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ママじゃない~攻略対象の母に転生したので、破滅エンドを潰します~  作者: めそこここ
恋蜜《こいみつ》は乙女ゲームより奇なり

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第36話 “ねえしゃま”は終わらない

 交流会は、事実上中断となった。

 第二王子セザール・リップル発見――その事実だけで、両国の貴族達にとっては十分すぎるほどの“大事件”だったからだ。

 王宮内では、すでに各国の外交官や騎士達が慌ただしく動き始めている。その一方で、私はというと――。


「……帰るんですか。」


 ぽつりと零れた言葉に、自分で自分が驚いた。


 部屋の中には、お父様、お母様、アイゼン王太子、イクシード辺境伯、そしてリップル王国使節団の数名がいる。

 レイン――いや、セザールは、アデライト王女の隣で大人しく座っていた。

 その光景がまだ現実感を持たない。


「現状、即時帰還は推奨できない。」


 答えたのはアイゼン王太子だった。

 机上に広げられた地図。その海路を指先で軽く叩く。


「事故原因が未解決のまま同航路を再利用するのは危険だ。帰りに事故に遭い、外交関係に影響が出たら意味がない。」


(アイゼン王太子の腹黒さに喜ぶ日が来るなんて…。)


 リップル王国側も異論はないらしい。使節団の面々も静かに頷いている。


「よって、イクシード辺境伯領とシャーウッド辺境伯領を接続する関所が完成するまで、リップル王国使節団にはフォレスト国へ滞在してもらう。」


 私はゆっくり瞬きをした。


(……あれ?)


 つまり。


「……しばらく帰らないんですか?」


「うむ。」


 イクシード辺境伯が腕を組んだまま頷く。


「陸路が整備されるまでは、こちらに滞在する他あるまい。」


 そこで、お父様がさらりと言った。


「義父上、既に部屋の準備は進めています。」


「早くないですか?」


「外交は速度が命だからね。」


(絶対違う。媚びだ、お祖父様に気に入られようとしている……。)


 お母様が困ったように笑う。


「お祖父様ね、“孫と嫌われたくない”って言い出して……。」


「ルアーナ。」


「事実でしょう?」


 イクシード辺境伯が咳払いする。


「……安全確保のためだ。」


「じいじ!」


 私は喜びのあまり、イクシード辺境伯に抱きつく。鋭い瞳が、分かりやすく細められていく。

 すると、セザールがぱっと顔を上げた。


「ねえしゃまと、いっしょ?」


 私は固まる。

 その隣でアデライト王女が、小さく目を伏せながら微笑んだ。


「セザールは、ルフェラン家で過ごした時間を大切にしているようです。」


 アデライト王女も落ち着きを取り戻したのか、その声は柔らかかった。


「ですので、護衛を増員した上で、私達もルフェラン侯爵家へ滞在する方向で調整されています。」


(私達……?アデライト王女も?!)


「増えてません!?」


「増えるな。」


 アイゼン王太子が即答した。

 決定事項らしい。


(うち、そんな宿屋みたいになって大丈夫!?)



「じじい!」


「……。」


「じじい!ってば。」


「セザール王子……辺境伯です。」


「じじい!がいい。」


「…………好きに呼べ。」


 陥落が早かった。

 私は思わず遠い目になる。

 さっきまで、 “外交問題” “第二王子” “国家間協議” とかやっていたはずなのに。

 現在、イクシード辺境伯は私に山のようなお土産を披露している。木製ラケットと、ワインコルクに鳥の羽をつけた遊具。前世でいう羽子板やバドミントンのようなものがリップル王国で流行ってるらしい。


「ほら。ノオパというリップル王国では人気の遊びだ。」


「ありがとうございます。」


「……お父様。」


 お母様が呆れ半分で額を押さえる。


「甘やかし過ぎです。」


「失われた時を取り戻してるのだ。」


 辺境伯は真顔だった。

 その横で、アデライト王女が静かに紅茶を飲んでいる。王女らしく優雅――かと思えば。


「ラウルモンドさん。」


「はい?」


「セザールが机の下に入りました。」


「報告が冷静すぎません!?」


 ラウルモンドが慌てて机の下を覗き込む。


「セザール様!出てきてください!」


「やー!」


「嫌じゃなくてですね!」


「じいじから戴いた“ノオパ”で遊びましょう。」


 ゴムボールを持ったレインが机の下から飛び出した。


「ボールは落とさないでください!」


 ラウルモンドが言ったその場でボールが床から跳ね返る。ぽよん。がっしゃーん!


「……あら。」


 アデライト王女の使っていたティーセットに当たり、紅茶がかかる。


「こら!セザール…じゃなかったセザール王子!」


「ねえしゃま、セザールだよ。レインでもいいよ。」


 アデライト王女が少しだけ口元を隠す。

 ……笑っている。その瞬間、私はようやく気づいた。アデライト王女もまだ子供なのだ。我が家にいる間くらい王女様じゃない時間を過ごしてもらおう。


「王女様、着替えましょうか?せっかくだから、ゴムを使ったドレスを紹介しますわ。」


 私はアデライト王女をドレッシングルームに招待した。ドレッシングルームと言ったが実際はゴム製品の試作品置き場。未発表のドレスやシュシュや次に販売を考えている下着などのサンプルが溢れている。


「お好きなドレスをお選びください。」


「私が選んでもいいのですか…?」


「もちろん。ここはリップル王国でも王室でもありませんから。」


 アデライト王女が選んだドレスは襟のついたシャツワンピース。同じ生地で作ったタイがついている。


「それでは、シュシュは同じ色合いのこちらにしましょう。お髪に触れてもよろしいでしょうか?」


「……はい。」


 アデライト王女の髪はふわふわしていて、柔らかかった。香油でまとめて、シャツワンピースに合うようにお団子ヘアを作る。


「完成しましたよ、王女様。」


 鏡越しにアデライト王女に話しかける。


「……私も、私もセザールみたいに呼んでください!」


 顔を真っ赤にしながらアデライト王女が言った。


(かわいい……セザールやラウルモンドと違ったかわいさがある。)


「呼び捨ては不敬になりますので…、そうだ。アデライト王女だから、“アデル”という愛称はいかがですか?」


「アデル?……アデルがいいです。」


 アデライト王女改め、アデルが満面の笑みを浮かべた。


 すっかり仲良くなった私達は手をつないで部屋に戻る。こうやっていると保育士時代を思い出す。


「セザール!私、今日から“アデル”ですわ。」


 部屋にいた全員が意味が分からず、その場にいた全員がぽかんとしている。セザールだけが「おお」と驚嘆している。


「ねえしゃま、発見した。」


 セザールが推理を披露する探偵のように部屋の中央に立つ。


「わたし、レインだけど“セザール”。姉上、アデライトだけど“アデル”。ラウルモンド“ラウル”。みんな“る”ついてる。」


「本当ですね。」


「すごいわ、セザール!」


 子供達が世紀の大発見のように喜ぶ。


「おぉ、“スリーる”だ!」


「「「“スリーる”!」」」


 大人で一人だけ感動していたのはイクシード辺境伯のみ。


(お祖父様……騎士のロウと同じにおいがする。)



 数日後。

 交流会そのものは縮小されたものの、完全中止にはならなかった。

 代わりに行われたのは、“フォレスト国文化・産業展示会”。

 お父様が頭を抱えながら準備したらしい。


「なぜ米が外交カードになるんだろうね……。」


「なってるからでは?」


 私は焼き肉丼を盛り付けながら返した。

 会場には、米料理がずらりと並ぶ。

 おにぎり。卵かけご飯。焼き肉丼。米粉菓子。

 さらにゴム製品まで並べられ、リップル王国側の技術者達が興味深そうに見学していた。


「弾む……。」

「防水性があるのか。」

「加工次第では医療転用も――」


 専門家達の目が変わっていく。


「これ、全部お前がやったのか。」


 低い声が隣から落ちた。

 振り向けば、イクシード辺境伯だった。


「全部というわけでは……。」


「孤児院、食堂、衛生管理、米流通、ゴム加工。」


 辺境伯は展示を眺める。


「民が飢えぬ仕組みを作る者は強い。」


 静かな声だった。


「戦で奪うより、遥かにな。」


 私は少しだけ目を見開く。

 褒められると思っていなかった。


「……さすがは私の孫娘。この国でも優秀さは隠せんかったか。わははは!」


 辺境伯の言葉に、お父様とお母様が僅かに笑う。

 その時だった。


「ねえしゃまー!!」


 遠くからレインの声。


「じじいね、おにぎり内緒で食べてたよ。」


「セザール王子!!余計な報告を!!」


「ラウルおそーい!」


「走らないでください!!」


「セザール、廊下は禁止ですわよ!」


 アデルまで追いかけている。

 騒がしい。

 本当に騒がしい。

 でも。


(……それが心地よい。)


 私は小さく笑った。

 失ったと思っていた日々は、まだちゃんと続いていた。

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