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あなたもママなの?

「ボール投げて!投げて!」


 最近のレインのお気に入りはボールを私に投げさせて、自分で取りに行くとボール遊びだ。止まっているボールに飛び込んでキャッチして、ボールと一緒に芝生の上を転げまわっている。無邪気で可愛らしい姿だが、とにかく泥だらけになる。お母様が仕立屋に作らせたレインの服は、煌びやかで装飾品が重く繊細な作りの為、外遊びに向いていなかった。ターニャが自分の子供の古着を譲ってくれたのだが、通気性も良く汚れても気兼ねなく洗えるので助かっている。私は侯爵家令嬢という立場を忘れてしまうくらい育児に奮闘していた。


「いくわよ。」


 少しでも飛距離を出そうと上に向かって投げると、ボールは使用人敷地の方へ円を描いて飛んで行った。ボールを追ってレインは、生け垣の隙間をかがんで通り抜ける。レインが戻るのを待っていると、レインではない別の子供の声がした。


「この泥棒!」


 その声に反応したのはターニャだった。通用口へと走りだすターニャの後を追う。使用人の敷地区域に入るとボールを持って立っているレインと、レインより少し大きい子供がいた。その子供の顔を見て、ターニャと同時に声が出た。


「「ラウルモンド!」」


 そこには、【恋蜜(こいみつ)】の攻略対象の一人。王立学園教師であるラウルモンド・ドレアスの面影を持つ少年がいた。

 ラウルモンド・ドレアスは、幼少期から神童と呼ばれる天才児で、生活に困窮していた時にドレアス教授に才能を見出されてドレアス家の養子になる。創造力はあるが発想力がほとんどなかった為、ドレアス教授に利用され続け、論文代行や教本のゴーストライターとして、搾取された生活を送っていた。また、王立学園の教師としても優秀だったが、生徒であるヒロインとの出会いによって、自分自身に目を向けるようになる。ラウルモンドルートの問題点は教師と生徒という立場だ。生徒であるヒロインと恋愛関係になることで、ラウルモンドは王立学園から免職処分されヒロインと共に国外逃亡する。その時、国内で広がりつつある原因不明の病の新薬がドレアス教授発案という名目で研究されていたが、ラウルモンドが国外逃亡した為、薬は未完成で終わり人口の半分以上の死者が出るというパンデミックが起きるのだ。ラストシーンで、その病に罹患してベッドに横たわる女性。顔は映されないが、その女性はラウルモンドの産みの母親で、息を引き取る直前まで神様に祈るのはお腹を痛めて産んだ息子の幸せだった…と字幕が流れる。そのシーンには涙した。


 あの女性がターニャだったとは…同じ攻略対象を持つ母親として妙な親近感が湧く。しかし、ラストシーンでターニャはなぜ一人だったのだろう?

 ターニャは、隣国リップル王国の子爵家の生まれで、お母様の生家であるイクシード辺境伯家に二世代続けて仕えていた。病で働けない状態なら実家の家族も心配したはずだ。それに、ターニャには夫がいる。ルフェラン家で料理人として働いているエディだ。エリカの記憶の中にあるエディは、料理人らしからぬ細マッチョな体つきで無駄に顔が良いが寡黙な男性。料理の腕は正直イマイチだが、妻想いの男という印象がある。王妃となり王宮で暮らす私や養子に出たラウルモンドがターニャの病気の事を知らなくても、夫であるエディは気がついたはず。ゲームで描かれなかった背景が気になる。


 それにしても、目の前にいる少年が十数年後の物静かなインテリイケメンになるとは…。現在のラウルモンドは手足をバタバタさせ癇癪を起している。ラウルモンドのその様子にレインは驚いたようで私の後ろに隠れる。


「あいつ、僕の服を盗んだ!それ僕のだ!」


 どうやら、ラウルモンドは自分の古着をレインが着ているのが気に入らないらしい。ターニャが説明しても「僕のだ!」の一点張りだった。


「ねぇ、ラウルモンド。レインの洋服のお礼に新しい洋服をプレゼントするわ。」


 前世だったら、他所の家庭の事情に口をはさみ、勝手に買い与える事なんて出来なかったけど、今の私は侯爵令嬢。自由に使えるお金もあれば、使用人の子供は次世代のルフェラン家を支えてくれる人材だし、プレゼントは労いになる。


「さっそく、明日、買いに行きましょう。」


ラウルモンドはピタッと泣き止み、自分で体を起こした。


「僕が選んでもいい…ですか?」


「もちろんよ。ラウルモンドの物だもの。明日は、みんなで買い物に行きましょう。」


 ターニャは恐縮している様子だったが、ラウルモンドは日中仕事している母親と出かけられることが嬉しかったようで、ターニャの手を取り抱きついた。


 ♢


 翌日―。

護衛の騎士と共に、ルフェラン領にある商業街に出かけた。王国と隣接していることから、国の中でも最も栄えている場所である。大通りには、店が立ち並びウィンドウショッピングだけでも半日かかりそうだった。ターニャのおすすめのお店は、お針子仕事になれない職人が針の練習で作った子供服がメインの洋品店だそうだ。子供は成長すると洋服のサイズが合わなくなるので多少の縫い目の粗さよりも安い方が家計には優しい。ラウルモンドの試着のついでにレインにもサイズ違いを着せると双子コーデで愛らしさが倍増した。どの服も可愛くて、侯爵令嬢らしく「ここから、ここまでサイズ違いで全部。」をやってしまった。買い物を終える頃、着せ替え人形になっていた子供達は疲れきっていた。


 私は、気になっていた場所で休憩する事にした。正確には、気になっているのは向かいの店。用意してもらったテラス席は、景色を見ることを装いながら、本来の目的地を観察できた。ここから、見えるのは大衆酒場「月光亭(げっこうてい)」。肉体労働者や用心棒と呼ばれる人達が好んで通うと評判らしい。しかし、それは表向き。【恋蜜(こいみつ)】のファンブックを読破した私は知っている。この王都側の酒場の裏では、王家の影と呼ばれる秘密組織「ルナエクリプス」という国内最大ギルトが存在している。初代ギルトマスターは、初代フォレスト国王と共に建国に携わったウラノスという人物。王が太陽ならば、月という意味でウラノスと名乗ることになった。王家を影から支える家系となったウラノス家。この月光亭(げっこうてい)はウラノス家の所有する店。この情報は、ルフェラン領に月光亭(げっこうてい)が建っていたおかげで分かった。

 聖地巡礼感覚で月光亭(げっこうてい)に行きたいと思っていたが、実際、店の前を通ると、男達の野太い笑い声にアルコールと肉の焼ける匂いがする。子供連れの貴族が入るのには場違いな店だという事が分かった。それでも、好奇心には勝てず、向かいの店を利用して観察することにした。


 注文した料理がくるまでの間、出入りする人たちを観察していると、噂とは異なり、身なりが整った人達の出入りも多くみられた。すかも、店の中からは大衆酒場に一番似つかわしくない人物が出てきた。その人物と目が合う。慌てて、メニューで顔を隠したが、時すでに遅し。


「やあ、ルフェラン嬢。」


 そこにいたのは、一番会いたくない人物。アイゼン王太子お父様こと、アイゼン王太子王太子だった。お見合い以来、顔も合わせることがなかったので気を抜いていた。席から立ちあがり挨拶をしようとすると、片手を上げ私を静止させる。


「視察中でね。堅苦しいのは控えてもらいたい。」


 確かに、アイゼン王太子は、王家らしからぬ町民風の服装を(まと)っていた。それでも、隠しきれぬ気品と明らかに平民ではない体格の良い護衛を引き連れている姿は、お忍びと言えるのだろうか…。ターニャもルフェラン家の護衛の騎士も恐縮していた。


 店のウエイトレスが注文した料理を運んできた。


「すまない。こちらにも紅茶をお願いしたい。」


 ウエイトレスに注文すると、なぜか、目の前の席に座るアイゼン王太子。出てきた食事に手も付けず固まるルフェラン家の家臣達。


(本当は、行かないで欲しいけど、仕方ない…。)

「料理が冷めてしまうから、別の席に移って食べてちょうだい。」


「でも、お嬢様…。」


「この御方は、身分を隠したいそうよ。(隠しきれていないけど…)ならば、ルフェラン家の私に従って、あちらで遠慮なく、食べてきて。」


「僕、ここで食べる!」

 レインは、私の服の裾を掴む。


「ずるいぞ!僕もエリカ様と一緒がいい!」


(よく言った!子供達!ご褒美にあとで、お菓子を「ここから、ここまで全部。」をやってあげる。)


 二人の言動にターニャは困っていたが、何としても二人きりを避けたかった私は、強引にターニャを別の席に座らせた。


 ラウルモンドは、ナイフの使えずそのままフォークを刺してステーキを食べようとしたので、一口大にカットする。その隣で、レインは雛鳥のように口を開けて、食べさせてもらおうと待っている。肉や穀物はすんなり食べるが、ニンジンに苦手意識があるようで、ニンジンのソテーに、フォークを向けると雛鳥の口が閉じてしまった。私は、ナイフ輪切りのニンジンを星形にカットする。


「レイン、これ、なーんだ?」


「お星さま!」


「流れ星がレインのお口に飛んできたよ。」


 星に釣られて口を開けるレイン。


「あ、食べちゃった。」


 その一通りの仕草が可愛らしくて、頬を思わず撫でてしまう。負けずにラウルモンドもニンジンを食べてみせる。


「ラウルモンドもいい子。」


 ラウルモンドの頭を撫でると、満面の笑みを見せるラウルモンド。さすが、将来、攻略対象。幼少期の笑顔も可愛らしい。


「…『いい子』か。ずいぶん、子供達に懐かれているね。そちらの子は、例の難破船の生存者かい?」

 子供達の様子を黙って見ていたアイゼン王太子王太子が口を開く。


「…そうです。レインと名付けました。もう一人の子は、使用人の子供でラウルモンドと言います。」


「レインです。」


「ラ…ラウルモンドです。」


 レインが挨拶するのを見て、ラウルモンドが手を止めて挨拶した。


「挨拶が出来てえらいわ。」


 二人の頭を撫でると、二人とも嬉しそうに笑う。

(ルフェラン家の天使達が可愛すぎるー。帰りに本屋かおもちゃ屋に寄れるかしら?)


「…『えらい』か。そういえば、体調はどうだい?」


 デレデレする私に、無視し続けた現実を突き付けてくるアイゼン王太子。


「えぇ、おかげさまで、こうして出かけるようになるまで回復しました。」


「なんか、以前より健康的な気がするけど?」


 確かに、レインを抱っこしていることが多いけど、見た目に分かるほどムキムキになったのかしら…思わず、黙り込む。


「嫌味を言うつもりはないのだ。聞きたい事があったんだ。なぜ婚約者候補から外れたかったのか理由が知りたくてね。」


 本題は、この話だったのか。

 ゲームシナリオとはいえ、頭を打って変な事を言い出した女に夢中になるわけない。考えられるのは、貴族令嬢ならば最高ステータスが満たせる王太子との結婚を手放す理由が気になるだけか?それとも、「俺に興味のない女はいない」と思っているナルシスト気質?ここで、しっかり嫌われたいけど、お忍びとはいえ、王太子殿下相手に侮辱もできない。悩んでいると、アイゼン王太子の後ろの席で、豪快に食事をするお供の騎士の姿が見えた。


「わ…私の両親のような互いを思い合う結婚に憧れがありまして、政略結婚に興味がないのです!それに、殿下は気品があり、とても私のようなものはふさわしくありません!」


 不敬にならないように言葉を選び答えを探していく。


「エリカ嬢が私にふさわしくないとは?」


(くっ、まだ食い下がるか…)


「私、あの騎士様のような殿方に憧れておりまして…私自身も鍛えているのです。女性が鍛えるなど貴族の間では笑いものです!殿下より、たくましい女性はふさわしくありません。」


 私は、力があるところをアイゼン王太子お父様に見せつけるべく、レインに向かって両手を開く。訓練された犬のようにレインが慣れた様子で抱きついてきた。私は、いつものように片手でレインを担ぐ様子を披露する。


「わ…私が令嬢より、弱いわけないだろう!」


 ムキになったアイゼン王太子は、レインを抱えようとするが、緊張したレインは硬直してのけぞる。最小限の力で抱きかかえるには重心を近づけ、体を密着させることがポイント。いきなり、抱っこされて、非協力的な状態のレインの重さは実際の体重より負荷を感じるだろう。よろけたアイゼン王太子お父様は、すぐにレインを下ろした。


「やはり、私のような女は、アイゼン殿下にはふさわしくないと思います!」


「…そうか。」


 分かりやすく落ち込むアイゼン王太子お父様。十代の青年のプライドをズタズタにして、少し心が痛んだが、これも未来の為、国の為。


(アイゼン王太子も、いつか感謝しますよ。)


 満腹になったようで、レインの頭がコクリコクリと大きく揺れ始めた。初めてのルフェラン領の市街への外出で眠くなってしまったようだ。両手を広げると、いつものように腕の中で額を擦りつける。背中トントンを始めると、レインは完全に寝てしまった。隣を見ると、ラウルモンドもあくびをしていた。


「申し訳ありません。子供達が眠いようなので、そろそろ失礼しますね。」


 見せつけるつもりはなかったが、レインを抱きかかえて挨拶する。片手でラウルモンドと手をつなぐ。


「…あぁ、では、また。」


 残されたアイゼン王太子お父様の顔色は曇っていたが気にしない。これで、「また」は永遠に来ないで済むだろう。私は課題をやり遂げたような達成感を感じながら、その場を去った。



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