第31話 三段目におにぎり入れますか?~まだ模索中の私達~
米の流通が軌道に乗り始めた頃から、お父様は、見るからに機嫌が良い。「ポポ~ポ、ポポポ♪」の鼻歌が聞こえた時はさすがに耳を疑った。
王家の後ろ盾と引き換えに、ルフェラン領に与えられた課題は達成したと言っても良い状況に、お父様が浮かれるのも分かる。
ある日、王家の紋章入りの封蝋が押された書状が届いた。米事業について、直接報告を聞きたいという内容だった。それを見て、私は首を傾げた。
「…なぜ、私?」
「エリカ様のみ、とのことです。」
執事のクルードが静かに告げる。
あんなに上機嫌だったお父様の表情が強ばる。
(嫌な予感しかしない。)
嫌な予感を抱えたまま、私は王城へ向かった。前世の【恋密】で攻略対象の双子の王子の立ち絵で見た中庭だった。 整えられたトピアリー、幾何学模様の芝生。実際に見ると感動した。庭の中央に用意された二人用の席。美しい絵付けと金彩が施されたティーセットと三段のスリーティアーズ。そして――アイゼン王太子。
(スチールフォトみたいな光景)
ただ、すごく気になったのはスリーティアーズ。一段目カップケーキ、二段目スコーン、三段目おにぎり…。思わず二度見した。
「君に合わせて用意してみたんだ。」
(私のイメージって…。)
マナーとして、下から食べるとしたら、こういう場でおにぎり…。おにぎりの後にスコーン…。
(次は、おにぎりに合うメニューを発表しよう。)
おにぎりに気を取られていると、アイゼン王太子が米の話を始めた。流通状況、備蓄量、地域交流制度、医療院との連携、衛生観念の浸透…。全て把握していた。
私は護衛として後方に立つリアンを睨みつける。
「子供経由で、衛生観念を広げたのは見事な手腕だ。」
「…。」
「地域交流を利用した感染症の情報共有も、理にかなっている」
静かな口調なのに、やたら細かい。まるで見ていたように話す。
「君は、“人の流れ”を作るのが上手いな。」
不意にそう言われ、私は言葉に詰まった。
前世で、そんな風に言われたことはなかった。 ただ、私が子供を何とかしたくて動いていただけだ。
「…大したことは。」
「大したことだ。」
即答だった。少しだけ、前世の私が報われた気持ちになった。
アイゼン王太子は、紅茶を置く。まさかの三段目のおにぎりに手を伸ばす。
「民を動かすのは、力でも金でもない。“居心地の良さ”だ。」
その瞬間だけ、【恋密】のイベントスチルみたいな空気になった。
(……いや、手に持ってるのおにぎりだからね?)
「実は、リップル王国から使節団が来るんだ。」
私は一瞬、安心した。 なんだ、ちゃんとした公務の話か。――そう思いながら紅茶に口をつける。
「君には私のパートナーとして参加して欲しい。」
「んぐっ。」
(紅茶を吹き出すかと思った。)
アイゼン王太子は平然とした様子で、おにぎりを食べる。
「リップル王国関連なら、君の方が詳しいだろう。」
「いや、なんで私が……。」
「ゴム、米、言語、文化……随分詳しいじゃないか。」
(護衛のロウのドヤ顔説明が、こんなところで生きてる!!)
アイゼン王太子はおにぎりを食べ終わり、二段目のスコーンに手を伸ばす。
「おにぎりの後に、スコーンは違うと思いますよ。」
脊髄反射的に言ってしまった。
アイゼン王太子が大きく目を開き、手を止める。
「じゃあ、二段目の正解は?」
「……。」
(なんだろう。焼き菓子っていうこともあるし、おにぎりに合う食べ物だと卵焼き?)
「……。」
「待ってください。今さらっと流しましたけど、“パートナー”ってなんですか?」
私が身を乗り出すと、アイゼン王太子は不思議そうに首を傾げた。
「そのままの意味だが?」
「絶対そのままじゃないですよね!?」
王太子は紅茶を一口飲む。
「リップル王国は、近年こちらの動きをかなり警戒している。」
「…外交って大変なんですね。」
「そこへ突然、“米”という未知の作物が現れた。しかも王家が支援している。」
嫌な予感がした。
「視察という名目で、探りを入れに来るのだろう。」
(あぁ、外交だ…。)
急に頭が痛くなってきた。
「だから、米事業の中心人物である君に同席してもらおうと思ってね。」
「それ、お父様でよくないですか?」
「ルフェラン侯爵は、政治色が強すぎるよ。」
即答だった。
「だが、君は違う。」
「……。」
「少女が、孤児院の支援。衛生改革。地域交流。民間主導の食文化改革。リップル王国もさぞかし興味が湧くだろう。」
さらさら並べられていく。
(え?もしかして、私、呼び水扱い?)
人を褒めているようで、全部“使える駒”として分析している。
アイゼン王太子は、ようやくスコーンを口にした。
「……確かに、おにぎりの後だと微妙だな。」
「今そこですか!?」
思わず突っ込むと、王太子が少しだけ笑う。
その顔が、妙に自然な笑顔で、一瞬だけ、不覚にもときめいてしまった。
(……いやいやいや。騙されないからね!?)
この男は、笑顔の裏で損得勘定しているタイプだ。私は、米一割徴収の件はまだ根に持っている。
すると、アイゼン王太子がふと視線を細めた。
「それに……。リップル王国は友好関係を結ぶ為に、王女を私の婚約者にあてがおうとしている。八歳の子供と何を話せと言うんだ。」
「ぶふっ。」
思わず吹き出した。アイゼン王太子は確かに子供らしくない。しかし、十四歳も八歳も、括りとしては子供だ。思春期真っ盛りなんだなーと思うと、急に可愛らしく見えてきた。
「まあまあ、成人すれば六歳差なんて誤差の範囲ですよ。」
私がそう言って紅茶を飲み始めると、アイゼン王太子は妙な間を空けた。
「……君は、随分平然としているな。」
「はい?ええ、まあ。」
(他人事ですし、私が巻き込まれないなら何でもいいというのが本音だ。)
「普通、もう少し動揺しないか?」
「え、なんでですか?」
本気で分からず聞き返すと、王太子が少し悔しそうな表情をして小さく息を吐いた。
「リップル王国への牽制も兼ねて、君を“婚約者候補”として隣に置くつもりだ。」
「ごふっ。」
今度こそ紅茶が気管に入った。
「げほっ、ごほっ……!!」
「大丈夫かい?」
「だ、誰のせいだと……!」
一瞬、思考が止まる。
「いやいやいやいや。」
私は首を横に振った。
「なんで、そうなるんですか!?」
「君は実績もあるし、民衆人気も高い。中立派のルフェラン侯爵家なら、貴族達からの反発は少ない。表向きの理由としては十分だろう?」
(えぇぇぇ……。私、外交用の客寄せパンダって事?)
胃が痛い。外交って怖い。今の私、絶対、すごい顔している。アイゼン王太子は紅茶を飲みながら、ちらりとこちらを見る。
「…君は、私と並ぶのは嫌かい?」
寂しそうな表情で少しだけ上目遣いをする。その言い方がズルかった。
私は言葉に詰まる。
嫌かと聞かれると、即答しづらい。少なくとも、今は“腹黒い男”だけでは見れない。
すると、アイゼン王太子は私の沈黙を見て、わずかに目を細めた。
風で庭園の木々の葉が揺れる。
「少しくらい、私を意識しろ……。」
「……え?ごめんなさい、風の音で聞き取れなくて。」
「何でもない。」
アイゼン王太子はそう呟くとそっぽを向いた。その時、耳が赤くなっていたことを私は知らなかった。




