速くなった。
(無理!! あの人、心臓に悪すぎる!!)
その時、会場の奥がわずかにざわつく。
「シャーウッド辺境伯家嫡男、ヘンリー・シャーウッド様のご到着です。」
私は反射的に顔を上げた。
長身の青年だった。長い亜麻色の髪を結い、穏やかな笑み。一見すると優男だが視線だけは妙に鋭い。
「ヘンリー・シャーウッドです。」
自然な所作で礼をする。
シャーウッド辺境伯家は、現フォレスト国王妃の実家。つまり、アイゼン王太子の従兄弟である。しかも、次期辺境伯。
(攻略対象の父親として強すぎる!!)
私の中の危険警報が鳴り響く。
だが、ヘンリーは人好きのする笑みを浮かべたまま、穏やかに口を開いた。
「噂は聞いています。米とゴムを広めた侯爵令嬢がいると。」
「……恐縮です。」
◇
嫌な予感というのは当たるものだ。
「ロベッタ男爵家、ご到着です!」
(なんで!?)
私は勢いよく入口を振り返った。
ロベッタ男爵夫妻。そして――。
「エリカお姉様ー!」
マリア。
(これは……詰んだ。)
マリアが駆け寄ってくる。
「お父様が“お前も勉強だ”って言われて!」
「そ、そう……。」
なんでこのタイミングで来るの。
いや、我が国唯一の米生産領地だから呼ばれるのは当然なのか。……でも。
(ヘンリー・シャーウッドと接触してほしくないのよ!!)
ゲーム知識が警鐘を鳴らす。
攻略対象レオナルド・シャーウッドの父親がヘンリー・シャーウッド。つまり、マリアの未来に関わる人物。
今のマリアは米男爵と二つ名があるロベッタ男爵家令嬢。設定が変わったから大丈夫と思いたいけれど、セザールの件で設定を変えたことによって、何が起こるか分からない。
マリアを守るためにも、ここで接触させるのは危険だ。
「マリア、あちらに米菓子が――。」
「こちらのお嬢さんは?」
(早い!!)
ヘンリーがもう来ていた。
私は即座に二人の間に割って入る。
「この子はまだ幼いので!男爵が挨拶しますわ!」
「私もまだ嫡子の身ですから男爵様にご対応いただくなんて恐縮ですよ。」
「まあ、ご謙遜を…今日は人も多いですし!」
「そうですね。我が領では珍しい賑わいです。」
笑顔が崩れない。
(流せないタイプだ、この人!)
「エリカ様、先ほどから何に警戒されているのですか?」
ヘンリーが不思議そうに首を傾げる。
(あなたです!)
「おほほ……気のせいですわ。」
「そうですか?」
アイゼン王太子がヘンリーの後ろで険しい顔をして立っていた。
◇
「お姉様!」
そこにリップル王国の第一王女としてセレモニーに参加していたアデルがやってきた。
最近すっかり“アデル”呼びが定着している。アデルは母親に甘える子供みたいに私の腰に抱きつき上目遣いで見上げる。この表情セザールに本当にそっくり。
「アデル、ご挨拶は終わったの?」
いつもの癖でふわふわな髪を撫でる。
するとアデルが、先ほどより強く私に抱きつき、じっとマリアを見た。
「お姉様……その方は?」
「ロベッタ男爵家のマリアです。」
マリアが背筋を伸ばして、両手でスカートの裾を摘み、膝を軽く曲げて挨拶をした。
「マリア、すごく綺麗なカーテシーだわ。頑張っているのね。」
私がマリアに声をかけると、マリアはアデルと反対側にくると私の手を握った。
「私、エリカお姉様みたいになりたいのです!」
その瞬間。
アデルの表情が変わった。
「お姉様?」
マリアが誇らしげに胸を張る。
「はい!エリカお姉様と私は従姉妹です。私のお姉様です!」
「違いますわ!」
アデルが即座に否定した。
「お姉様はセザールの姉。つまり、私のお姉様です!」
「従妹だから私の方が前です!」
「私は“アデル”って呼ばれておりますわ!」
「私はお姉様とお揃いのドレスを着てパーティーに参加したことあります!」
子供同士の謎マウントが始まった。
(前世の保育士の時を思い出すわ。私の“先生”争い…。)
しかも周囲が微笑ましそうに見ている。
ヘンリーまで笑っていた。
「賑やかですね。」
「……ええ。」
私は頭を抱えたくなる。
◇
「でも!」
マリアが突然アデルを見た。
「アデライト王女様はすごいです!」
「……え?」
「王女様なのに、ちゃんとお話してくれますもの!」
今度はアデルが固まる。
「お姉様大好き同士、仲良くしましょう!」
マリアが手を差し出した。
アデルは少し迷ってから、その手を握る。
「……仕方ありませんわ。お友達だから、あなたにも“アデル”って呼ぶのを許可しますわ。」
その様子を見ていたヘンリーが、小さく目を細めた。
(何その生暖かい視線。「ふっ、面白い女」とか思ってるんじゃないでしょうね。)
まずい。すごくまずい。
ヘンリーが、マリアを見ている。
優しく、静かに。でも視線の先は外さない。
「お名前を伺っても?」
ヘンリーが柔らかく問いかける。
マリアは嬉しそうに笑った。
「ロベッタ男爵家のマリアです!」
その瞬間。ヘンリー・シャーウッドが、初めて言葉を失った。
(終わったぁぁぁぁぁ!!ヘンリー、落ちたー!マリアの笑顔、かわいいもん。天使なのよ。)
私の中で、“破滅回避計画”の何かが盛大に崩れ落ちた。
【あとがき】
マリアとアデルの微笑ましさの裏で、エリカの心の中だけが忙しい回でした。
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