第28話 白米と王家の取引
アイゼン王太子は、工房内をゆっくり見回した。 作りかけの千歯扱き。積み上がる木材。疲れ切った職人達。孤児院の子供達まで総出で動いている現状。そして最後に、私を見る。
「人手不足か。」
「…否定はできません。」
正直、かなり限界だった。米の繁殖力が想定外で加工する速度より、増える速度の方が早い。
「ルフェラン家直営の工房を立てよう。」
「…え?」
一瞬、理解が追いつかなかった。
「若い職人見習いも回す。量産体制を取るんだ。」
さらりと言われた内容に、今度こそ固まる。
「ほ、本当ですか!?」
思わず一歩前に出る。王家経由で設立される工房。見習い職人まで手配してもらえるなんて…。今の私達に一番足りなかったものだ。
アイゼン王太子は、喜ぶ私を見て口角を上げた。
「その代わり。」
(ですよね~!!)
知ってた。この人がタダで助ける訳がない。
「例の米を試食したい。」
「……はい?」
「報告だけで投資するほど、私は愚かな王子ではないよ。」
◇
急遽、ルフェラン家で“第二回米の試食会”が開催された。
ルフェラン家では、使用人も当たり前に白米を食べるようになっていたので、炊き立ての白米はすぐに用意出来た。問題はトッピングだ。焼き肉丼はリアンから伝わっているだろう。
アイゼン王太子を驚かせ、且つ米の無限の可能性を提示出来る料理……。
(そうだ、TKGだ!)
私は孤児院に使いを出し、採れたて新鮮の卵を分けてもらう。ホカホカご飯の中央にくぼみをつけて、その中に卵を割る。あぁ、たまごかけご飯…。
「醤油があれば完璧なのに…。」
私が溜め息混じりに呟くとエディが反応した。
「ショーユウのことですか?ありますよ。」
北の隣国ブリーズ王国。高い山脈に囲まれた寒帯地方。真冬は氷点下になることもある国で雪に覆われる期間が長い。永久凍土の地域もあるようで植生は少ないが、一部の地域では、芋や大豆、りんごなどが栽培されている。
(大豆を作っているから醤油もあるのか…。)
お父様が外務大臣の仕事をしていると、海外の品物を贈られることも多いらしい。ブリーズ王国から贈られたのがショーユウ。エディは、お父様から受け取ったものの、使い方が分からないまま保管していたらしい。
(もったいない!)
湯気と共に広がる香りに、アイゼン王太子が静かに目を細める。
「これが、例の主食か。」
「はい。こちらのショーユウをかけてお召し上がりください。」
私は緊張しながら頷いた。
なんとシュールな風景だ。この国の王太子が、たまごかけご飯を食べている。
王太子は一口、米を味わうように食べる。
――そして。
「…なるほど。これは危険だ。」
「危険?」
「美味すぎる。」
アイゼン王太子は、そのままもう一口食べる。 その動きに迷いがない。
「小麦とは別系統の強さがある。たまごと混ざった部分はスルスルと入っていく。食欲がない時でも食べられそうだ。」
「でしょう!?忙しい朝に持ってこいなメニューなんです!」
思わず食いつくと、王太子はちらりとこちらを見る。
「だからこそ、王家が管理する。」
「…はい?」
嫌な予感しかしない。
「備蓄米として、生産量の一割を王家へ納めよ。」
「一割!?」
私は思わず声をあげてしまった。
「飢饉対策だ。この繁殖力なら備蓄向きでもある。」
淡々としているが、目は完全に計算していた。
「当面の栽培は、ロベッタ男爵領のみ許可する。」
「…制限、ですか?」
お父様が低い声で確認すると、その場の空気が少し張る。
「この国の農地が、米ばかりになったら困る。」
これは、――建前だ。
お父様もアイゼン王太子の意図を理解しているようだった。もし失敗しても、被害はロベッタ男爵領だけで済む。 逆に成功すれば、小麦に並ぶ主食になり、王家は備蓄を確保できる。
(うわぁ…この人、やっぱり食えない。)
助けてくれたと思っていたのに、きっちり利益を回収していく。 腹黒さが隠しきれていない。
(設定の中の私は、なんでアイゼン王太子と結婚したの?)
全く理解できない。 こんな損得勘定の塊みたいな男と恋愛する未来が見えない。
(攻略対象の双子、永遠に生まれないんじゃない?)
私の中のアイゼン王太子への好感度は、今日も元気に底辺だった。――もっとも。底辺ということは、あとは上がるしかないのだと。 この時の私は思いもしなかった。
アイゼン王太子を見送った後、珍しくお父様が敵意をあらわにした表情をしていた。
「あのクソガキ…。」
誰にも聞こえないような小声が漏れていた。
(お父様?!この国の王太子ですよ!)
「ルフェラン家、ロベッタ家の存続に関わる事態だ!何が何でも成功するぞ。」
(お父様…このまま夕陽に向かって走り出しそうな勢いだわ。)
使用人達も頷き、それぞれの目に炎が宿っている。
「ロベッタ男爵家に早馬を!」
「工房の確認!近隣の土地を確保!」
「領内で職人を探せ!」
「運搬車の依頼を!」
まさか、米でこんな風になるとは思わなかった。




