第33話 匂わせペアルック外交
リップル王国――。
お母様の出身国であり、熱帯植物と海洋交易で栄える国だ。美しい海と偏東風により、一年を通して快適な気候を保っているため、観光地としても人気が高い。
リップル王国との交流会に招かれた私は、ルフェラン領とお母様の顔に泥を塗らないよう、執事のクルードからリップル王国について教わっていた。
「今回の来賓には、王族の方も来るの?」
「はい。第一王女アデライト殿下が代表として来訪されるという情報が有力です。」
――アデライト。
その名前を聞いた瞬間、胸の奥がざわついた。
私が頭を打ち、前世を思い出すきっかけとなった湖の事故。
本来、あの時に亡くなるはずだったのは彼女だ。
せっかく身を挺して守ったのに、なぜ来るのか。
外交目的だと分かっていても、ゲームに関わる何かが起きるのではないか――そんな不安が胸をよぎる。
そして、もう一つの不安の元凶も届いた。
アイゼン王太子から贈られたドレスだ。
シャンパンゴールドを基調とした生地に、ターコイズブルーの刺繍とレースを合わせた大人びたデザイン。リップル王国のイメージである海と砂浜を表現しているのだろう。
最近はゴムを使った動きやすいドレスばかり着ていたせいで、久々のコルセットが妙に窮屈に感じる。
(早く、この世界にスウェットとかジャージを取り入れたい……。)
◇
使節団来訪当日。
お父様は職権乱用して交流会に参加しようとしていたが、さすがに外交問題になったら洒落にならないと、職場で全力で止められていた。
それでも直前まで外交官僚の情報を私に叩き込み、
「困ったらこの人を頼りなさい。」
「何かあったら、この人に相談しなさい。」
と、まるで初めて一人でおつかいに行く子供を送り出す親のようだった。
我が家には、王家の馬車が迎えに来ていた。
御者も慣れた様子で門前に馬車を停める。
中から現れたのは、本日も華やかなオーラを纏う我が国のプリンス――アイゼン王太子だ。
「ん?」
その姿を見た瞬間、私は思わず固まった。
ラベンダーとネイビーブルーを基調にしたタキシード。
最近、服装に“意味”を考察するお父様は、怪訝そうな顔をしたまま、アイゼン王太子と私のドレスを見比べる。
そして、さらに眉間の皺を深くした。
アイゼン王太子の髪は鮮やかな金色。瞳は碧眼。
(このドレス、リップル王国関係ないんかい!?)
私の髪はラベンダーグレイ。瞳は深い青。
【恋蜜】のプレイヤーが見たら、完全に“双子プリンスコーデ”だった。
……いや、双子の親になるかもしれない私達が着たら、余計に洒落にならない。
貴族社会には、パートナーや家族の髪色・瞳の色を取り入れた装いをする文化がある。
しかし、これは――。
「お父様!今回は私じゃありませんからね!? 私は贈られた物を着ているだけですから!」
(ああ、お父様が前世の“SNS匂わせ考察民”みたいになってる……。)
「着ているだけ、なんて冷たいな。」
馬車から降りたアイゼン王太子が、楽しそうにこちらへ歩いてくる。
(お願いだから黙って!!)
アイゼン王太子は、険しい顔のお父様を見てもまるで動じなかった。むしろ、いつも通り爽やかに微笑む。
「本日は、エリカ嬢をお借りします。ルフェラン侯爵。」
お父様の眉間の皺がさらに深くなる。
「……“お借りする”で済む話でしょうか?」
低い声だった。完全に娘を取られる父親の顔である。私は慌てて間に入ろうとしたが、その前にアイゼン王太子がさらりと言った。
「私と卿との仲でしょう?」
――ピクッ。
お父様のこめかみに青筋が浮いた。
(もう黙ってぇぇぇぇ!!)
しかも本人は、全く悪気がない顔をしているのが質が悪い。
「殿下、“どの仲”を仰っているのか確認しても?」
「もちろん、今後も共に国を支える協力関係の――」
「ほう?」
お父様の圧が怖い。 笑顔なのに怖い。アイゼン王太子は、そんな空気すら楽しそうに受け流している。
「エリカ嬢には、交流会で是非とも力を借りたいと思っています。」
「……娘はまだ十四歳ですが?」
「ええ。ですので、無理はさせません。」
お父様はじっとアイゼン王太子を見つめ、それから私を見る。
「エリカ。」
「は、はい。」
「何かあったら、すぐ帰ってきなさい。」
「お父様……。」
「あと、嫌になったら米を投げつけてもいい。」
(いきなりライスシャワーを始める令嬢って何?)
「外交問題になりますからね!?」
即座に否定すると、お父様は真顔で頷いた。
「では塩。」
(取組前の力士か?!)
「清めないでください!」
アイゼン王太子が吹き出した。
「ははっ、ルフェラン侯爵家は本当に面白い。」
「誰のせいだと思ってるんですか……!」
これ以上会話を続けたら、本当に何か起きそうだ。私は勢いよくアイゼン王太子の背中を押した。
「殿下、そろそろ時間です!」
「おっと。」
半ば押し込むように馬車へ乗せる。そのまま自分も続いて乗り込もうとすると、後ろからお父様の声が飛んだ。
「エリカ!!本当に嫌なら、父様はいつでも王家を敵に回すからね!!」
「不敬になるような発言はやめてください!!」
馬車の扉が閉まる。そして、向かい側に座ったアイゼン王太子が、肩を震わせながら笑った。
「……最高だな。」
「笑い事じゃありません。」
私が頭を抱えると、アイゼン王太子はまだ少し笑いながら窓の外を見た。
「でも、……羨ましいよ。」
その声だけが、少し静かだった。




