第30話 食卓は居場所になる
米は、瞬く間に、ルフェラン領の食卓へ広がっていった。
最初は、皆ただ『白米』として食べていた。肉料理の横に添えたり、スープと一緒に食べたり。
パンの代わりとして並べるだけでも十分美味しい。特に、焼いた肉との相性は抜群だった。
けれど、次第に少しずつ同じ声を聞くようになる。
「美味しいんだけど、毎日だと飽きるな」
「パンみたいに種類がないからなぁ」
「他に食べ方はないのか?」
(……やっぱり、来たわ。ここからが、『米文化』の始まりよ)
◇
数日後。
ルフェラン家の厨房では、料理人達が騒然としていた。
「焼いた魚をほぐして混ぜる!?」
「米を炒める!?」
「炊き込み!?雑炊!?」
「なんですかこの食材、何にでも合うんですが!?」
米は主張が強すぎない。
だからこそ、色々な料理に合わせることが出来る。前世で当たり前に食べていた料理が、この世界では革命だった。
おにぎり。炒飯。雑炊。炊き込みご飯。丼ぶり。卵料理との組み合わせ。
次々と新しい米料理が発表されると、その度に領民達が驚き、領内の新聞には『今日の米料理』が掲載されるようになった。
――そして当然。
「特許申請ですね」
執事のクルードが、今日も静かな顔で書類を積み上げていた。
「仕事が早い……」
「お嬢様は、すぐに新しい物を作りますから」
もはや慣れた顔である。ルフェラン家では、私が何か思いつくと、執事のクルードが権利関係を整えるのが一連の流れになっていた。
◇
やがて、飲食店側から正式に申し込みが来るようになった。
「米料理のレシピを使わせて欲しいです」
「うちの店でも出したいです」
「ぜひ、契約を――」
ルフェラン領は空前の米ブームだった。
けれど、私は簡単には許可を出さなかった。
私は、店主達に条件を出した。
店主達が緊張した顔になる。
「子供達へ、居場所を提供してください」
「……居場所ですか?」
「店のピークタイム以外の時間に、子供達に食事を提供して欲しいのです」
私は前世の記憶を思い出しながら、ゆっくり説明する。
両親が共働きで、一人で食事をする子供。片親家庭で、夜まで帰れない親を待つ子供。家に居場所がなく、ただ時間を潰している子供。
前世で見てきた、『孤食』の問題だ。
「店を『地域交流の場』として開放して欲しいのです。今、このルフェラン領を支えているあなた方が未来のルフェラン領を支える子供達の居場所になってください」
夕方の数時間だけでもいい。
温かいご飯を食べて、誰かと話せる場所。大人がいて、子供達が安心して座れる場所。
「もちろん、店の事情もあるでしょう」
だから私は、もう一つの選択肢も用意した。
「難しい場合は、利用料を納めてください」
強制ではない。けれど、地域支援へ協力した店には、優先的に新レシピの提供や、米の卸しを行う。
結果として――多くの店が、『子供食堂』としての役割を持ち始めた。
◇
昼食時間が過ぎると、子供達が店へ集まる。
「今日の米料理なにー!?」
「焼き飯!」
「やったー!」
店主達も最初は戸惑っていたが、次第に変わっていった。
「走るな、転ぶぞ」
「おかわりは順番!」
「お、手伝ってくれるのか?」
気づけば、食堂は子供達の笑い声で溢れていた。
そして、子供は今日の出来事を持ち帰る。
「お母さん!今日ね、米を焼いたやつ食べた!」
「白いのに味ついてた!」
「おにぎりっていうの!」
親達が新しい食材の可能性に興味を持つ。
家庭で真似をして作る。
親が休みの日に子供に言われたメニューを食べに行く。
さらに店が新しい料理を考える。
そうして、『米料理』は少しずつ、この世界の日常になっていった。
どうやら米は――人のお腹だけじゃなく、人と人の距離まで埋めてくれるらしい。
米料理を提供する店には、もう一つ役割が生まれていた。『地域の交流の場』としての役割だ。
最初は、ただの食事だった。
仕事帰りの親が子供を迎えに来るまでの間、店で一緒に夕飯を食べる。
片親家庭の子供が、一人ではなく誰かと食卓を囲む。
孤児院を出た若者達が、働きながら地域の大人達と顔見知りになっていく場所。
けれど、人が集まれば、自然と情報も集まる。
「帰ったら手を洗うのよ」
「うがいも忘れずにな」
最初は、店側へお願いしていた『衛生指導』だった。
食事を提供する以上、感染症対策は重要だ。特に子供は、流行病をあっという間に広げる。
だからこそ、米料理を提供する条件として、『手洗い・うがいの推奨』を徹底してもらった。
最初は面倒臭がっていた子供達も、店員や年上の子達に言われるうちに、少しずつ習慣になっていく。
「手ぇ洗ったかー?」
「洗ったー!」
「指の間は?」
「うわっ、見てたの!?」
そんなやり取りが、あちこちの店で聞こえるようになった。
子供が覚えれば、今度は親へ伝わる。
「ご飯の前は手を洗うんだって」
「店のお兄さんが言ってた!」
「うがいしないと、風邪ひくらしいよ!」
そうして、少しずつではあるけれど、衛生観念が領内へ浸透していった。
そのことによって、以前より流行病が広がりにくくなったと言われるようになった。
さらに、店は『情報交換の場』としての機能も持ちはじめていた。
「南区画で熱病が出たらしい」
「医療院に診てもらった方がいい」
「最近、咳が流行ってるぞ」
食事をしながら交わされる世間話。
領民同士の会話が、病の早期発見に繋がった。
以前なら貴族しか持っていなかった情報が、地域の中で共有され始めたのだ。
病気に怯え、神に祈るのではなく、予防と早期治療によって病に打ち勝つ。
領民達は生きる力を身につけたのだ。
(ルフェラン領が変わってきている――)
米を広めたかっただけだった。
けれど気づけば、『食卓』が人を繋ぎ、『繋がり』が暮らしを支えていた。
米は、いつの間にか、この世界の人達を繋ぐ『居場所』になっていた。
それは、ただの主食ではない。
誰かと「いただきます」を言える場所だった。




