第3話 あなたもママなの?
「ねしゃま、ボール投げて!」
最近のレインのお気に入りはボールを私に投げさせて、自分で取りに行くボール遊びだ。止まっているボールに飛び込んでキャッチして、ボールと一緒に芝生の上を転げまわっている。
無邪気で可愛らしい姿だが、とにかく泥だらけになる。
お母様が仕立屋に作らせたレインの服は、煌びやかで装飾品が重く繊細な作りの為、外遊びに向いていなかった。
ターニャが自分の子供の古着を譲ってくれたのだが、通気性も良く汚れても気兼ねなく洗えるので助かっている。
私は侯爵家令嬢という立場を忘れてしまうくらい育児に奮闘していた。
「いくわよ。」
少しでも飛距離を出そうと上に向かって投げると、ボールは使用人敷地の方へ円を描いて飛んで行った。
ボールを追ってレインは、生け垣の隙間をかがんで通り抜ける。レインが戻るのを待っていると、レインではない別の子供の声がした。
「この泥棒!」
その声に反応したのはターニャだった。
通用口へと走りだすターニャの後を追う。
使用人の敷地区域に入るとボールを持って立っているレインと、レインより少し大きい子供がいた。
その子供の顔を見て、ターニャと同時に声が出た。
「「ラウルモンド!」」
そこには、【恋蜜】の攻略対象の一人――。
王立学園教師であるラウルモンド・ドレアスの面影を持つ少年がいた。
ラウルモンド・ドレアスは、幼い頃に才能を見出され、ドレアス教授の養子となり、その才能を利用され続ける神童だった。
ファンブックでは語られなかったが、ルート終盤、原因不明の病で命を落とす母親の姿が描かれる。
顔は映らなかったその女性が、ターニャだったとは――。
同じ攻略対象を持つ母親として妙な親近感が湧く。
でも、ターニャはなぜ一人だったのだろう?
夫である料理人のエディは、妻想いの人だったはずだ。ゲームで描かれなかった背景が気になる。
それにしても、目の前にいる少年が十数年後の物静かなインテリイケメンになるとは……。
現在のラウルモンドは手足をバタバタさせ癇癪を起している。
ラウルモンドのその様子にレインは驚いたようで、私の後ろに隠れる。
「あいつ、僕の服を盗んだ!それ僕のだ!」
どうやら、ラウルモンドは自分の古着をレインが着ているのが気に入らないらしい。
ターニャが説明しても「僕のだ!」の一点張りだった。
「ねぇ、ラウルモンド。レインの洋服のお礼に新しい洋服をプレゼントするわ。」
前世だったら、他所の家庭の事情に口をはさみ、勝手に買い与える事なんて出来なかったけど、今の私は侯爵令嬢。
自由に使えるお金もあれば、使用人の子供は次世代のルフェラン家を支えてくれる人材だし、プレゼントは労いになる。
「明日、みんなで買いに行きましょう!」
ラウルモンドはピタッと泣き止み、自分で体を起こした。
「僕が選んでもいい…ですか?」
「もちろんよ。ラウルモンドの物だもの。明日は、みんなで買い物に行きましょう。」
ターニャは恐縮している様子だったが、ラウルモンドは日中仕事している母親と出かけられることが嬉しかったようで、ターニャの手を取り抱きついた。
♢
翌日――。
護衛の騎士と共に、ルフェラン領にある商業街に出かけた。
王都と隣接していることから、国の中でも最も栄えている場所である。大通りには、店が立ち並びウィンドウショッピングだけでも半日かかりそうだった。
ターニャのおすすめのお店は、お針子仕事に慣れない職人が針の練習で作った子供服がメインの洋品店だそうだ。
子供は成長すると洋服のサイズが合わなくなるので多少の縫い目の粗さよりも安い方が家計には優しい。ラウルモンドの試着のついでにレインにもサイズ違いを着せると愛らしさが倍増した。
どの服も可愛くて、侯爵令嬢らしく「ここからここまでサイズ違いで全部」買いをやってしまった。
買い物を終える頃、着せ替え人形になっていた子供達は疲れきっていた。
私は、気になっていた場所で休憩する事にした。
正確には、気になっているのは向かいの店――。
用意してもらったテラス席は、景色を見ることを装いながら、本来の目的地を観察できた。
ここから、見えるのは大衆酒場『月光亭』――。
肉体労働者や用心棒と呼ばれる人達が好んで通うと評判らしい。
――しかし、それは表向き。
月光亭は、王家の影と呼ばれる秘密組織「ルナエクリプス」の拠点。ファンブックを読んだ私は、それだけは知っていた。
聖地巡礼感覚で月光亭に行きたいと思っていたが、実際、店の前を通る。
男達の野太い笑い声にアルコールと肉の焼ける匂いがする。
子供連れの貴族が入るのには場違いな店だという事が分かった。
それでも、好奇心には勝てず、向かいの店を利用して観察することにした。
注文した料理がくるまでの間、出入りする人たちを観察していると、噂とは異なり、身なりが整った人達の出入りも多くみられた。
しかも、店の中からは大衆酒場に一番似つかわしくない人物が出てきた。
その人物と目が合う。慌てて、メニューで顔を隠したが、時すでに遅し。
「やあ、ルフェラン嬢。」
そこにいたのは、一番会いたくない人物――アイゼン王太子だった。
お見合い以来、顔も合わせることがなかったので気を抜いていた。席から立ちあがり挨拶をしようとすると、片手を上げ私を静止させる。
「視察中でね。堅苦しいのは控えてもらいたい。」
確かに、アイゼン王太子は、王家らしからぬ町民風の服装を纏っていた。それでも、隠しきれぬ気品と明らかに平民ではない体格の良い護衛を引き連れている姿は、お忍びと言えるのだろうか……。
ターニャもルフェラン家の護衛の騎士も恐縮していた。
店のウエイトレスが注文した料理を運んできた。
「すまない。こちらにも紅茶をお願いしたい。」
ウエイトレスに注文すると、なぜか、目の前の席に座るアイゼン王太子。
出てきた食事に手も付けず固まるルフェラン家の家臣達。
(本当は、行かないで欲しいけど、仕方ない……。)
「料理が冷めてしまうわ。みんなは別の席で食べてちょうだい。」
「わたし、ここで食べる!」
レインは、私の服の裾を掴む。
「ずるいぞ!僕もエリカ様と一緒がいい!」
(よく言った!子供達!ご褒美にあとで、お菓子を「ここから、ここまで全部。」をやってあげる。)
二人の言動にターニャは困っていたが、何としても二人きりを避けたかった私は、強引にターニャを別の席に座らせた。
ラウルモンドは、ナイフが上手く使えず、そのままフォークだけでステーキを食べようとしていたので、一口大にカットする。
その隣で、レインは雛鳥のように口を開けて、食べさせてもらおうと待っている。
肉や穀物はすんなり食べるが、ニンジンに苦手意識があるようで、ニンジンのソテーに、フォークを向けると雛鳥の口が閉じてしまった。
私は、ナイフで輪切りのニンジンを星形にカットする。
「レイン、これ、なーんだ?」
「お星さま!」
「流れ星がレインのお口に飛んできたよ。」
星に釣られて、ぱくりと口を開けるレイン。
「あ、食べちゃった。」
その一連の仕草が可愛らしくて頬を思わず撫でてしまう。負けずにラウルモンドもニンジンを食べてみせる。
「ラウルモンドもいい子ね。」
ラウルモンドの頭を撫でると、満面の笑みを見せるラウルモンド。さすが、将来、攻略対象。幼少期の笑顔も可愛らしい。
「…『いい子』か。ずいぶん、子供達に懐かれているね。そちらの子は、例の難破船の生存者かい?」
子供達の様子を黙って見ていたアイゼン王太子が口を開く。
「…そうです。レインと名付けました。もう一人の子は、使用人の子供でラウルモンドと言います。」
「レインです!」
「ラ…ラウルモンドです。」
レインが挨拶するのを見て、ラウルモンドが手を止めて挨拶した。
「挨拶が出来てえらいわ。」
二人の頭を撫でると、二人とも嬉しそうに笑う。
(ルフェラン家の天使達が可愛すぎるー。帰りに本屋かおもちゃ屋に寄れるかしら?)
「……『えらい』か。そういえば、体調はどうだい?」
デレデレする私に、無視し続けた現実を突き付けてくるアイゼン王太子。
「えぇ、おかげさまで、こうして出かけるようになるまで回復しました。」
「以前より健康的な気がするけど?」
確かに、レインを抱っこしていることが多いけど、見た目に分かるほどムキムキになったのかしら……思わず、黙り込む。
「嫌味を言うつもりはない。聞きたい事があってね。なぜ婚約者候補から外れたかったのか理由が知りたい。」
(本題は、この話だったのか……。)
ゲームシナリオとはいえ、頭を打って変な事を言い出した女に夢中になるわけがない。
貴族令嬢が王太子との縁談を断る理由が気になるだけだろう。
ここで、しっかり嫌われたいけど、お忍びとはいえ王太子殿下相手に侮辱もできない。
悩んでいると、アイゼン王太子の後ろの席で、豪快に食事をするお供の騎士の姿が見えた。
「わ……私の両親のような互いを思い合う結婚に憧れがありまして、政略結婚に興味がないのです!それに、殿下は気品があり、とても私のようなものはふさわしくありません!」
不敬にならないように言葉を選び答えを探していく。
「私、あの騎士様のような殿方に憧れておりまして……私自身も鍛えているのです!女性が鍛えるなど貴族の間では笑いものです!殿下より、たくましい女性はふさわしくありません。」
私は、力があるところをアイゼン王太子に見せつけるべく、レインに向かって両手を開く。
訓練された犬のようにレインが慣れた様子で抱きついてきた。
私は、いつものように片手でレインを担ぐ様子を披露する。
「……私が令嬢に力負けするとでも?」
ムキになったアイゼン王太子は、レインを抱えようとするが、緊張したレインは硬直してのけぞる。
子供を抱える時は、重心を近づけて体を密着させるのがコツだ。けれど、緊張して反り返った子供は実際の体重よりずっと重く感じる。
いきなり、抱っこされて、非協力的な状態のレインの重さは実際の体重より負荷を感じるだろう。
よろけたアイゼン王太子お父様は、すぐにレインを下ろした。
「やはり、私のような女は、アイゼン殿下にはふさわしくないと思います!」
「…そうか。」
分かりやすく落ち込むアイゼン王太子お父様――。
十代の青年のプライドをズタズタにして、少し心が痛んだが、これも未来の為、国のため。
(アイゼン王太子も、いつか感謝しますよ。)
満腹になったようで、レインの頭がコクリコクリと大きく揺れ始めた。
初めてのルフェラン領の市街への外出で眠くなってしまったようだ。
両手を広げると、いつものように腕の中で額を擦りつける。背中トントンを始めると、レインは完全に寝てしまった。
隣を見ると、ラウルモンドもあくびをしていた。
「申し訳ありません。子供達が眠いようなので、そろそろ失礼しますね。」
見せつけるつもりはなかったが、レインを抱きかかえて挨拶する。もう片方の手でラウルモンドと手をつなぐ。
「……あぁ、では、また。」
残されたアイゼン王太子の顔色は曇っていたが気にしない。
“また”は永遠に来ないで済むだろう。
私は課題をやり遂げたような達成感を感じながら、その場を去った。
あとがき
恋蜜ってどんなゲーム?と思った方へ。 劇中ゲーム『恋蜜』の世界を描いた短編『恋の劇薬』も公開中です。恋蜜の世界観が気になった方は、ぜひそちらもお楽しみください。




