閑話 ~姉がいる世界~
※閑話です。
アデライト王女視点のお話になります
セザールがいなくなってから、王宮は少しだけ変になった。
大人たちは、私の前では何も言わない。でも廊下の向こうでは、聞こえるように話している。
「王妃様が……」
「王太子のために……」
「セザール殿下は、もう……」
私は、全部聞こえてしまう。
(やめてよ)
でも、耳は勝手に聞いてしまう。
◇
王宮で育つ子供は、知らないふりが上手になる。
それが“いい子”だからだと、侍女に教えられた。だから私は、いい子のふりをしていた。
泣かない、怒らない、何も聞いていない顔をする。
でも頭の中では、ずっと考えていた。
(もし、本当だったらどうするの?)
王妃様は、セザールをいじめたの? それとも、どこかに隠しただけ?
どっちにしても――セザールはいなくなった。
◇
私は一度だけ、辺境伯に聞いたことがある。
「王妃様は、悪い方なの?」
辺境伯はすぐに答えなかった。そのあと、短く言った。
「大人の事情です。」
その言葉が、一番ずるいと思った。
(何も答えてくれないのと一緒よ。)
◇
でも、私は知っている。
王妃様は、イクシード辺境伯の妹だ。つまり、あの家の人。
(だから、何も言わないの?)
考えれば考えるほど、頭の中がぐちゃぐちゃになる。
お兄様が王太子なのに、どうしてセザールがいなくなったのか分からない。
誰も探していないのか、それとも私が知らないだけなのか。
夕食の席には、いつも一つ空席がある。そこはセザールの席だった。お母様は、そこを見ない。お父様も何も言わない。お兄様も、黙っている。
(……どうして?)
分からないことが増えていくのに、セザールはいないことは変わらない。
私がセザールを探しているのは姉弟だからなのかな……。
(分からないことがいっぱいだった。)
◇
隣国フォレスト国で交流会が行われることになった。
私は王女として参加することになった。
落ち込んでいた私に、イクシード辺境伯が「気分転換になる」と陛下に進言したらしい。
フォレスト国は、リップル王国とは少し違った。暑くはないのに、湿った空気がある。人も多くて、みんな忙しそうに見えた。
(知らない国……)
交流会当日。
辺境伯は大きな荷物を持っていた。孫娘への贈り物らしい。年齢を聞いたら、私よりずっと年上だった。
(お土産、合ってない気がする……)
そんなことを考えているうちに、辺境伯は勝手に会場へ出て行った。
しばらくして、いつもより怖い顔をして、鼻息荒く戻ってきた。
「アデライト王女、落ち着いて下さい。」
(それ、今、私が言おうと思ったのに…。)
その意味が分かった時、私は王女ではいられなかった。“いい子”のふりができなくなっていた。
いなくなったセザールがそこにいた。
消えた王子じゃなかった。
いつの間にか、フォレスト国語を話している。そして、知らない少女と手をつないでいる。
「ねえしゃま!」
その声を聞くたびに、私はセザールが存在することに安心した。
でも同時に、胸の奥が変な感じになった。
◇
そこには、エリカ・ルフェランがいた。
まるで最初から、そこが家の子供みたいに。セザールは王宮では見せたことのない表情をしている。陛下にもお母様にも、あんな風に甘えた姿を見せたことはなかった。
もちろん、私にも……。
(どうしてあの人なの?)
◇
私はセザールが忘れてしまったのかと思った。それを口にしたら怖くなった。ただ、取られないように抱きしめるしか出来ない。
でも、あの人は誰かに言われなくてもセザールの手を離した。取られないように抱きしめるしか出来ない子供の自分から、ちゃんと相手を見て手を離せる人へ変わっていた。
嫌な人だったら良かったのに、頭は勝手に考える。
◇
大人達の話し合いの結果、陸路で帰ることになった。海は荒れると気分が悪くなるし、セザールがどんな生活を送っていたか知りたかったから良かった。
ある日、侍女が言っていた。
「ルフェラン侯爵令嬢は、不思議な方ですね」
私は少しだけ耳を傾けた。
「子供の世話がとても上手で」
それを聞いて、私はエリカ・ルフェランに興味が出た。
不思議って、こういうことなのかもしれない。
子供を守られる存在から、子供を守る側へ変わっている。
子供なのに、子供っぽくない気がする。
貴族なのに、貴族らしくない気もする。
でも、セザールのことが好きなのは嘘ではない。だから、セザールがあんなに甘えている。セザールだけではない。使用人のラウルモンドも心から慕っている。
(羨ましい)
この気持ちはなんだろう。
セザールの姉の場所がなくなる気がしたから?それとも、もっと違う理由から?どれもはっきりしないまま、その人を見ていた。
◇
ある日、セザールが遊んでいたボールがテーブルのティーカップに当たった。
私は内心ドキドキしていた。セザールは鞭で打たれないか、私が動揺したことを気づかれていないか。
でも、エリカ・ルフェランは侍女に頼むではなく、侯爵令嬢が自ら私を着替えさせた。
着替えるドレスも選ばせてくれた。見たことない服にワクワクした。着替えを手伝いながら火傷がないか確認している。少し嬉しい。
ドレスに合わせて髪型もセットしてくれた。鏡の中の私は見たこともないかわいい髪飾りをつけていた。髪が顔にかからないと景色も違う。
なぜか以前、侍女が話していた話を思い出した。姉妹で髪を梳かしあった話。私にはお兄様とセザールしかいないから、姉妹が想像出来なかったけど、お姉様がいたらこんな感じなのかしら?
気づいたら、胸の奥が少しだけざわついていた。
……たぶん、私はセザールが羨ましかったのかもしれない。
エリカ・ルフェランがセザールの姉ということは、私とも姉妹ということよね?
「……私も、私もセザールみたいに呼んでください!」
言ってから少し考えた。
でもエリカ・ルフェランは困った顔をしながら笑って、
「じゃあ、アデルって呼んでもいいですか?」
と言った。
初めて、愛称で呼ばれた。
(うふふ、私とお姉様は姉妹ですわ。)
手をつないで、仲良し姉妹になった私は浮かれていた。
【あとがき】
セザールがいなくなった後、第35話でイクシード辺境伯が口にした、
「今回の件は……我が国の王家の問題だ。」
――その“リップル王国側”のお話でした。
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