第4話 これが恋蜜の世界
家路につく馬車の中で、すでに眠りについていたレインにつられ、ラウルモンドもウトウトしていた。大人達は王太子殿下と接する緊張感から気疲れしているようだった。
(こういう疲れた時は甘い物が食べたくなる。)
先程の店で軽食を済ませたものの、予想外の出来事が起きた為、デザートを注文する余裕なんてなかった。
「ターニャ、私、無性に甘い物が食べたいの。この辺で美味しいスイーツが持ち帰れるお店ある?」
「教会の隣に、パン屋併設のケーキ屋がメイド達の間で人気のようですよ。」
ターニャが教えてくれた店に寄ってから帰る事にした。店に近づくとターニャが窓の外を指さす。
「あちらのお店です。」
視線を指先に移すと、店より先に教会が目に入った。
聖マグノリア教会――。
初代ルフェラン領主の妻が慈善事業に尽力し、戦争孤児や家族を亡くした人々の心の拠り所として建てられた教会。
それが、エリカ・ルフェランとして知るこの場所だった。
一方、前世の記憶では、この教会の名はゲーム本編に登場しない。
けれど、【恋蜜】の攻略対象の一人――レオナルド・シャーウッドにとって、この教会は運命の始まりだった。
シャーウッド辺境伯家の嫡男、レオナルド・シャーウッド。
彼の母マリアは、この教会の孤児院で育ち、売春酒場の歌い手からオペラ歌手へと才能を開花させた後、ヘンリー・シャーウッド辺境伯と結ばれた。
しかし、平民出身であることを理由に貴族社会で誹謗中傷を受け続け、心を病んで早くに他界する。
母を失ったレオナルドは、父の期待と自らの夢との狭間で苦しみながら成長していく。
彼が本当に望んでいたのは、剣でも政治でもない。
音楽だった。
王立学園で主人公と出会い、その想いを貫くことを決意したレオナルドは、旅芸人として管弦楽団を立ち上げ、主人公と共に各国を巡る道を選ぶ。
――もちろん、それだけでは終わらないのが【恋蜜】だ。
楽団設立の資金として持ち出したのは、造幣用としてシャーウッド家に一時保管されていた金塊。
息子を庇ったヘンリーは横領罪で投獄され、シャーウッド家は取り潰しとなる。
その余波は国全体へと広がり、通貨価値の混乱、不景気、貧富の格差、そして民衆による反乱へと繋がっていった。
たとえアイゼンお父様との婚姻を回避しても、私はルフェラン侯爵家の娘であることに変わりはない。
貴族である以上、その混乱に巻き込まれる未来は避けられない。
ゲーム開始前の今だからこそ、私にできることがある。
レオナルドの母――マリアを見つけること。
そして、彼女をヘンリー・シャーウッドと出会わせないこと。
【恋蜜】のファンブックに書かれていた情報は、「幼少期を聖マグノリア教会で過ごした」という一文だけ。
何歳でここへ来たのかも、いつまで暮らしていたのかも分からない。
それでも、侯爵令嬢という立場では自由に外出できない以上、この機会は逃したくなかった。
マリアと出会える可能性は、今はここしかないのだから。
パン屋の前で馬車を降りると、眠っている子供達を理由に――ターニャには先に帰ってもらった。
そして、護衛騎士を連れてパン屋に入店した。
焼き立てベーカリーの香りとバニラエッセンスの甘い香りが店内に広がっていた。
私は本日二度目の「ここからここまで」を発動。今回は教会へ行く時間稼ぎもあり、種類ごとに包んでもらうよう店主にお願いした。
ケーキは人気商品のようで、この時間帯では売れ残りがある程度だったがパンの種類はかなり多く、時間は十分に稼げそうだった。
護衛騎士には、「隣の教会でお祈りしてくるから、迎えの馬車が来たら知らせて」と伝え、教会へ向かった。




